第41話 「わたしは信じる」
「ありがとう」
小さい体から発せられる小さな声。
最後の最後には満面の笑みを残し、子供たちは長い旅路を終えた。
村はもう見えているが、距離は少しある。
俺たちが村を出てから一週間ほどの時が過ぎたが、記憶はまだ新しい。
村人たちの目、声、態度。その記憶が、俺をあの村から遠ざけていた。
それに、子供たちの帰宅に水を差すのも無粋だろう。
踵を返し、来た道を戻る。
正面に座する夕日が、俺の影を色濃く引き伸ばす。
進行方向の地面に張り付いた、もうひとつの影。
「久しぶり、ミスト」
はぐれていた子ガモに声をかける。
さきほど別れた子供たちと大きさはさほど変わらない。
背に差す夕日が彼女の輪郭を際立たせる。
フードをとって露わになった頭部は、朱と混じった黄金色に輝いている。
「わたし、勇者になるわ」
唐突な宣言に言葉を失う。
しかし、それ以上に俺の脳を麻痺させたのは彼女の瞳だった。
最初は頑なにフードをかぶり続け、次第に二人だけのときは脱ぐようになった。それでも一向に交わることのなかった視線。それが今、彼女の視線は俺の瞳へと繋がっている。
逆光なのでそんなはずはない。それでも、彼女の瞳は燦然と輝いて見える。
「それで、あなたはどうするの?」
呆気にとられ、いや、見惚れていた俺に彼女が続ける。
こちらに疑問を投げかけてはいるが、その答えをもう知っているかのような口調だった。
「ちょ、ちょっとたんま! 待って、先に進まないで。出来れば順序立てて説明してほしいんだけど」
両手を前に出し必死に静止を呼びかける。
追いつかない思考に、体が「あたふた」を表現してしまったが、視線だけは釘付けのままだ。
「もちろん、この国の勇者じゃないわ。あれは、わたしが知っている勇者じゃない。わたしが知っている勇者は、その世界で一番強くて、一番悪いものを倒した人のこと。この世界で言えば魔王なのだと思う。倒そうと頑張ったから勇者なのではなく、倒したものに与えられる称号が勇者。だからわたしは、魔王を倒して勇者になるわ」
「なるほど」
――いやいや、全然「なるほど」じゃないんだが! 思考停止で「なるほど」って言っちゃったよ! その前! そこに至る経緯を説明してよ!
今日の彼女はいつもと違うと信じ、さらなる説明を期待して待つ。
「最初はあなたのことも信じてなかったわ。変な人だとも思った。でも、わたしに対して危害を加えたりはしない。だから一緒にいた」
「自分のためだと言って、誰かのために行動するあなたは、わたしにはよくわからなかった。今でもよくわからない。それでも見ていて思ったの。あの村の女性、パン屋の人、さっきの子供たち。みんな笑って、感謝してた。だから、あなたの行動は正しかったんだって思ったの」
見たことのない優しい笑顔で言う。
「そんなあなたのことを、わたしは信じる」
「あなたを殴った人が言ってたでしょう? 立場が重要だって。主張したいなら、評価されたいなら這い上がれって」
「だからわたしは魔王を倒して勇者になるわ。わたしが信じたあなたの正しさを、あなたを信じたわたしの正しさを主張するために」
説明を終えた合図なのか、彼女は目を伏せる。
「ありがとう。信じてくれていることは素直に嬉しいよ。話も理解できた。……でも、ミストがそこまでする理由がわからない」
本当にわからない。
彼女が「正しさ」なんてものを行動原理にしたことはなかったはずだ。
それに魔王だぞ? いくらミストでも勝算があるのかわからない。
なぜ、そんな危険を冒そうとするのか。
「あなたがよく言ってるでしょ? 善人は報われるべきだって。わたしにとってはあなただって十分善人よ。だから、あなたも報われるべきだと思う。それが理由」
「あと、これもあなたが言ったんじゃない。できることとできないことがあるって。わたしにならできるかもしれないことをやるだけよ」
そう言うと彼女は、伏せていた目を再びこちらに向ける。
「それで、あなたはどうするの?」
いたずらをする子供のように聞いてくる。
言葉は上辺で、「あなたも行くんでしょ?」と確認しているだけだ。
なかなかに俺のことも理解してきたようだ。
俺は鼻をすすりながら彼女を追い越す。
顔を見られないように。
「あーあ、俺が言おうと思ってたんだけどな。魔王を倒そうって。俺の見せ場がひとつ取られちゃったよ。まあ、これからまだまだ見せ場があるだろうからいいけどさ」
「ちょっと、よくわからないのだけど」
彼女も俺の後に続いて歩き出す。
「これだからミストは! まったくやれやれだ。ライスが結婚の準備してるから早く町に行こう」
「あれは冗談よ?」
「わかっとるわい!」
「そう?」
「そういえば、結局ミストってなにものなの?」
「わたしは、エルフと獣人のハーフよ」
「なるほど! だから耳も少し短いし、身体能力おばけだし、幼児体型なのか!」
「……」
おしまい




