第十一話
「精霊剣を解放します」
「精霊剣?」
またしても、知らないワードに首をかしげる。
「ああ、精霊剣か。知っているぞ」
お、どうやら魔人は知っているらしい。
魔人は目を細めつつ、話し始めた。
「古来より存在する勇者兵装の一つ、我ら魔人に有効な剣らしいということは聞いている」
魔人側でも認識されるほどに強力な武器か。
それは是非とも使いたいが。
(俺にも使えるのか)
アスカと契約はしているみたいだが、勇者ではない俺では使えないのではないか?
そんな疑念を込めながら、俺はアスカに視線を向ける。
すると、その黒い瞳をこちらに向け、視線を返してきた。
「正確には精霊である私と契約した者のみが使える剣のことです」
そうか。なら、使えるか。
魔人に意識を向けたまま、口を開いた。
「じゃあ、それを頼む」
勇者兵装なんて呼ばれる代物だ。
この勝負を決するための重要な要素となるだろう。
「【我、ゆ】「あぶない」!?」
一瞬の空白を突いて、魔人はアスカ目掛けて間合いを詰めると、強烈な右フックを放つ。
俺はその軌道を読んで刀を振ると、拳を反らし、更に返す太刀で魔人の喉を切り裂いた。
「%”’)んン、そうウマくはいかないカ」
一々、距離を取っていることから、刀による攻撃が効いてはいるのが分かる。
再生力があっても、痛みは消せないのだろう。
(化け物とは言えども、痛みは感じるか)
「そりゃあねぇ。そっちとしては、対魔人専用武器みたいなのを、俺に使わせるわけにはいかないだろうからな」
俺が魔人でも、真っ先にアスカに攻撃するだろう。
アスカさえ仕留めれば、ほぼ勝ちは確定するからな。
俺はちらりとアスカの方に顔を向け、さっさとやれと、彼女に視線で伝える。
刀による攻撃は効きはするが、倒すのに有効ではない。
何としても、精霊剣という武器が必要だった。
「やりますか」
「ああ」
お互いに視線を合わせ、構えを取る。
向こうも俺を何とかしなければ、アスカに攻撃できないと、理解したのだろう。
俺との戦いに付き合ってくれるようだ。
(さて、やりますか)
俺が最小の動きで魔人に肉薄する。
魔人との戦いで、初めて自分から攻撃をした。
こんな化け物相手にはカウンターが常道だが、だからこそ相手の虚を突ける。
「【我、勇猛なる戦士の契約者なり】」
アスカの呪文が言い終わると同時に、俺の刀が魔人の指を斬り落とした。
だが、魔人はそんなことお構いなしに、手刀を使って横薙ぎに俺の目を狙ってくる。
「ほっ」
その攻撃をブリッジで避けると、ばねを活かして魔人の頭を割る。
今日一番の強烈な一撃に、魔人の足が地面にめり込む。
「【我が肉体を捧げ】」
だが、魔人もしぶとい。
圧倒的な再生力で回復した手を使い、俺の首をねじ折ろうとしてくる。
「ふっ」
体捌きでなんとか攻撃を躱すと、俺は左斜めに体を動かす。
魔人の体が開き気味になり、熊すら一撃で殺してしまいそうな左のミドルキックが炸裂したが、魔人の狙っていた場所に俺はいない。
「【戦士に力を与えたもう】」
アスカが呪文を唱え終える。
すると、彼女の身体が徐々に光に包まれ、微細な光の粒子の集合体となった。
やがて、その粒子たちは俺の刀に吸い込まれると、なんと半ばから折れていた刀の刃を再生させる。
(かっる)
完全に刀身を修復し終えると、金属としての重さを一切感じさせない、鳥の羽のような軽さになっていた。
「死に物狂いで止めるべきだったか」
脅威を感じて、こちらに肉薄してきた魔人の心臓を貫く。
攻撃を読める俺に対して、大胆に間合いを詰めるということは本来自殺行為。
今まで戦ってきた者たちも、俺がそういったことが読めるということが分かると、安全圏での攻撃が圧倒的に多くなった。
魔人は再生力で、俺に対応していたのだが。
「再生力が落ちているな」
明らかに魔人の再生力が低下している。
更に、刀を伝って垂れ落ちる筈の青い血は、刀身に触れると蒸発してなくなっていった。
流石、対魔人用の武器。
その効果は絶大だった。
「こんなものっ」
魔人は力任せに刀をへし折ろうと掴むが、元の刀とは比べ物にならない硬さを持っているのか、軋みすらしない。
「不味いな」
「そうだな」
俺は魔人に刺さった精霊剣を引き抜くと、一瞬で四回、その身体を引き裂いた。
速さを重視した俺の動きに、魔人は碌に抵抗することもできず、体中を切り裂かれていく。
「ぐぺっ」
魔人の口から青い血が溢れ出す。
流石に精霊剣で腹を切り裂かれまくるのは効いたのか、地面に倒れ込んだ。
俺は倒れ込んだ魔人の首に精霊剣を刺し込む。。
「まだ死なないか」
致命傷を与えたと思った俺であったが、魔人の体がどろりと溶けて地面に染みこみ、消えていく。
だが、その存在がこの室内に留まったままなのを、俺は感知していた。
『ここまでやられたのは初めてだ。正直、勇者と精霊をなめていたのは否めない』
確実に止めを刺そうと、感知した方に体を向けようとしたが、体が動かなかった。
(何だコレは)
指一本も動かないとは、まさにこれのこと。
神経こそ通っているが、脳の指令が意味を成していない。
『動かないか。私も限界でね、今回は痛み分けとしよう』
その言葉と同時に、魔人の存在感も急速に薄れていく。
『私は魔人トルレ。君の名前は覚えておくことにするよ、健一君』
存在が完全に消え去ったのを認識すると、俺はうつ伏せに倒れ込んだ。
(いってぇ~)
アドレナリンが切れたのか、強烈な痛みが発生する。
のたうち回るほどの痛みだが、指一本動かせないため、のたうち回ることすらできない。
「健一さん!」
精霊剣を解除したのか、人間の姿になったアスカがこちらに駆け寄ってくる。
(引き分け、か)
俺は泣きそうになっているアスカの顔を目の端で捉えながら、今度こそ意識を手放すのであった。
読んでいただき、ありがとうございます。




