第35話 「復活したのは俺だけどね!」
「連れションって何?」
ライスの店を出た俺はセルド商会に向かって歩いている。
方向と目印はライスが言っていたので問題ないはずだ。
本当は一刻も早く到着したので走りたいところだが、あえて歩いて向かっている。
ミストに説明とお願いをする時間がほしいからだ。
「連れションっていうのは、男同士が友情を深めるための儀式だよ」
「わたしは男じゃないわ」
「その場合は男同士よりももっと友情……、いや、愛情が深まる」
「ふーん」
ミストはわかったのか、わかっていないのか、わからない返事をする。
何かもわからないのについてきてくれた彼女。
そんな彼女へのお願いは本当に心苦しい。
きっと断らないであろうとわかっていて頼み事をする自分に嫌気がさす。
「ミスト、お願いがあるんだ」
町を歩くので、彼女はいつも通り俺の影にいる。
後ろを向いて歩くわけにもいかず、誰もいない前に向かって話す。
「たぶん問題ないと思うわ。だって、今向かっているセルド商会には、この前の村より強い人はいないでしょうし」
こちらの気持ちに反して、彼女はさらっと言ってのける。
「話聞いてたの? それに俺がやろうとしてることもわかってるんだね」
――驚いた。まさかミストが全部理解していたとは。
流れ作業のようにパンを食べていたから、魂をパンに売ってしまったのかと思っていた。
「もちろんよ。わたしは対人関係については苦手だけど、それ以外は問題なく論理的に考えられるわ」
さも当然かのように言う彼女。
その余裕な態度には、軽くお灸を据える必要があるな。
「なるほど。それじゃあ、なんでその手にはパンが握られているのか論理的に説明してもらっていい?」
「…………」
俺は知っていた。
ライスのパン屋を出るとき、食べかけのパンをそっとマントの中に隠したことを。
「俺を甘く見てもらっては困るね。やるんじゃないかと思ってたからね! 油断してたら見落としてたね!」
俺が何をするかを、ミストが理解していないと思っていたときは、まだよかった。
でも、理解していてパンを持って来たんでしょ?
それはつっこまざるを得ない!
「……あなただって……」
後ろから反抗的な言葉が紡がれ始める。
「あなただって、いつまでそのネックレスしてるの? もしかして、まだ信じてるの?」
パンの言い訳はせずに、俺への攻撃に注力してきた。
そう。俺は赤い石がついた色々と効果があるはずだったネックレスをつけたままだ。
「何言ってんの? まだ隠された能力があるかもしれないじゃん? それに宝飾品は大人の嗜みだよ? いい男はみんなつけてるから! みんな、一人残らず! あー、まあ、お子様のミストにはわからないかなー。ほら、見て! 町の人たちも、ネックレスで上乗せされた俺の色気にあてられて、熱い視線を送ってる! 熱い! 熱すぎる!」
痛いところを突かれたので、早口で一気にまくしたてる。
――ミストよ。舌戦で俺に勝とうなんて1年早いぜ!
冗談もちゃんと理解できないのに、俺に勝負を挑むとは無謀がすぎるぜ!
「町の人が見てるのは、あなたが一人でしゃべっているように見えているからよ」
「…………」
ミストから放たれた冷たい言葉は、俺の心からすべての熱を奪っていった。
――ああ、そうか。俺に冷たいのはこの町だけじゃなかったんだ。
踏み歩く石畳の固さが、地面までも俺のことを拒絶しているかのように感じられた。
後ろからがしがしとパンをかじる音が聞こえる。
それは、まるで勝者の雄叫びのようだった。
言葉を失った俺に、勝者からのほどこしとばかりに声が掛けられる。
「それで、あなたは何のために動くの? あのお金は何のために払ったの?」
口調からわかる。別に責められているわけじゃない。
単純な疑問だ。他人を助けてこなかった彼女の、純粋な疑問。
「もちろん自分のためさ! 自分がそうしたい、そうありたいと思ってしたこと、することだ! 言ったでしょ? 偽善者だって。……だから全部自分のためだよ!」
「へむへむ」
彼女は理解に苦慮しているのか、相槌が忍者の犬みたいになっている。
「今の質問に関連することだけど、『誰かのためにやった』なんて声高に宣言する人は、だいたい腹の中に別の思惑があるもんだ。自分の利益や下心がね。そうやって口に出すのは、自分の評価を上げたり、恩を着せて見返りを求めているんだ」
がしがし音が止んでいる。
――少し難しかったかな?
「この世界のじゃなくて、ミストが知ってる勇者がいるでしょ? その勇者が『国と国民のために魔王を倒したぞ!』って言ったら、ちょっと格好悪いでしょ? そんな感じ!」
「なるへそ」
言ったが早いか、がしがし音が再開する。
どうやら納得してくれたみたいだ。
――っていうか、「なるほど」を注意したかたって、自力で「なるへそ」に辿り着くのはセンスが溢れすぎだろ!
感嘆する俺に、がし金からまた質問がくる。
「それで、何か作戦はあるの?」
「ない! 何もない! 正面突破で行く!」
高らかに宣言する。
「おそらく護衛と取れ立て役が何人かいる。ミストにはそいつらをどうにかしてほしい。無理のない範囲でね」
「わかったわ。今回は相手の力量がある程度わかってるから問題ないと思う。それでも、あなたの安全までは保証できないからね」
念を押す彼女の声には、心配を含んでくれていた。
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ! 不死身の直太郎だよ? あの村での奇跡の復活劇を見ていなかったのか?」
「わたしが復活させたんだけどね」
「復活したのは俺だけどね!」
受けた恩を忘れてでも反論したかった俺がいた。
ごほん、と大げさに咳払いをする。
「セルド商会を制圧すること自体はそれほど難しくないと思うんだ。ミストが言った通り、バスクより強いやつがいないなら、ミストならなんとかしてくれると信じているから。ミスト頼りで申し訳ないけど」
歩くために振っている手に力が入る。
俺の力はこの程度だ。拳を握る程度だ。
俺では誰も倒せない。
「申し訳なく思わなくていいわ。あなたが言っていたじゃない。できることと、できないことがあるって。だからわたしは、わたしにできることをやる」
迷いのない、まっすぐな声で言う。
――そう。それは俺が言ったことだ。
「だから、あなたも、あなたにできることをやればいいと思う」
――それは、俺が、君に言いたかったことだ。
「それに、誰かに信じてもらえるっていうのは……、少し、嬉しいわ」
――それは、俺が、君に知ってほしかったことだ。
ふふっ、と小さく笑いをこぼす彼女。
純粋な言葉は、その純粋さゆえに心を打つ。
打たれた俺の心の振動が、視界を歪ませているのかもしれない。




