第九話
俺は幼少の頃から祖父の家に預けられていた。
これは家の方針で、二つ違いの兄は両親に育てられ、俺は祖父に育てられることになっていたのである。
保育園に通うぐらいの年から剣を握らされ、実際に血反吐を吐くほどの鍛錬をしていた。
今思えば苛烈すぎな気もするが、それほどの鍛錬がなければ今頃は死んでいたかもしれないので、そのこと自体は恨んではいない。
そういった地獄に付き合わされていた甲斐あって、昔から剣の勝負で負けたことはなかった(祖父を除く)。
高校時代も学年一位の生徒にすら、剣だけでは負けたことはない(それ以外では惨敗だったが)。
剣術の指導教員も俺の剣の腕を褒めていたし、その頃は将来を期待されていた。
だが、いざダンジョンに入ってみると、無敗を誇るほどに冴えていた剣の腕はなくなり、そこそこにできる一介の剣士となってしまい、碌にモンスターとは戦えなかったのである。
その高校は実力主義だったこともあり、期待が無駄であると分かると、提携校である普通の高校に転学させられ、探索者としては無能であることを突き付けられた。
俺の剣はモンスターに通用しなかった。
ただ、それだけで人生は暗転したのである。
(しかし、それはモンスターが相手だった時だけ)
心があるなら、動きが読める。
相対した敵の動きが、思惑が、感情が、何もかもが全て、読むことができる。
「貴様、何をした」
いつの間にか首から上が元通りになった優男が、鬼のような表情でこちらを睨みつけていた。
互いの距離はだいぶ空いており、こちらを警戒しているのは見て取れた。
「どうやら、魔人とやらには俺の剣は通用するらしい」
刃に付いた青い血を振るって落とす。
(本当に人ではないようだな)
青い血をした人間など聞いたことも、見たこともない。
この男は本当に魔人と呼ばれる化け物のようだ。
「何をしたと聞いている!」
魔人が声を荒げる。
容姿が整っている分、その様が余計滑稽に見えた。
「刀を振るった。それだけだ」
猛烈なスピードで体中に血が巡っている。
こうして読める相手と立ち合うのは十数年ぶりだったこともあり、体が歓喜の叫びを上げているのが分かった。
「そんなことできるものか!」
魔人は首を斬り落とされたことを認めたくないのか、先程と同じようにこちらへと突進してくる。
若干スピードが速く、本気になっていることは簡単に分かる。
だが、意味を成さない。
「ぐわっ」
俺の首を狙ってきていた魔人の両腕を落とす。
すると、魔人は情けない声を上げながら堪らず後ろに下がった。
同じ人間ではないものの、人を殺すことには躊躇いはある。
あるにはあるのだが、こちらが殺らなければ殺られてしまうのは俺の方であり、加減はできない。
「凄い」
そう言ったのはアスカ。
アスカは熱に浮かされたようなぼうっとした表情で、俺のことを見ていた。
その間にも魔人の腕は逆再生したかのように、元に戻っており、とんでもない再生力を見せつけてくる。
「全く、ただの雑魚かと思ったら、化け物じゃないか」
魔人は髪をかき上げ、こちらに鋭い視線を向けてくる。
化け物はどちらかというとお前じゃないか、という言葉を必死に飲み込んだ。
「仕方ない。こっちも全力で、ヤルカ」
途端、魔人の雰囲気が一変する。
本気ではあったのは確かだが、まだ余力を残していたようだ。
身体が膨張し、肉体が急速に発達していく。
発達した筋肉に、服の一部が破れ落ちた。
「フウ」
先程までは細身であった優男の体は、ボディービルダーも真っ青になるほどの巨漢に変貌している。
溢れ出るような殺気も増しており、表情も狂った獣のように獰猛だった。
「コレカラガ、ホンバンだ」
巨漢となった魔人が拳を振りかぶる。
それだけで、俺の勘が猛烈な音を立てて警鐘を鳴らした。
(ヤバい)
瞬時に刀を自身の手前に持ってくる。
次の瞬間、俺が認識できる限界を越えた速さで、魔人がこちらに突っ込んできた。
奴は振りかぶった拳を無言のまま、刀に向かって叩きつける。
強烈な拳の威力を感じた直ぐ後に、パキンという刀が折られる音が聞こえた。
「ぐっ」
そのまま刀を通して伝わった拳の威力と風圧によって、体が吹き飛ばされる。
俺は魔人の凄まじい一撃に耐えることができず、壁に叩きつけられるのであった。
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