第34話 「外でしたい気分だから!」
「あ、あの……、お金、ごめんなさい」
戻ってテーブルについた俺に、ライスが絞り出すように言う。
手はまだ固く握られたままで、全身がこわばっているのが見て取れる。
「本当は君の取り分も入ってたんだけど、勝手に使ちゃった。だから、あとは俺のからだで支払うよ」
ふふっと、ささやくほどで笑う彼女。
「だから、そんなものはいりませんよ。それこそ嫌がらせですよ」
まだ弱弱しい。
だから、くだらない会話を続ける。
少しずつ、話すことでほぐれていくように。
「いやいや、だって露店のお姉さんたちはみんな男前だって言ってくれたよ? 今思えば、『こんな男前なら騙すより、騙されたい』って悲痛の叫びが聞こえてきてた気がしなくもない」
「男前じゃない人に男前って言うから騙せるんじゃないですか。だいたい、そんなこと思ってたら、ガラクタを高額で売ったりしないんですよ」
「あっ。あとライスがお金を取り戻しに行ってくれてる時。あの時なんか、視線をビンビン感じたね。あまりの視線に、俺はさらわれちゃうんじゃないかって思ったよ」
ぷふっと、さっきよりも大きく噴き出す。
「あれは地面に寝てたからじゃないですか。あんな大通りで大人が寝てたら誰でも見ますよ。さすがに好意と好奇は区別してくださいよ」
笑顔がこぼれる。
まだ本調子とまではいかないが、体から無駄な力は逃げて行ったみたいだ。
彼女は立ち上がり、全身を使って深呼吸をする。
現状を吸い込んで理解し、恐怖を吐き出す。
イスに戻った彼女の視線は、しっかりとこちらに定まっていた。
彼女の視線に応え、俺も本題を切り出す。
「お金の件は勝手に俺がやったことだ。別に返済しなくていい。納得できないかもしれないけど、とりあえず今は別の話が聞きたい」
彼女は無言で頷く。
「それで、つらいかもしれないんだけど、君が嫌がらせを受けるようになった経緯を聞きたいんだ。話せる範囲で構わないから」
「話すこと自体は問題ありません。借金を返していただいたんですから、話すのが筋だとも思っています。でも、それを聞いてどうするんですか?」
彼女は純粋に疑問として聞いている。そこに、非難や猜疑といった不の感情はない。
「どうするかは、聞いてみないとわからない。こう言ったらおこがましいかもしれないけど、君を助けるために払った金貨だ。君が助からないと意味がない。そして俺は、あの金貨を意味がないものにしたくはない。だから話を聞きたい」
あの金貨は、ミストが俺を信頼して、処分を一任してくれたものだ。
もし、払った意味がなくなってしまったら、その信頼を裏切ることになる。
ライスを助けたいという気持ちも、もちろんある。
でもそれ以上に、ミストに俺を、人を信じさせたい。
きっとそれはミストにとって、今後の助けになるはずだから。
「わかりました。お話します」
彼女の視線はテーブルの一点に向けられる。
その目に認識されているのはテーブルではなく、きっと彼女の記憶だろう。
「セルド商会の話はしましたよね。奴隷売買は認められてますし、借金のかたに奴隷にされることも、別に違法行為ではありません。取り立ても、以前はそこまで乱暴ではありませんでした」
ここからが本題とばかりに一度息を吐く。
「ですが数か月前、勇者を名乗るバスクという男が率いる一団がこの町に来ました。その男たちはどう見ても善人という感じではありませんでした。この町に来るや否や、セルド商会に目をつけ、すぐに接触しました」
――ここにもバスクが絡んでくるのか。確かに口ひげの騎士はバスクがこの町でも何かしたようなことを言ってたな。
「それからです。取り立ては乱暴になり、暴力や嫌がらせで債務者を追い込むようになったのは。取り立てにはバスクの仲間も加わっていました。きっとセルドは気付いたんでしょうね。乱暴にした方が効率よく利益を上げられると」
「そんな状況の中、ある日、私の父はバスクの部下の一人を殴ってしまいました。うちは借金をしていなかったのですが、町の人が暴力を振るわれている場面に出くわしてしまったみたいです」
彼女のまぶたがゆっくりと閉じられる。
「父はその場で殺されました」
「父が殴った男は軽傷のはずでした。でも私のもとにはその男の遺体が運ばれてきました。わざわざ私と、町の人たちに見せるように。そして慰謝料として金貨三十枚が請求されました」
