第29話 「わたし、めちゃくちゃ強いから」
「あの、すみません」
口ひげの後に続く兵士の最後尾の人に声をかける。
「なんだ?」
不快さを隠そうともせずにじろりと睨まれる。
「この先って、どれくらい歩けば町に辿り着きますか?」
「一日も歩けば着く」
それだけ言うと、舌打ちをしながら列へと戻っていった。
――態度悪いなあ……。兵士じゃなくて騎士かな? 馬に乗ってるし、甲冑着てるし。
兵士改め騎士たちが見えなくなると同時に、ぴょこんとミストが出てくる。
フードは既に脱いでいた。
「話聞こえてた?」
言いながら、歩き始める。
自然に彼女も横に並ぶ。
「うん。食料は大丈夫そうね。別にわたしは森に入って、動物や木の実を取ってもいいんだけどね」
そう言いながらも、鼻歌を奏でそうなほどご機嫌なんですけど?
口角上がっちゃってますよ?
そして俺が言いたかったのはそっちじゃない!
「あー、ごめん。俺が聞こえてたか知りたかったのはバスクが勇者だって話の方ね。抽象的に言った俺が悪い。ごめん。こういうふうに聞いた場合って、複数話題があったら重要な方を思い浮かべるから、てっきり伝わるかと思っちゃった。まさか、あろうことか、食料の方を重要視しているとは夢にも思わなんだ」
息継ぎなく早口で一気にまくしたてる。
「ああ、あーあ、あああ、そっちの話ね! もちろんそっちの話だと思ってたけれど、ナオタロがお腹空いてるのかと思って、あえて食料の話にしてあげたの。あえてね!」
手をぶんぶん振り回しながら必死に説明してくれた。
俺のせいにもしてくれた。
――さすがにこのレベルは信じてしまわなくてよかった。
優しい俺は、その騙すつもりがない下手くそな嘘を、慈悲をもって流してあげる。
「それで、勇者の話だけどさ。この世界の勇者って、力さえあれば誰でもなれるんだな。あくまで役職の名称みたいな感じだし。俺がいた世界の勇者の印象とは随分と違うんだよな」
「うん。わたしがいた世界の勇者とも違う。物語の中だけど、勇者はいい人で、自分の命を顧みずに人のために闘う、かっこいい存在だった」
彼女は少し不服そうに地面を蹴りながら言う。
彼女の認識と俺の認識は近いようだ。
「なるほどね。……俺みたいなやつってことね」
「…………」
それ以降しばらくの間、ただ地面を踏みしめる音だけが俺たちの会話だった。
お互いの認識は近いようで、遠かったみたいだ。
◇◇◇
「おおー」
目の前の光景に自然と声が漏れる。
所狭しと並び立つ建造物。前の村のようなログハウスではなく、木と石のハーフティンバーや石造もある。地面には石畳が敷かれており、町の規模も見渡しただけではわからないほどだ。
――これはもう村ではない。町だ。
前の村は、村ごとタイムスリップしてきたのか?
あまりに時代が違い過ぎる。そういえば村の名前も聞かなかったし、名もなき村だったんじゃないか?
