第6話 「一回目の人生の後悔を、二回目で晴らすんだ」
異世界転生、転移が起きた場合にどう生きるのか。
これは最初に決めるべきだろうと思っていた。
誰もが一度は考えたことがあるであろう「もし人生をやり直せたら」に近いと思う。
自分のことを知る人がいない、人間関係においてしがらみの一切存在しない世界。これが一番大きい。地球においても、海外に行けば新しい人間関係の中で再スタートをきることは可能であろう。
それでも家族や知人の存在、人格形成に影響を与えた人物、同じような環境で成長した他者との比較。自覚している以上に、その行動、ひいては人格は外部からの影響を受けている。いい意味でも、悪い意味でも。
もちろん、こういったものに何ら影響を受けない人もいるが、それは極めて少ないのではないか。
この世界には誰もいない。今までの人生とは完全に分断された、まっさらな人生、人格を始められる。
幸いなことに俺には使命もなさそうだし。それに、ここに転がっている二人の服装や武器から察するに、文明レベル的にも行動の自由度は高そうだ、身分による制限は厳しいかもしれないが、銃火器で支配されているよりはましだろう。
だから俺は、この世界で新しい人生を、人格を始める。
「本当の善人ってのは考えることなく善行を積める人だ。体が勝手に動く人だ。きっと君はそういう意味では善人だ。けれど俺は違う。心根が善人ではないんだ。いちいち考えてしまうし、天秤にかけてしまう。だから俺は、偽善者になって人を助けるよ。」
ひとつひとつ、間違えないように、伝わるように、丁寧に言葉を置いていく。
「まあ、なんだ……、単純に言えばさっきの君が格好良かったんだ。当たり前のことみたいに誰かのために動き、誰かのことを想える君が。だから自分もそうなりたいと、そうありたいと思った。幸運にも二回目を貰った俺は、一回目の人達のために動くべきだと」
そう。一回目の人生ではなれなかった、貫けなかったそれに。
「あなたがどう思って、何を目指すかはあなたの自由よ。後悔だけはしないようにね」
「しないよ。一回目の人生の後悔を、二回目で晴らすんだ」
彼女の肩が少し上がって、長く沈む。
困難なのは重々承知。一時の善行、一時の善人になることは容易だ。誰にだってなれるし、生まれてから死ぬまでに一度は、いや何回もなっているだろう。
ただ、継続していくとなると、一気にハードルが上がる。それは悪意に、悪行にさらされるからだ。善意は悪意に弱い。欺かれ、利用される。それでもなお自分の形を崩さずに進んでいくこと。
一回目の人生では貫けなかった姿勢を、二回目では完遂する。二回目の人生が終わる時に後悔しないために。
「あっ、この転がってる二人はどうする? 」
あれだけのことがあったのにすっかり忘れていた。
「そうね。とうぶん目を覚ますことはないでしょうし、そのまま置いていきましょう。下手に縛ったりしたら野生動物に襲われたり、餓死してしまったりするかもしれないから」
悩むまでもなく、当然のように言いのける。
――このお人好しめ! なんなの、女神かなんかなの? 俺よりも、この子の方がよっぽど危ないんじゃなかろうか。ぼったくりとか、怪しい宗教とかにひっかかりそうだ。
体温で暖まった地面から尻を持ち上げる。上体の重さを受けていた手のひらがじんわりとしびれている。情けない恰好で、恰好良い啖呵を切ってしまっていたことに今気づく。この時ばかりは彼女が背を向けていたことに感謝した。
現在の時間はわからないが、太陽と思われるものの位置からして、昼頃だろう。暗くなる前にはどこかに辿り着かないと、今日で二回目の人生が終幕してしまうかもしれない。焦りの感情がきしむ体に電気信号を送る。
「本当にありがとう。またいつか、どこかで会えるといいね。」
止まったままの彼女を足早に追い越す。一応手を振ってはみたけれど、うつむき加減の彼女の視界には映っていないかもしれない。
最後にもう一度顔を見たかったけれど、フードに邪魔されてその願いは叶わなかった。
まずは森を抜けなければならない。あの転がっている二人が来た方向、そちらが明るくなっているのでほぼ間違いないだろう。何がいつ出てくるかわからないので、警戒を怠るわけにはいかない。平和な国で育ったおれには視線を散りばめることで精一杯だ。
木々が生えたラインの終わりが見えてきた。はやる気持ちに比例して、景色が去っていくスピードが上がる。いつの間にか息も大分あがっている。
「よしっ!」
旅立ち日和のような晴天に目を細める。
一人で叫んでしまったので、誰かいたら恥ずかしいなと思ったが、光度調整が終わった俺の目には誰も映らなかった。誰もというか何も映らなかった。見渡す限りの草原。
他には何もない。道もない。
もう一度目を凝らして周囲を見渡すと、辛うじて建造物のような影が見える。それ以外には後方にさっきまでの森が広がっている以外は何もない。あの二人が何かに乗ってきた可能性もあるかと思ったがそれもない。
「目標になりそうなものはあの小さな影しかないようだし、とりあえずはあそこに向かうか」
一人になって少し不安になった心を立て直すように、自然と声が出る。一人であることもそうだが、音がないというのも不安を掻き立てるようだ。
それでも森の中にいたときより随分と心が軽い。開けていて死角がない分、警戒に充てる精神を節約できるからだ。森から草原へ、薄暗いところから眩しいほどの日差しの中へ。明るさの変化がそのまま心の変化と同調している。
足を運ぶ度に鳴る草の擦れる渇いた音が、進んでいることを実感させてくれる。異常な事態だからこそ、なんでもない些細なことがありがたく感じる。
軽快な足取りが、小さく見えていた影を大きくしていく。
判別不可能だった影は村で間違いないようだ。
小屋、いや、家のようなものが複数確認できる。さっきの男二人がここから来たとした、何をしていたのだろう。あの森とは少し距離があるし、森の中まで入っていたし。
まあ、今はそれよりも目下の課題への対応を考えなければいけない。見渡せる範囲には向かっている村しか建造物はないこと、あの二人が移動手段を持っていなかったことから察するに、「あの村」というのはあそこでほぼ確定だ。
となると、あの村で今何かが起こっている可能性が高い。一番に思い浮かぶのは、盗賊団に村が襲われ、村人たちは殺害されて、金品や食料が強奪されたってことだ。物語によくある展開だ。
この場合だと既に手遅れで、ただ凄惨な光景を見に行くだけになる。盗賊団も財産等を保管しておく拠点があるはずで、そこに帰った後だろう。
しかしこの可能性は最初から消している。あの二人だけを置いて帰還したとも考えにくいし、略奪が済んだのに森に入る理由もわからない。
二人だけで村を襲った可能性もないな。あの二人は特に荷物を持っていなかった。何も取らずに村を襲うだけなんて、無駄にリスクを負うだけだ。
そうすると本命は「あの村には現在進行形で何かが起こっていて、賊もまだそこにいる」だろう。
あの二人が何をしていたのかはわからないが、またあの村に戻って合流する予定だったのだろう。そして予想が当たっていればあの村には、あの二人よりも強いやつがいることになる。
賊と闘うのは論外だ。無駄死にすることが目に見えている。俺ができるとすれば、なんとか賊の目を盗んで一人でも多く村人を救出することか。それでも、闘うことと比較すればというだけで、成功率自体は雀の涙だ。
それまで軽快だった足取りが急に止まる。足だけでなく体全体が硬直し、心臓だけが激しく動く。
いつからだ? いつからいたんだ?
開けた場所と対策の思案で警戒心は霧散していた。
いつの間にか草が擦れる音は二人分になっていた。