「バスクたちが慰謝料を請求するために、その男を殺したことはみんなわかっていました。わからせるためにやったんですから。金のためなら仲間も平気で殺すと。仲間も殺すのだから町民を殺すなどもっと簡単だと」
「父のことは誇りに思っていますが、父が特に勇敢だったかといえば、それは違います。町は不満や憤りの空気が充満していて、父が行動を起こさなくても誰かが動いたと思います。たまたま最初が父だったのです」
「ですが、脅しの効果は覿面で、それ以降、逆らおうという人は誰もいませんでした。私への嫌がらせも、戒めを忘れさせないようにという意図もあるんだと思います」
あの村でハンナさんに話を聞いたときと同じ感覚を覚える。
気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。
自分の利益のために平然と他人を傷つける人間の存在が気持ち悪い。
理解ができない。そんなやつは人間じゃない。
ずっと動かずに話していた彼女が手を組んで前に伸ばす。
ん-、と唸って伸びをする様子が、核心部分の終わりを告げている。
「その後、しばらくしてバスクたちはこの町から出て行きました。噂によると、ここよりさらに端の村で奴隷となる人を調達して、セルド商会に送ってるって話です」
立ち上がった彼女は、今度は全身を伸ばす。
筋肉をほぐすと同時に、沈んだ気持ちを無理矢理引き上げているようだった。
――状況はあまりよろしくない。むしろ最悪に近い。
さっきの男がまた来ると思った俺の勘はたぶん当たる。
ライスの借金と嫌がらせは見せしめだ。セルド商会に逆らうとこうなるという、恐怖のシンボルにされている。
だから、また何かしらの理由をつけてやってくる。
町民が恐怖を忘れないように。
もうひとつ。
ライスにとってはさほど重要でなかった部分。話の核でなかった部分。
そこに、俺にとって重要な事柄をはらんでいた。
ライスが言っていた「ここよりさらに端の村」とは、俺たちがこの前いた、ハンナさんの村のことで間違いないだろう。実際にバスクがいたんだから。
そうなると、あの村で隔離されていた子供たちの中から、この町のセルド商会へと送られた子供がいるはずだ。ハンナさんも、保護した子供が全員ではなかったと言っていたし。
もう売られてしまっているかもしれない。でも、まだ残っている子供がいる可能性も十分にある。商会の建物にいるかはわからない。別の場所で管理しているかもしれない。
ただ、時間がない。
口ひげの騎士がバスクのもとに向かった以上、バスクが捕まったことは遅かれ早かれセルド商会に伝わる。そうなれば、バスクが正攻法でなく無理矢理に奪った子供は、急いで売るか、別の場所に隠す。バスクとのつながりの証拠を消すために処分する可能性だってある。
口ひげがこの町に来た時にはバスクはもういなかったし、ここの町民は黙っていただろう。ライスへの凶行にも目を瞑っているやつらだからな。
口ひげは、バスクがこの町で何かをしたことは知っていたが、セルド商会との関係は知らない。口ひげがこの町にも来たはずなのに、セルド商会が無事なのはその証拠だ。さすがに王国軍を買収はできないと思いたい。
騎士たちと会ったのが一日前。
馬だから速いのは当然だが、どれくらいのスピードで進んでいるか。
あの村での処理にどれくらいの時間をかけるか。
もうこれは考えてもわからない。
わからない以上、一刻も早く、セルド商会に向かわなくてはならない。
勢いよくテーブルを押して立ち上がる。
念入りに伸びをしていたライスがびくっと反応する。
「どうかしましたか?」
すっかり元の表情に戻っていたライスが目を丸くする。
「お手洗いに行ってきます!」
高らかに宣言して、カウンター横にあるドアに向かう。
「お手洗いはそっちじゃないですよ! こっちの奥です!」
「外でしたい気分だから!」
へっ、と間の抜けた声を漏らすライス。
「あと、ミ……、そこでずーーーーーーとパンを食べてる妹!」
あろうことかこの金髪、重い話の際中もずっとパンを食べてた。
その妹(仮)に指令を出す。
「連れションだから! 兄妹水入らずで! 一緒に来て!」
そのまま振り返らずにドアから出て行く兄妹。
ライスの顔は、怖くて見ることができなかった。




