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金髪コミュ症は勇者になれるのか  作者: やまたぬ


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第36話 「あなたもね」

ずずー、と鼻をすする。


「風邪でもひいたの?」


 後ろから問われる。


「いや、鼻から汗が出ただけ」


「ふーん」


 ――この人は興味がないことには、とことん適当な相槌をうつな。まるで俺みたいだ!


 店を出てから数分。俺たちはまだ目的地に着いていない。

 そして一番重要な部分の話もまだだ。


「今回一番重要なのは、どこまでやるかってことだと思うんだ。中途半端にやってしまうと、その後、今までよりひどいことになりかねない」


 バスクのときとは違い、セルド商会はこの町に根差している。

 根を残してしまえば、また生えてくる。

 そして、失ったものを取り返すために、より多くの養分を取り込もうとするだろう。


「だから、徹底的にやる。セルド商会をこの町から根こそぎ引っこ抜く。二度と再起させないように」


「うん」


「具体的には、セルド商会の金品は没収。護衛や取り立て役等の腕の立つものには、王国軍に目をつけられていることを伝え、金を渡してどこかに行ってもらう。要は縁を切らせる。奴隷として売るために拘束されている人もみんな解放。セルドの身ぐるみをすべて剥がす!」


「それであなたの望んだ結果が得られるの?」


「どうだろ……」


 言葉を言い終わる前に、足を止める。

 

 ぶふっ、という声とともに背中にぶつかる彼女。


 ライスの言った通りの建物だ。すし詰め状態の通りの並びに頭ひとつ、いや、ふたつ飛び出た建物が見える。


 4階建てくらいの縦長。横には広げられないので縦に伸ばした感じだ。

 この世界の建築レベルでこの高さは少々不安だ。ミストが暴れた衝撃で倒壊しないだろうか。


 扉の横には一人の男がしゃがんでいる。腰に携えた剣から察するに扉の番をしているのであろうが、どう見ても、ただそこにいるだけだ。


 逆らうものがいない以上、必要のない人員だが、置いておくことで町民に対する圧をかけられる。その様子から警戒心が微塵も感じられないのがその証左だ。


 俺の動きから察したミストも、影から顔を出し建物を確認する。


「こういう建物の場合、一番偉いやつが一番上にいるのがセオリーだ。俺は最上階を目指す」


 声が震えないように、慎重に言葉を発する。

 死ぬのが怖くない人間なんていない。ましてや、これから入るのは敵の本拠地。


 冷たくなった指先を、握り込むようにして必死に温める。

 

「わかったわ。あなたは走って最上階を目指すだけでいいから。他はたぶん大丈夫」


 彼女の淀みない言葉が、俺の緊張までも鎮めてくれる。

 

「こんなこと言えた義理じゃないんだけど……、けが、すんなよ!」


 地面を蹴って走り出す。

 景色は早く通り過ぎていってはくれない。

 普通の身体能力。普通の脚力。

 当然のように接近する前に気付かれる。


「あなたもね」


 全力疾走の俺の横を、風が通り抜けざまにつぶやく。


 俺に視線を向けていた男は立ち上がることさえ許されない。

 立ち上がるより先に彼女の拳が男の腹に届く。


 ゆっくりと男を地面に下ろす彼女の横を、今度は俺が追い抜いていく。


 扉を開けると4、5人の男が立って談笑している。異物が入ってくるなどは考えたことすらないのであろう。誰もこちらを確認しない。


 その隙に右手奥にある階段へと突っ込む。


 こちらの動きから仲間ではないことに気付いた男たちがようやく動き出す。

 

 力なき者たちを支配するだけの毎日を送ってきた男たち。そんなぬるま湯につかり切った体が瞬時に反応できるはずもなく、俺は階段へと到達する。


 何段飛ばしているかは数えていない。

 ただ、足が上がるところまで。最大限の歩幅で、最小限の時間を刻むために。


 下からは怒号が飛んでいるが、まだ距離はありそうだ。


 階段は一度折り返し、二階へとたどり着く。

 途中で怒号は聞こえなくなった。

 替わりに鈍器で殴るような鈍い音がしていた。


 二階にも数人の男がいたが、今度は全員イスに腰掛けていた。

 一階上がった分、さらに警戒心が薄まっている。

 ここも素通りで、三階への階段を上り始めた後にようやく気付く。


 足と肺はすでに悲鳴を上げている。

 悲鳴どころか遺言まで聞こえてきそうだ。


 最初ほどの勢いはなく、飛ばす階段も数えられるようになってしまった。


 三階。

 一、二階とは異なりデスクが数台並んでおり、事務的な仕事をする人が数人いた。

こちらを見るや、あっけにとられていたが、動き出すものはいなかった。


 非戦闘員のオアシスフロア。

 立ち止まり、膝に手をつく。

 空気は十分に吸い込んでいるが、肺が酸素をなかなか取り込んでくれない。

 滴る汗が、顎を伝って床へと落ちる。


 下から誰かが昇ってくる気配はない。

 この場にいる全員が、俺の汗が落ちていく様を呆然と眺めている。



 諦める。呼吸を整えることはもう諦める。

 ミストの状況もわからない以上、いつまでも止まっていられない。


 再び足を動かす。

 オアシスフロアでは、結局誰一人、声すら発しなかった。


 外から見た印象では次が最上階。

 セルドがいるとすればここしかない。


 うるさい息遣いは、もう抑えられない。

 階段を登りきる前に見えてくる景色。


 

