第十話
衝撃に体全体が揺らされたが、辛うじて意識を保つことに成功する。
拳が当たる瞬間に体捌きで衝撃をいなしていたのだが、それでもなお、流しきれないほどの衝撃であった。
(完全に折れちまったな)
俺は右手で持っている刀と左腕を見る。
刀は半ばの部分を完璧にへし折られており、左手は指がおかしな方に曲がっていた。
左手は指がまともに動かせないため使えないし、刀も本来の機能を十全に発揮するのは難しいだろう。
いきなりのピンチに笑いが零れた。
ここまで追い詰められたのは、若かった頃に祖父と立ち合った時以来である。
(まだ、やれるわな)
口に溜まった血を床に吐き出す。
内臓にダメージはないが、壁に激突した際に口内を切ったらしかった。
俺は気力で立ち上がると、右手に持った刀をしっかりと握りしめる。
「ナサケないコト、この上なイな」
変化が落ち着いてき始めたのか、片言だった言葉も徐々に流暢になる魔人。
その顔には凄惨な笑みが浮かべられていた。
「そうかい、だからなんだ?」
『死ぬまでが勝負』、これは剣士であった祖父の言葉だ。
俺は笑みを浮かべ返して、ぶらりと刀を垂らしたお気に入りの構えを取る。
俺の脳内では大量のアドレナリンが分泌され、本来では激痛となるはずの痛みを消し、戦意を高めさせていた。
「ふっ」
短く息を吐くと同時に魔人の姿が消える。
俺はその姿をはっきりと認識することなく、真後ろに刀を突きだした。
「グッ」
俺の刀は正確に魔人の左目を貫いていた。
横に一閃、魔人の右目も潰して視界を奪う。
そのまま心臓を貫こうと思ったが、剣気を読んだのか魔人はその化け物じみた身体能力を生かして後ろに跳んだ。
「馬鹿げた反応速度だな」
距離を取った魔人が無表情で言う。
反応速度が速いのではなく、ただ見えているだけなのだが、そんなことはいちいち指摘しない。
魔人は本当に驚いているらしく、目の奥には驚愕している感情が見えた。
「お前こそ、馬鹿げた再生速度だな」
距離を取っている間に、既に目は再生しており、その間約二秒である。
最早刀による攻撃が意味を成していないだろう。
(それにしても、厄介だな)
馬鹿げた再生速度に、身体能力。
(Aランク探索者並みの化け物じゃないか?コイツ)
元Aランク探索者の教官と立ち合ったことがあるが、その結果は引き分けだった。
兎に角、身体能力と動体視力がとんでもなく、意識の隙間をついて攻撃をしているはずだったが、刃が当たる直前で躱されてしまう。
千を超える技の応酬だったが、三十分経っても決着が着かなかったために引き分けとなった。
(このままでは負けは必至)
こっちは折れた刀に、片手を負傷している。
壁に叩きつけられたダメージも残っているし、決して万全とは言えない。
それに対して相手は、五体満足で再生能力が高く、刀での攻撃は有効打になり得ない。
(とりあえず、死ぬ気でやりますか)
俺は今、酷く凄惨な笑みを浮かべているだろう。
探索者、澄原健一は安全志向だ。
それは探索者として尊敬している人物がそうであり、それこそが最適解だと思っているからだ。
だが、剣士としての俺は違う。
命を削り取るような死合いでは、探索者としてではなく剣士としての俺が出てくる。
剣士としての澄原健一は、肉を断たれようと敵を粉砕し、確実に仕留めることを至上としていた。
「猛るのは構わないが、打つ手でもあるのか」
こちらを馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「どうかな?」
「ないだろう。左手は使えない、刀も折れている。そんな状況にもかかわらず、奥の手らしきものは出てこない。これでは、自ら手がないと言っているようなものではないか」
魔人がしたり顔で言う。
(ヤバいな)
思ったよりも相手は冷静なようだ。
覚醒っぽいことをしたので、思考力は落ちているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
俺が内心焦りつつも、どのように相手を仕留めるか構想を練っていると、思わぬところから声が上げられる。
「ありますよ」
俺と魔人、両者の視線が声のした方に向けられる。
「奥の手ならば、私が持っています」
そう言ったのは、戦いの中、ほとんど沈黙を保っていたアスカであった。
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