第30話 「それは騙されてますねー」
「残りが金貨一枚になってしまいました」
影に向かって報告する。
「たくさん買ったものね」
彼女は特に怒った様子もなく、平然と答える。
「もしお金が必要になったら、買った物を売ろう。このブレスレットなんて、金貨五枚で買ったんだけど、売れば金貨十枚になるらしいから」
責められてもいないのに言い訳をしてしまう。
後ろめたさを払拭するために、利益を提示してしまう。
「そうね」
興味がないのか、どこか上の空な乾いた返事がぽつりと返ってくる。
――懐は寂しくなったけれど、いい買い物ができた。彼女もそのうちわかるはずだ。
町の入り口付近の露店のみで、有り金のほとんどを消費した俺は、ようやく大通りへと歩みを進める。
左右に展開する店舗の数々。目的は食料。残りは金貨一枚なので店選びで失敗はできない。
そもそも俺は、この世界の貨幣価値も把握していなかった。
金貨、銀貨、銅貨があることはわかったが、それぞれの価値がわからない。
よくこんな状態で、あれだけお金を使ったなと不思議でしょうがない。
ひとつの店舗が目に留まる。
大きな建物が並ぶ中、ひときわ小さな店。横にも縦にも小さくて、逆に目立っている。掲げられた看板にはパンの文字とイラストが描いてある。
近づいてみると、かなり奇抜な店構えをしていた。
通りに面している部分が四角に開けており、そこをカウンターとして利用する点は普通だ。その横にあるドアは、客用ではなく従業員用だろう。
だが、その壁面が赤、黄、青など様々な色で落書きのように塗られており、現代アートみたいになっている。色以外にも割れやへこみなど傷みが激しくボロボロだ。
――俺にはわかる。こういう一見よくなさそうな店が名店だったりするのだ。
知らない人は外観を見て敬遠してしまうので、知る人ぞ知る名店。外観と矛盾するクオリティのものを提供するに違いない。
「ミスト、俺についてきてよかったな。この店はきっとすごいパンを出してくれる。俺じゃなければ見落としていたところだ」
影に向かって自信満々に言いのける。
有り金とともに失った俺の自尊心は戻ってきていた。
いち早く失態を功績で上塗りしたい俺は、彼女の返事を聞く前に歩き出す。
店に近づくにつれ、パンの香ばしい香りが濃くなっていき、俺の勝利を予感させる。
「すみませーん!」
必要な声量に俺の自信を加えて呼びかける。
「…………」
反応はない。カウンターの奥は仕切られていて確認できないので、誰かいるのかどうかもわからない。
「すみませーーん!」
再度呼びかけると、遠くの方からはーいと聞こえた気がした。
パタパタと足音が近づいてきて、ようやく店員が到着する。
「お待たせしてすみません! お客さんが来ると思ってなくて」
パン屋にぴったりのパン色の髪をポニーテールにした女の子が登場した。
髪だけでなく、これまたパンの中のような白い肌。頬にあるそばかすはチャームポイントに見える。目はくりっと丸く、丸みを帯びた輪郭もパンみたいだ。
袖のない赤いワンピースに、中には白い長袖のシャツみたいなものを着ている。
十代後半と思われる彼女は、パン屋になるべくしてなったパン少女だった。
「パンを買いたいんですけど、金貨一枚でどれくらい買えますか?」
「金貨ですか? 金貨であれば山ほど買えますよ。種類にもよりますけど、だいたい銅貨二枚でひとつは買えます」
彼女の丸い目が、さらに丸くなった。
「なるほど。すみません、この国の貨幣の価値に疎いもので。ちなみに、金貨一枚で銅貨何枚ですか?」
「金貨一枚は銅貨三百枚ですね。銀貨一枚は銅貨十枚です」
嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれる。
――銅貨一枚が百円だとして計算すると金貨一枚は……、三万円っ!
まてまて。ってことは俺は露店で何十万も使ったのか?
さすがにそれは……。
「あのー」
身長は160センチメートルほどであろう彼女は、腰をおって下から覗いてくる。
「違っていたら申し訳ないのですが、もしかして露店で何か買わされました?」
俺の手にはさっきのブレスレットが握られたままだった。
◇◇◇
「それは騙されてますねー」
一連の流れを聞き終えた彼女は、腕組みをしながら言う。
「えっ?」
状況が飲み込めずに聞き返す。
「つまり、露店の人たちに嘘をつかれて、高額でガラクタを買わされたんですよ!」
びしっと指をさされる。
――やられた! 今の彼女の否定でようやく制約が解除された。
おいおい、まじか。
あまりに程度が低い詐欺に、もろに、両足で引っかかってるじゃん!
どうりで貨幣の価値もわからないのに湯水のように金を使ったわけだ。
うなだれる俺に追撃が来る。
「でも、よくあんなわかりやすい連中に騙されましたね。見るからに怪しいし、よその人でも滅多に騙されませんよ。それなのに、こんなにたくさん……」
説明するために広げた、購入品の面々。ネックレス、ブレスレット、ペンダント、指輪、毛皮のパンツ……すべて合わせて十数個。彼女はそれらを眺めながら同情の表情を浮かべている。
「まあ。でも、ほら、本当に効果や価値があるものも、あるかもしれないし」
苦しまぎれに救いの手を手繰り寄せようとする。
「それはないですね。冷静に、自分を甘やかさずに考えてください。言われたことが本当であれば、どれも国宝級の代物です。この町は多少栄えているように見えるかもしれませんが、それでも国の外れです。まだ発展途上です。それならばもっと栄えている街や王都で貴族に売った方が何十倍も高く売れます。そもそも、店舗も構えずに、あんな路上に出している店に国宝級があると思いますか?」
理路整然とはきはき説明してくれる。
はきはきと俺が馬鹿だということを説明されている。
「可能性があるとすれば、売っている本人も知らない価値があった場合くらいですかね」
優しきパン少女は、自ら進んで正座をしていた俺に慈悲を手向けてくれた。
「ご丁寧に説明していただき、ありがとうございます、バタ……、お名前は?」
額を地面に擦りつけて感謝を述べた俺は、恐れ多くも名前を聞いてみた。
圧倒的なパン屋感から、もしかしたら、頭交換予備軍の彼女と同じ名前かもしれないと思った。
「そんなに感謝されるほどのことはしてませんけどね」
彼女はそう言って、ロールパンのような笑顔を見せる。
「私の名前はライス。このパン屋の店長です!」
名付けた人はセンスがないなと思った。