 俺の願いは半分叶った。

 最上階の奥にはイスに深くもたれかかっている太った男がいた。

 頭頂部には不毛の地が広がっているが、側頭部はまだ足掻いている。

 真ん中から左右にのびる口ひげは、側頭部とは違って整えられている。

 この場、この体勢、こいつがセルドで間違いないと確信した。


 そして、もう半分の叶わなかった願い。

 ここにはもう一人、ハゲがいた。

 取り立てに来たチェーンメイルのハゲだ。


 セルドが奥に、デスクをはさんで手前にハゲが立っている。

 デスクの上には金貨三十枚が入っている巾着が置かれていた。


 

 さすがは悪の元締め。俺の姿を視認しても眉ひとつ動かさない。

 

 ハゲも同様だ。

 そもそも、荒い息遣いと足音で、誰かが来ることは知らせてしまっていた。


 肩で息をし、血走った目をした俺に対し、取るに足らないといった感じで平然としている二人。


「セルド様。こいつです、この金貨を用意したのは」


 俺から目を切って、セルドに向いて言う。

 俺が行動を起こしても問題なく対処できるという自信の表れだ。


「ああ、こいつか」

 

 ひげをいじりながら話すセルドは、値踏みするようにねっとりと俺を眺める。


「おい、お前。ここに何をしに来た」


 ふんぞり返った体勢から、見下される。

 自分が強者とでも言いたげなその視線は、俺の神経を逆なでする。


 こいつが行った悪事を知っているからか、声すらも不快に感じる。

 発せられる一音一音が、重低音のように内臓へとずしずし響く。


 体力的にも限界を迎えているが、精神的にも我慢の限界だ。

 

「何をしにって? 決まってんだろ! お前の身ぐるみを剥がして、すべてを奪いに来たんだよ! お前にはパンツの一枚だって残さない! 裸になって町を這いずり回って、布切れ一枚でも恵んでもらうんだな!」

 

 セルドは反応しない。何も。何一つ心を動かさない。微塵も怒りすらもしない。

 

 その態度が俺の怒りを増幅させる。


「いいか、勘違いすんなよ! お前なんて何者でもない! ただ、金を『今』持っているだけのブタだ! それ以外に何もない! 断言してやる! お前は今日すべてを失う! すべてだ! そのお前に何が残る? お前という人間から金をとったら何が残る? 何も残らないんだよ! だからすべてを失ったお前を助けてくれる人なんか誰もいない! 明日から一人で惨めに生きろ!」


 空気と一緒に吐き出した体に溜まった熱が喉を焼く。

 吐き出したそばから、また体内には熱が生成される。

 とめどなく溢れる怒りという名の熱が。


 セルドは相変わらず反応しない。

 自分以外の人間が怒っていようが、泣いていようが、こいつには関係ないのだ。


 やつは、はー、とパンパンに膨れた腹の中から空気を排出する。

 

「もういいか? 残念だったな。お前はオレが明日どうなるかを見届けることはできない。オレはすべてを失うんだったか? オレのすべてといったらなかなかのものだが、お前が失うのは命ぐらいだろう? 残念だがよかったな。失えるものが命しかなくて」


 そう言うと、セルドは顎でハゲを促す。


「やれ」


 感情なく出された指示。

 それを受け、待っていたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるハゲ。


 剣を抜き、普通に散歩をするかのように近づいてくる。

 それほどにあなどられている。心得があるものには力量が透けて見えるのかもしれない。ましてやこちらは丸腰だ。


「最後に言い残すことはあるか?」


 にんまりと気持ち悪い表情で聞いてくる。


 ――馬鹿が! それは返り討ちフラグなんだよ!

 そして、せっかく聞いてくれたから言ってやる!

 こっちはまだまだ、はらわた煮えくり返ってるんだよ!


「もし、ここで俺を殺したとしても、セルド、お前の未来は変わらない! ここより下のやつらはな、頼れる相棒が消し炭にしてるところだ。そろそろ、ここにも辿り着くと思うぞ。俺を殺した後で、たっぷりと地獄を味わうんだな!」


 最後の最後で四天王最弱みたいなセルフが出てしまった。



 言い終わって、まばたきをひとつ。


 まばたきが終わるころには、ハゲは目の前で剣を振り上げていた。


 

 こいつ、動けるタイプのハゲだったんだな。



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