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プロローグ

 


 俺とアスカはあれから何事もなく無事、ダンジョンを抜けることに成功し、マンションの一室に戻ってくることができた。


「あのさあ、他の人間に見えないなら、さっさと言ってくれよ」


 アスカは精霊であり、人間ではない。


 その人間離れした美貌は注目の的となって、何かしらのやっかみを受けることを覚悟していたが、なぜか他の人間の視線が一切彼女に向けられず、不審に思った俺が聞いてみたところ、精霊は普通の人間には見えないと言ったのである。


「すみません」


 てへっと言いながら誤魔化すような表情を作ったアスカに、俺は深い溜息を吐く。


 探索者をやっている奴は血の気が多い者が多く、命を懸けてモンスターと戦うこともあって気性の荒い人間が多い。


 アスカみたいな美少女が隣に歩いていたら、他の探索者になんて言われるか。


 そんなことを考えていた俺としては、ほっとしつつも緊張を返してくれと言いたくなってしまう。


「もう、いいよ。それで、魔人や精霊剣について説明してくれないか」


 先程までの緩い雰囲気を止め、真面目な声色を意識してアスカに説明を乞う。


 戦いでうやむやになっていたが、これからも一緒に過ごしていく以上は、そこのところをはっきりさせる必要があるからだ。


 俺が真剣な表情をしていたのを見て、対面した状態で座っていたアスカも、コップに入ったオレンジジュースをテーブルに置き、真面目な表情で話し始めた。


「まず、魔人について説明しますね」


「おう、頼む」


「はい・・・魔人とは、人と似た構造を持ったまったく別種の生物です。前に説明した吸血鬼のような人型のモンスターをイメージしたらいいかもしれません」


 確かに、そういったものだと考えれば、まだ理解できるような気がする。


「見た目は人そっくりですが、人よりもはるかに優れた身体能力と再生能力、そして個体別の固有能力を持っています」


「固有能力?」


 身体能力は最早人ではないとされるAランクの探索者並みの強さを持っていたし、再生能力は本当に化け物じみていた。


 だが、固有能力とやらを拝見した記憶は、俺にはなかった。


「あのトルレという魔人が最後に見せたのが固有能力でしょう」


「あ~、あの溶けて地面に消えたやつか」


 地面に吸い込まれるようにして消えたのは、てっきり魔人が当たり前に持つ能力の一つだと思い込んでいたが、違ったのか。


「そうです。あの魔人はまだ低位ながら中位クラスの再生力を持っていました。それも恐らくはその固有能力に起因するものだと思われます」


 今、あれが低位って言ったか?


「ちょっと待ってくれ、あれで低位ってマジ?」


 あんなのが低位だったら高位の魔人になると、どうなるんだ。


「はい、言いました。ただ、人側にもそれなりに強い者たちは存在していますので、世界がいきなり滅ぼされるなんてことはまずないですから」


 やっぱり、魔人って世界を滅ぼすためにいるのね。


 如何にもそんな感じではあったが。


「あのレベルと戦えるのが、うじゃうじゃいるのか?」


「この世界にダンジョンができる前から、魔人と戦う者たちは多く存在します。あれぐらいなら秒殺できる者も一定数はいるかと」


 マジかよ。


 そんな化け物が一定数いるのか。


 世界は広いな。


「というかですよ、健一さんも大概ですからね。()()()()()()()刀を使ってはいましたが、魔人を知らず、更に有効な武器も使わずに、あのレベルの身体能力で戦いが成立してるって、そんな人間ほとんどいませんからね」


