第5話 「この制約はいわば転生の代償じゃないかと思うんだ」
「そのことなんだけどさ、人のことを疑うことができないみたい」
彼女はこちらに背をむけたままだ。
相変わらず俺たちの会話はただの言葉の往復。顔を合わせない会話がこれほど不便だとは知らなかった。特に、相手のことをよく知らない状態では、声だけで反応や感情を読み取ることができない。
彼女の返事がないことを、こちらが続けるのを待っていると解釈して話を続ける。
「正確には、人の発言を信じてしまうんだ。これは表面上ではなく、心から信じ切ってしまう。トリガーとなるのは相手の発言。発言されるまでは様々な推測をめぐらすこともできるけど、何かしらの事実を確定するような発言をされてしまうと、そこからはそうだと信じてしまう。疑念などはまったく介在しない」
「……ちょっと、よく意味がわからない」
ごもっともな意見だ。自分で言っておいて、自分のことなのに、自分でもよくわからない。それでも転生してからここまでの間の違和感の正体はこれで間違いないはずだ。
「たとえば、ここに寝ている男二人を最初に見た時、俺は明らかに怪しいやつだと思った。けど、大男が自分のことを『近くの村の者だ』と言った瞬間にそれを信じてしまった。それまでの印象はさっぱり消え去って。そうなった時、多少の違和感はある。でも、発言を信じたことと違和感は頭の中では結びつかないんだ。夢の中で現実的にはありえないことでも、それを夢だと認識できない感じと似てるかな」
「…………」
「そして誰かに否定されると解除されるみたい。正直なところ、まだ自分でも完全には理解できていないんだ。信じてもらえているかはわからないけど、俺は一度死んで転生したって言ったじゃん?」
彼女は無言のまま頷く。
「普通に考えたら、一度死んだのに、別の世界とはいえ、こうやって命があるってことはそれ自体がチート……ずるみたいなものだと思うんだ。それも、とてつもないずる。そんなことがなんの代償もないとは考えづらい。だからこの制約はいわば転生の代償じゃないかと思うんだ」
この考えは生前からあった。たしかに異世界転生ものは面白いし、すかっとする。
けれど、転生できるという幸運に加えて特別な能力まで授かるのはさすがにバランスが悪い。
よく「非業の死」や「不慮の事故」、「不幸な人生」とかで転生させてもらうけど、そんなこといったら日本人なんて、日本に生まれた時点で転生対象から外れるだろ。
あまりに動かないので風景の一部と化していた彼女が、顔を少しこちらに向ける。顔が見えるまでにはまだ随分と角度が必要だが。
「そう。あなたが言いたいことは理解できたわ。ごめんなさい、事情も知らずに一方的にまくし立ててしまって。それに怒ってはしまったけれど、自分との力量の差が明確な相手に立ち向かったことは……その……なんと言うか……、無鉄砲さがきらめいていたわ」
――褒めるのへたくそか! もはやこれは褒めてないだろ。
彼女は自分の発言に照れたのか、ぷいっとまた前を向く。そしてなんか「うまいこと言えたわ」と心の声が聞こえてきそうな感じで数回頷いている。本人は大変満足していらっしゃるようで何より。
俺の方はといえば、あれだけやらかした俺のことを気遣ってくれ、一生懸命にフォローしてくれたことに胸の奥が温かくなるのを感じていた。
「そうだ、大事なことを忘れてた。助けてくれてありがとう。君がいなかったら俺は今頃二回目の死か、もしくは奴隷になってたよ」
また風景の一部となっていた彼女は、背中で感謝を受け止めると、一瞬びくっと反応し、少しもぞもぞした。
顔が見えないとわからないと思っていたが、意外にわかることもあるものだ。きっと誰かを褒めることにも、誰かに感謝されることにも慣れていないのだろう。その不慣れさから透けて見えてしまう彼女のこれまでの生活は、透かして見るには目に痛い。
まあ、あくまで想像に過ぎないけれども。
「それじゃあ、わたしは行くわ」
先程までの、サイズに見合った可愛らしい仕草から一転して、さらりと言った。
聞きたいことはたくさんある。彼女のこと、この世界のこと。
けれど、さんざん助けてもらった上に、一度断られたことを再度聞くことはさすがに心苦しい。あとは自力で頑張るしかないか。
「君はこれからどこへ行くの?」
「わたしはまだ決めてないわ。それよりもあなたはどうするの?」
背中と会話するのにも慣れてきたな。俺はすでに決めていたことを口にする。
「大男がさ、『あの村から逃げたやつが仲間を助けるために旅人のふりでもしてるのかと思った』って言ってたじゃん? その『あの村』に行ってみようと思う。こいつらがそこから来たのなら、きっとそんなに遠くはないだろうし」
「仲間を助けるために」って言うのだから、村の人達は助けを必要としているってことだ。大方、こいつらの仲間が何か良からぬことをやっているのだろう。
「なぜ、あなたが行くの。あなたには全然関係のない村のことでしょう? あなたは強くない。その村に行けたとしても何もできないかもしれないし、無事では済まないかもしれない。せっかく手にした二回目の人生を無駄にする気なの?」
彼女の言葉にさっまでの勢いはない。 呆れているという感じでもない。たぶん、俺の行動が心底理解できないのだ。
「そう。君の言う通り、俺とはまったく関係のない村の、まったく関係のない人達だ。何もできないかもしれない。それでも行く。二回目の人生を無駄にしないために」
自分の腹をさする。彼女に助けられた証拠の痛みが、まだじんわりと残っている。




