第31話 「パンが食べられる!」
「私の名前はライス。このパン屋の店長です!」
どんなに矛盾をはらんでいようとも、女性の全てを受け入れるのが男の役目だ。
「ライスか。いい名前だね」
後ろで小さく「あっ、また言ってる」とつぶやく誰かさんの言葉は聞かなかったことにする。
「俺の名前は直太郎。後ろにいるのは……、名もなき妹だ」
俺が正座したことにより隠れられなくなったミストは、それでもしゃがんで隠れようとしていた。当然その努力が実ることはない。
「よろしくです、直太郎さんと名もなき妹さん!」
歪な自己紹介にも怪訝な顔ひとつしない。
何か事情があると察して、触れないようにしたのだろう。
頭もいいし、気配りもできるいい子だ。
特に意味はないのだが、さっき買った赤い石がついたネックレスを着けてみる。
今度こそ怪訝そうな顔をされてしまった。
そして、彼女が寄ってくることはなかった。
「私が取り返してきましょうか、お金?」
唐突な提案に目を見張る。
「いやいや、さすがにそれは頼めないよ。いくら俺が買わされた商人が女性だけとはいえ危険だし、ただの客と店主の関係で、そこまではしてもらえない。それに悪を倒すのは頭を交換できるやつの仕事で、君の役割は老人介護と犬の世話だろう?」
彼女は手開いて前に出し、歌舞伎役者のようなポーズをとる。
「ところがどっこい、あら不思議。私なら安全に取り返せるかもしれないんですよね!もちろん保証はしませんよ? 可能性の話です。……あと、ただのお客さんじゃないですし。……ほら! お客様は神様だって言うじゃないですか!」
一瞬曇った彼女の表情が気になった。
俺の発言の後半が無視されていることは気にならなかった。
「わかった。それじゃあ君にお願いするよ。ただし、危険だと思ったら中止すること。失ったと思っているお金だ、取り返せなくても問題ない。君の安全を最優先で頼むよ」
せっかくの申し出を断り続けるのも無粋なのでお願いする。彼女としてもやる気まんまんそうだし。
「了解です! お兄さんは優しいですねー、私が美少女だからかな? そんな時間はかからないと思うから、そこで待っててくださいね!」
そう言って彼女は駆け出そうとする。
「もし、少しも取り返せなかったとしても、お礼はちゃんとするから。結果じゃなくて、行動に対する報酬を払うから。……俺のからだで!」
あははと笑った彼女は振り向いて言う。
「お兄さんは本当に面白くないことを言いますね! そんなものは銅貨一枚の価値もありませんよ!」
再び駆け出す彼女。
――そこは「面白いこと言うね」って言うところじゃん。笑ってたじゃん。若い子の言葉って、おじさんの心をえぐるんだから、細心の注意をはらってよ。
そして一番大事なことを彼女の背中に浴びせる。
「俺は、美少女だけじゃなく、すべての女性に優しいからー!」
俺の魂の叫びが彼女に届いたのかはわからない。
ただ、その後ろ姿を見て、やはりポニーテールは最高だなと思った。
ポニーテールを無事に見送ったので、広げた宝飾品を片付けはじめる。
俺が騙されたことをあざ笑うかのように、俗っぽく光るそれらを拾う作業は、思った以上に俺の心を蝕んだ。
石畳で正座をしていた足は、痺れを通り越して痛かった。
「ごめんなさい」
いつの間にか俺に隠れることをやめていたミストが小さくこぼす。
何に対しての謝罪かがわからない俺は次の言葉を待つ。
「あなたが騙されるのを防ぐことができなかったわ。そのために一緒に来たのに」
肩を落とす彼女。こぼれる言葉も随分とか弱い。
「ミストが謝ることじゃないさ。騙されたのは俺だ。俺の方こそ、ごめん」
「違うわ」
強めの否定が返ってくる。
「あなたが信じてしまうことはわかっていたじゃない。だから、騙されないようにわたしがついてきた。それなのに一回も防ぐことができずに、全部騙された」
自身に対する憤りからか、その言葉には力がこもっている。
「ミストだって宝飾品の価値はわからないだろ? 貨幣の価値も知らなかった。防ぎようがなかったと思うよ。それに買い物は、君にとって苦手分野でしょ?」