「お、おう」


 アスカが前のめりになって熱量たっぷりに言ってくる様に、思わずたじろぐ。


 確かに、あそこまでの動きが出来る人間なんて限られているだろうしな。


 伊達に将来期待されてたわけじゃないし。


「ただ、俺も探索者としては凡人だからな」


 実際、未だに年に一回行われるレベル審査ではたったの76しかなかった。


 これは極めて平凡な数字で、どこにでもいる普通の探索者であることを如実に表している。


 身体能力や肉体そのものの強度も、元の素質もあってそこそこにはあるが、そこそこ止まりでしかない。


「それはそうかもしれませんが、その辺りは心配ご無用です」


「心配ご無用、とは?」


 正直、モンスター相手に上手く戦えないのは俺のコンプレックスでもあった。


 それがなければ、今頃同級生たちと同様に、探索者として華々しい道を歩いていたことだろう。


 もしも、そういった部分が改善できるなら、是非ともしたかった。


「私がサポートします。こう見えて私、かなり優秀な精霊なんですよ」


 胸を張ってそう言ったアスカであったが、俺はその言葉を聞いた瞬間、怪訝な視線を向けた。


「魔人との戦いで、全然サポートしなかったような気がするんですが」


 そう、アスカは魔人との戦闘ではほとんど棒立ちだったし、役に立ったのは精霊剣ぐらいである。


 それが勝敗を決する要因だったのは間違いないが、平時において、彼女は全く役に立っていなかったのは紛れもない事実だった。


「いや、だって、健一さん戦えてたじゃないですか」


「それはそうだが、なぁ」


 サポートできるんだったら、してほしかった。


 そっちの方が絶対楽だったし、左手は無事だったかもしれないし。


「あの時は余計な口を挟まない方が良いと思ったから何もしなかっただけです。封印が解けたばかりで力もあまりありませんでしたし」


 そう言われると、うん。


 無駄な助言はかえって戦闘を良くない方向に導く可能性があるのは的を射ているので、的確な行動だったと言えるかもしれない。


「本来、私は勇者のサポートが専門ですから、ダンジョンの探索では問題なくサポートができますよ」


 胸を叩きながら、得意げな表情をするアスカ。


「それなら頼む。で、何ができるんだ」


 あまり期待していないが、という言葉はグッと飲み込む。


 だが、アスカから告げられたのは予想をいい意味で裏切る回答だった。


「モンスターの気配察知、簡単な遊撃、魔法を使った遠距離攻撃と防御、回復、能力強化程度のことはできます」


 いや、程度のことって、滅茶苦茶優秀じゃないか。


 本来、探索者は複数人でパーティーを組んでダンジョン内を潜る。


 俺のことを誘ってくれる人は高校時代もいたが、才能の差を見せつけられるのが嫌で、組んだ経験はあまりない。


(今考えてみれば、足りない部分を他で補うのは当たり前のことだよな)


 当時の俺は才能と鍛錬によって裏打ちされた実力を持っていた。


 そのため、自信はかなりあったし、それが打ち砕かれた後は、他よりも劣っていることに耐えることができなかったのである。


(そう考えれば、俺は本当に運がいい)


 こうして、アスカという精霊に出会うことができ、これからを変えていくことができるかもしれないのだから。


「それにしても、魔法ってあれか、よく映画とかで見る呪文を唱える奴」


「その認識であってますよ。精霊剣も私の固有魔法ですし」


「へえ、精霊にも固有能力みたいなのがあるのか」


「それは勿論、そもそも私たち精霊は魔人と対をなす存在ですし、あっ」


 手を口元において、やってしまったという表情を作るアスカ。


「どうした?」


「いえ、なんとも思っていないのならいいです」


 薄々そんな気がしてたしな。


 自身の身体を使って対魔人用の武器になれるって辺りから、正直予想はしていた。


(まあ、触れないのが賢明だわな)


「それで、精霊剣ってのはどんな代物なんだ」


「精霊剣ですね、はい、え~と。精霊の固有魔法であることは説明しましたよね」


 アスカの言葉に俺は無言で頷く。


「精霊剣は精霊自身の肉体、心、魂、全てを一本の剣に作り替えた結果です」


「結果?」


「はい、精霊剣の能力と見た目は精霊そのものの性質に大きく影響を受けます。魔人に効果的なのは共通していますが、個々の能力はそれぞれの精霊によって異なり、同じ精霊剣は存在しません」


「そうなのか」


 そりゃあ、魂まで材料にしてしまうんだったら、唯一無二の一本が完成するだろう。


「なので、私の場合は精霊剣ですが、精霊によっては精霊槍だったり、精霊銃だったりします」


「へえ~」


 それはまた、興味深いな。


 こう、精霊という存在が武器に変化する。


 サポートと言い、精霊の在り方を如実に表している気がする。


「それであの見た目と能力をしているってわけか」


「そうです。健一さんを治癒した効果も剣の能力によるものですし、魔人の治癒を遅らせていたのも剣の能力です」


「ほう」


 魔人の再生を阻害していたのも精霊剣の固有能力だったのか。


 てっきり共通したものだと、思っていた。


「私の精霊眼が因果を見ることのできるもの、というのは前に話しましたよね」


「ああ、覚えてるぞ」


 本来の勇者よりも契約の優先順位が高まっていたのは驚いたからな。


 よく記憶に残っている。


「私の精霊剣は、魔人の機能そのものを阻害する原因を生み出すことで魔人にダメージを与え、契約者に対するダメ―ジという結果をなかったことにして治癒することができます」


「いや、無茶苦茶だな」


 弱点がない敵に弱点を無理やり与えて、こっちが受けたダメージは無効化する。


 どう考えても反則級の代物だ。


「その分、私にも、契約者でもある健一さんにも、多大な負荷を掛けてしまいますけどね」


「あれね」


 指先以外を動かせないのはあったが、指先すら全く動かせないのは人生初の経験だった。


 疲労によるものもあったが、精霊剣によるものが大きく作用していたのだろう。


「代償が大きい分、能力も強力ってことか」


 確かに反則級の武器だが、それほどの代償があるのならば納得がいく。


 戦った後に全身が動かせなくなるのは、別の敵に攻撃してくださいと頼んでいるようなものだ。


「だいたいは分かった。聞きたいことも聞けたし、今から部屋でのルールを決めるとするか」


「ルール?」


 アスカがキョトンとした顔をしたが、これの方がむしろ重要だろう。


「ああ、これから同じ部屋で一緒に住むんだ。ルールは必要だろ」


 ちなみに家のルール作りには、約三時間ほどの時間が費やされることになるのだが、今の俺たちには知る由もないことだった。




いつも読んでいただき、ありがとうございます。



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