第38話 「おい! ライス!」
「そして今に至るというわけさ」
この店を出てからの事の顛末を説明し終えた俺は、ふう、と達成感の息を吐く。
ライスはテーブルを両手で叩いた体勢のまま、時折「はあ」とか「へえ」とか声を漏らしながら聞いていた。
「話はだいたいわかりました。私の店が物に占拠されている理由もわかりました。でも、話の中でちょいちょい嘘をつくのやめてもらっていいですか?」
俺は喜劇俳優顔負けに肩をすくめる。
「垂直にジャンプして、頭で天井を突き破って四階まで行ったとか」
ライスはジロリと睨みをきかせる。
「取り立てに来た男を放り投げて、空中で百発の拳を浴びせたとか」
彼女は、はあ、と息を吐くと、電池が切れたようにイスに腰掛け、天を仰いだ。
「もう、セルド商会を壊滅させたってだけでもお腹いっぱいなんですから、これ以上詰め込まないでくださいー!」
子供のようにわめく彼女。
彼女には悪いが……、悪いとは思っていないが、ミストの強さを話すわけにはいかない。
なので、俺が倒したことにした。より大きな嘘で小さな嘘を隠すために少々スパイスを加えたが、子供には効きすぎたようだ。
「まあ、そういうことなんで! 俺たちはすぐにでも、この町を発つよ。子供たちを早く家族のもとに帰してあげたいし」
わめくライスを尻目に、俺は話を打ち切る。
あの村から連れてこられた子供は4人いた。これで全員か、すでに売られた子もいるのかはわからない。助けたばかりでそんな話をすることは憚られた。
子供たちからしたら、俺たちだって知らない人間だ。セルド商会から解放できたとはいえ、今もまだ不安なはず。早く安心させてあげたい。
「いやいやいや、これ、どうするんですか? この店に溢れかえっているもの! 全部持って行くんですか?」
天を仰いだまま、手で空を扇いで言う。
「ライスにあげる!」
彼女でも理解できるように、ビシッと指を差し宣言する。
彼女は、よくホラーに出てくる幽霊みたいに、下目で俺を見てくる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
呻き声を漏らし、さらにホラーに寄せてくる彼女。
「あっ。俺たちも少し貰ったよ。一文無しだとさすがに生きていけないので。もしライスが駄目だって言うんなら返すけど……」
「本当に……」
ようやく言葉の体を成す音を発する彼女。
「本当にこれどうすんのー!」
そう言ってばんざいしながらイスごと後ろに倒れる。
俺は立ち上がって見下ろす。
ばんざいのまま寝転がる、涙を溜めた少女がいた。
――やれやれ。本当にやれやれ。
ライスで遊ぶ……、ライスと遊ぶのも楽じゃないぜ。
心底あきれた空気を出しながらライスの傍に寄る。
倒れた彼女をイスごと起こし、ばんざいしたままの手も戻してあげる。
一仕事終えたかのように伸びをしながら自分のイスに着席する。
手を顔の前で組み、ひじをテーブルにつく。
「場も温まったことだし、そろそろ話を進めたい」
俺は神妙な面持ちで告げた。
ライスは潤んだ瞳でキッと睨んできた。
怖かったので目は合わせないことにした。
「さっきも言った通り、ここにあるものの処分はライスに任せる。全部自分で使ってもいいし、町の人たちに配ってもいい。もうこの町に居たくなかったら、これを元手に別の場所で新しく始めてもいい。自由にしてくれて構わない」
「受け取れません」
彼女は用意してあった言葉で、ぴしゃりと即答する。
「受け取る義理がありません。私はこれを手に入れることに、セルド商会を解体することに、何も関与していません。危険を冒して手に入れたのは直太郎さんたちです。だから、あなた方が手にするべきものです」
しっかりとした口調に、意思の固さが表れている。
俺はこの牙城を崩していかなければならない。
「勘違いしないでほしいのは、別に山分けしようっていうんじゃなくて、これはお礼ね。金貨三十枚を取り返してくれたお礼」
「たしかに私は取り返してきましたけど、そのお礼が金貨三十枚を超えるのはおかしくないですか?」
「全然おかしくないよ。これは君が、『金貨を取り返す』という、俺たちに掛けてくれた『優しさ』に対するお礼だから」
「君は、お父さんを殺され、嫌がらせを受け、町民からも避けられていた。誰も助けてくれなかった。それでも腐らずにパンを焼いた。だから俺たちは客として来た。そして自分が辛い状況にも関わらず、俺たちを助けた。その努力と優しさには、この金品を受け取るだけの価値がある」
「そんな、たいしたことはしてないですよ」
「そうかな? 自分が辛いときに他人に優しくできるのは、たいしたことだと思うよ」
自分に余裕があるときに、他人に優しくできる人はたくさんいる。
その中で、自分が辛いときにも他人に優しくできる「本当に優しい人」はそんなに多くない。
「はあ」
彼女はウジウジするを体現するかの如く、指遊びを始めた。
「それに君は、俺たちが騙されていることを知ったとき、後でこっそりお金を取り返して、自分の懐に入れることだってできたはずだ。借金があったんだし。でも君はそうしなかった。君は善人だ。俺は、善人は報われるべきだと思ってる」
「うーん」
まったく煮え切らない彼女。
このままではずっと平行線だ。
あまり時間も掛けたくないし、強硬策でいくしかないか。
「おい! ライス!」
「はい!」
いきなり出された大声に、ライスは反射的に返事をし、背筋も伸びる。
俺は、ここからが勝負だと言わんばかりにライスの目を見据える。
「この金品をここに置いた時点で、君は受け取るしかないんだ。俺たちがこのまま出て行けば、君が処分するしかない。最初から『受け取らない』という選択肢はない」
「それでも俺が説得しているのは、納得して受け取ってほしいからだ。納得して受け取って、明日から笑って過ごしてほしいからだ。だから納得しろ!」
声の調節を誤り、思ったよりも声を張ってしまった。
少し心が痛む。
彼女は一瞬ビクッとして硬直する。
しかし、次の瞬間にはぶふっと吹き出す。
「ふふっ。似合わないですよ、そういうの。くだらない、面白くないこと言ってる方がずっと似合ってます」
そう言うと彼女は声を上げて笑い始めた。
笑い過ぎて涙まで流している。
笑い声は次第に泣き声へと変わっていき、ついにはわんわんと泣いている。
泣いている暇もなかったのだろう。
明日からは、泣いている暇がないほど笑っていられるようになるといいな。
溜まっていたものを吐き出すように溢れ出る彼女の涙を見て、そんなことを想った。