態度の悪い騎士の言葉通り、ちょうど一日歩いて着いた。
町の入り口に立つ俺たち。
入口からは大きな通りがまっすぐ伸びており、それに沿って建造物も並んでいる。
人々の往来も盛んで、視界に入るだけでもかなりの数がいる。
――この人の数は、ミストには少々つらいかもしれない。
そう思い後ろを見やると、案の定、前回と同様に俺の影へとなっていた。
もちろんフードもかぶっている。
「厳しいようだったら、町の外で待っててもいいよ。食料とか宿の目途が立ったら迎えに行くから」
彼女は小さく首を横に振る。
「大丈夫。わたし、めちゃくちゃ強いから。……それに、わたしがいないとすぐ騙されるから」
また俺の言葉を真似してるな。だが、全然わかっちゃいない。その言葉は弱いやつが言うことで効果を発揮するんだ。ミストが言っても、ただ事実を述べているだけなんだよ。
それは後で教えてあげるとして、騙されるっていうのはその通りだ。
騙されて、その後助けてもらうよりは、一緒にいて未然に防いでくれた方が彼女にも危険が少ない。
申し訳ないが、ついてきてもらおう。
少しずつでも、人に慣れてもほしいし。
「じゃあよろしく、相棒」
こくりと頷くと同時にぐうと鳴る彼女のお腹。
それは、彼女にはもう一刻の猶予もないと告げるアラートのようだった。
町の中を進み始めると、四方八方から声が飛んできた。
「そこの兄ちゃん! ちょっと見てけよ!」
「茶色いマントの旦那! いいもの入ってるよ!」
「マッチいかがですか?」
なかなか活気に溢れている。
店舗ではなく、路上で物を売っている露店も多数あり、あちらこちらで声が飛び交っている。
「そこの男前のお兄さん! 見ていくだけ見ていってよ!」
路上に布を敷き、宝飾品を打っているお姉さんに声を掛けられる。
年齢は40代前後。目鼻立ちがはっきりし、整った造形の美女。波打った黒髪が妖艶さを醸し出している。
しかし、俺はそんな美女にほいほいと引っかかる男ではない。舐めてもらっては困る。
美女を一瞥し、並んだ商品に目をやる。
――うーむ。多種多様な宝飾品の数々。それっぽい石が付いたもの、それっぽく光っている金属。……これは、全然わからないけど、たぶん、いい物だ!
商品の良さに引かれて、美女の元へと赴く。
「うちを選ぶなんて、お兄さん見る目があるねえ。やっぱり男前は、慧眼も持ってるんだねえ」
――は? 何言ってんだ? こいつは男を見る目がないな。俺を「おだてれば簡単にのぼせ上がるやつ」だと認識してやがる。俺も甘く見られたもんだ。
「いえ、拙者などはまだまだ未熟者でござる」
「変わったしゃべり方だねえ。異国の人かい? どうりで目を引くわけだ」
――くそっ! なかなかやるな! やつの色香に惑わされて、俺の中の武士が出てきてしまった! しかし、同じ攻撃は二度は効かんぞ!
「そんなお兄さんにはこれがおすすめ!」
赤くて丸い宝石が付いたネックレスが掲げられる。
「これは今日入ったばかりのものでね、なんとこの石は魔物の血を吸って赤くなったらしいんだよ。それで、このネックレスをつけると、女性は寄ってくるわ、お金は入ってくるわ、力もみなぎってきて勇者になることだってできるかもしれない!」
「な、なんと! すごいですね、それは! ちなみに魔物の血とネックレスの効能にはどんな関係が?」
言葉に詰まり、表情が固まる彼女。
しかし、それはほんの一瞬で、すぐに美しい笑顔が輝く。
「それは、ほら、あれだよ! 魔物については解明されてない部分が多いから、詳しいことはわからないね」
「なるほど」
俺がいた科学技術が発展した世界でも解明されてないことはあるんだ。発展途上なこの世界ではなおさらだ。
「あっ、このネックレスを着ければ、お姉さんも寄ってくるってことですか?」
また一瞬だけ固まる彼女。
「あー、ほら、女性全員が寄ってくるわけじゃないから! 全員寄ってきたら大変だろ? そこらへんは魔物の血も気を遣ってくれんだよ!」
「魔物なのに?」
「魔物だって気ぐらい遣えるさ!」
「なるほど」
なぜかはわからないが、話すほどに彼女の輝きが失われていく気がする。
「ネックレスのすごさについてはわかっただろ? これは本当は金貨三十枚でも買えないんだが、お兄さんは男前だから、特別に金貨三枚でいいよ!」
彼女は三本の指を立てて言う。
――なんだって! 金貨三十枚がたったの三枚! お得過ぎる。いいのか? 男前過ぎていいのか?
「よし! 買った!」
盗賊の持ち物から取った巾着から、盗賊の持ち物から取った金貨を出す。
「まいどありっ!」
お姉さんは今日一番の笑顔を見せてくれた。
――ふう。このネックレスを使えば、やっと異世界転生らしいことができるぜ!
「そこの茶色いマントが世界一似合うお兄さん!」
俺はその後もたくさんのお姉さんに声を掛けられ、たくさんの物を買った。
パンの袋と同様にパンパンに膨れていた巾着は、いつの間にか金貨1枚になっていた。