あえて軽い感じで言う。重く受け取られないように。
「あなたは……。あなたは、わたしが防げると信じてなかったの? わたしのことを?」
――違う。彼女の考え方が違う方向に流れている。
「もちろん信じてたよ。今でもミストのことを信じてる。でもさ、すべてをうまくできるなんて思ってないから。防げることもあるし、防げないこともある。できることもあれば、できないこともある。みんな、そんなもんだよ」
「でも、役に立たなかったら、わたしが一緒にいる意味はないじゃない!」
苦手な街中にも関わらず声を張る彼女。
――彼女はここまで、自発的に行動してこなかった。
俺が何か行動を開始し、その手助けや後始末を状況に応じてやっていた。
その彼女が今回は自ら、俺が騙されないようにと、何かが起こる前に動いてくれた。
自分でやると言ったことをできなかったことに、自分自身に憤っているのだ。
それに、きっと彼女は知らないのだ。
教えてもらえなかったから。
経験できなかったから。
人は、人と接することで、その関わり方を学んでいく。
人は、人と接することで、自分という存在を確立していく。
こと対人関係に関しては、幼い子供と差異はないのかもしれない。
俺は片付けるために立っていた腰を落とし、目線を彼女に合わせる。
フードをかぶり俯いた彼女と目線が合うことはないが、距離を近づけることに意味がある。
「俺は、君が役に立つと思って一緒にいるわけじゃない。君の役に立ちたいと思って一緒にいるんだ。それに、俺にとって意味があるかどうかは俺が決める。俺は、君がたとえ、ただの少女で、強くなかったとしても、一緒にいる意味はあると思ってる」
足元にあった彼女の視線が、俺の腹の位置まで上がる。
「ミストはさ、俺にとって意味があるかとか、俺の役に立つかとかじゃなくて、自分基準で考えることから始めたらいいと思うよ。ミストにとって意味があるのかとか、ミストは何がやりたいのか、とかね」
言い終わるころには彼女の顔は、向き合う位置まで上がっていた。
「わたしにとっての意味……。わたしがやりたいこと……」
彼女は噛みしめるように繰り返す。
その言葉にはもう、先程までの荒さはない。
「やりたいことは、これからゆっくり考えればいいよ。まだこの世界についても知らないことだらけだしね。ミストにとって、俺と一緒にいる意味は何かあるんじゃない? なんだかんだで、ここまで一緒に来たんだから」
えっ、と消え入るような声を漏らした後、腕を組んで考え込んでしまった。
「参考までに、あなたがわたしと一緒にいる意味を教えて?」
これから一大プロジェクトでも始めるのかという問いかけをされる。
「そうだな……、挙げればきりがないけど、まずは楽しい……、楽しめるってことかな。同じ転生者で、俺のことを知っている人が傍にいる。それだけで心強いし、だから今の状況を楽しめる」
「それはわたしだから? それとも別の誰かでもよかった?」
――なんかヤンデレ彼女みたいなこと言い出したな。
「そうだなー……、ミストじゃなくて、他の人と同じように出会ったとしても、同じ意味をその人に見出したと思う。同じ人はいなくても、同じことをできる人は結構いるからね。でも時間は戻らないんだから、『もし』を考えてもしょうがない。実際に出会ったのはミストで、その結果が今につながっている。出会う前なら代わりはいたのかもしれないけど、ここまで一緒にいて、一緒に経験して、その代わりはもう他の人には務まらないかな」
誠心誠意、言葉を尽くして丁寧に説明する。
彼女がヤンデレでなく、まだ精神的に成長途上なだけだと願って。
「わかったわ!」
わかったことが大層嬉しいのか、悩んでいたことが嘘のような元気っ子がいた。
「わたしがあなたと一緒にいる意味!」
「パンが食べられる!」
「あはは、ミストも冗談がうまくなったな」
「…………」
――なんか言ってよ!
ってか俺の話聞いてた? かなりいいこと言ってたと思うんだけど。
やっぱり子供っていうのは、親の思う通りには育たないもんだな。
俺の生気を吸って元気になった小さいサキュバスがそこにはいた。




