エピローグ
あれから、どれほど意識を失っていたのだろうか。
魔人との戦いは俺の肉体と精神を大きく疲労させていた。
あのレベルの化け物と戦ったのも久々だったし、恐らく今までで戦ってきた者の中では一番厄介な敵だったことは間違いない。
そんなわけで、その敵が完全に去った後、意識など保っていられるはずもなく、精霊剣の反動(と思われる)もあって、完璧に意識を失っていた。
「起きましたか?」
頭上からアスカと思われる少女の声がした。
俺は後頭部に妙な柔らかさを感じながら、ゆっくりと目を開けていく。
最初は光で見えにくかったが、徐々に目が慣れてきた。
しっかりと見えるようになった視界には、やたら近づいていたアスカの顔が映っていた。
「うわっ、なんでそんな近いんだよ」
頬に口づけをされた時ほどではないが、アスカと俺の顔の距離が十センチにも満たないほどに近づいていたのである。
おぼろげだった意識も一気に覚醒し、ばね仕掛けの人形のように跳ね起きた。
「「いたっ」」
勢いよく顔を上げてしまったので、二人のでこがぶつかり、俺は痛みで転げまわる。
アスカも手をでこに当てて、痛そうなそぶりを見せた。
「マジ、いってえ・・・て、アレ、左手が治ってる?」
ふと左手を見てみると、指があらぬ方向に曲がっていたはずの左手は、完全に元通りになっていた。
グーパーをして確かめてみても、痛みなどは全く感じない。
「精霊剣の効果ですよ。健一さんは興奮して、気づいていなかったかもしれませんが」
そうだったのか。
精霊剣、凄いな。
「アスカもありがとな、膝枕してくれたんだろ」
起きた直後、後頭部の感触が柔らかったような記憶が何となくだが、残っている。
アスカとでこをぶつけて記憶が飛んだので、ほとんど感触は覚えていないが。
「流石に魔人を倒した勇者を、地面で寝かせるわけにはいきませんから」
アスカは少し顔を反らしながら、頬を染めて言う。
(妙に乙女っぽいところあるよなあ)
「そこ!妙に乙女っぽいところがあるって顔しない!」
お、悟られた。
「全く折角ねぎらってあげたのに、その態度はなんなんですか、もう」
プンプン怒るアスカ。
正直、アスカほどの美少女がそんな怒り方をしても、可愛いとしか思えないのを分かっているのだろうか。
「悪かった悪かった・・・それで一応聞くが、魔人とやらはもういないよな」
ここでもう一戦なんてことになったら、命を覚悟しなければならない。
「もういませんよ。アレもかなり消耗していたので、ここからもう一度襲うほどの力は残っていない筈です」
それなら良かった。
Dランク探索者なので、そこそこ体力には自信があるものの、あれほどに動いた後にまた戦うのはキツすぎる。
「全く、本当に凄いですよね。精霊剣がない状態であそこまで魔人に食らいつくなんて、本当に人間ですか」
アスカがつんつんと俺の体を指でつついてくる。
妙なくすぐったさがあり、体をよじらせる。
「あ~、もう鬱陶しいな」
「そんなこと言わずに~」
馴れ馴れしくすり寄ってくるアスカ。
怒ったり甘えてきたりよくわからないやつだ。
(もしかして、精霊って全部こんな感じなのか?)
まあ、他に会うこともないだろうが、というか会いたくない。
絶対に厄介ごとを持ってくるだろうからな。
「馬鹿なことしてないで、さっさと帰るとするか」
「どこにですか?」
頭をぐりぐりと押し付けてきたアスカが頭を上げ、首をかしげる。
「俺はアスカの所有者なんだよな」
なんか俺、ヤバいこと言ってないか。
所有者って、言った後に思ったが、滅茶苦茶危ない発言じゃないか・・・。
内心俺が戦慄していることに気づくことなく、アスカは一度頷くと、真面目な声色で話し始めた。
「はい、精霊界において何よりも強固な契約である【神への誓約】によって、私と健一さんは主従契約を結んでいます」
神への誓約という、すごく重そうな部分は一旦除いて、話の内容からアスカは俺を所有者として認めていることは間違いない。
「じゃあ、アスカが住む場所を提供しなくちゃいけないのは俺だろ。だから、必然的に帰るのは俺の部屋に決まっているじゃないか」
所有者っていう認識のままは流石に終わっているが、娘が一人できた程度に考えるのであれば、この行動は妥当なはずだ。
うん、そういうことにしておこう。
「そうでしたね。確かに、私も歴代の勇者とは一緒に過ごしてましたし、よくよく考えてみれば、それが当たり前でした」
納得がいったように手を合わせるアスカ。
その様子から、俺の部屋に来ることを嫌がることはないようだ。
「じゃあ、帰りますか」
「はい」
こうして、魔人との戦いを終えた俺とアスカは、ダンジョンの外へと向かうため、部屋を後にするのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。
第一章は今話で終了いたしますが、明日から第二章の投稿を開始します。
これからもこの作品をよろしくお願いいたします




