第28話 「ああ、任せておけ!」
横に並んで歩く、茶色い塊がふたつ。
ミストをパンで釣って、ひとつ屋根の下ならぬ、ひとつ世界の中での同棲の承諾を得た後、村まで唯一敷かれていた道を進むことにした。
村を出たのが二日前の夜、今は二回目の昼を迎えている。
進行方向に対して右は木々が、左は何もない。何もないとは言葉撮りで、雑草がちらほら生えている以外、何もないのだ。
この世界の知識がない俺たちは、ただただ道に沿って歩く。
この道だけが、俺たちにとっての唯一の道しるべ、生命線。
道があるということは、どこかにはつながっている。ただ、タイムリミットが迫っていた。
「ミストさん。貰ってきた食料と水がもうほとんどありません」
隣で歩く金髪に報告する。
彼女はあの日から、フードをかぶっていなかった。
ちなみに俺はファッションを否定されて心に穴が空いたので、ミストとお揃いの茶色いマントで穴を塞いだ。
「……それは困ったわね。もう少し早く次の村に着けると思ってたんだけど。思ってた以上に最果ての村だったのね、あそこ」
心底困っているかのような表情で足元を眺めている。
「問題は距離じゃない」
「?」
「俺は四、五日分の計算で食料を持って来た。水はそんなに持って来れなかったけど」
俺が言いたいことを察したのか、彼女はびくっと肩を震わせる。
「だって、『好きなだけ食べていいよ』って言ったじゃない」
反抗と反省が入り混じった声色で返ってくる。
「そう、確かに俺は『好きなだけ食べていいよ』って言った。けど、『好きなだけ食べていいけど、次の村までどれくらいかかるかわからないから、ある程度計算して食べないとね』って言ったんだよ!」
「……なるほど」
「村を出た日にそう言って、その日から結構食べてたけど、次の日から調整するのかなって思った。そうしたら二日目の朝も結構食べてるから、昼から調整するのかなって思った。そして結局調整することなく辿り着いた現状がこれですわ!」
袋の中に残ったわずかなパンを見せる。
パンパンだった袋が、いまや中身に対して過剰な大きさになってしまった。
「……なるほど」
彼女はちらっと袋の中を見た後、そっぽを向いて気まずそうにつぶやく。
「あと、俺のがうつってるけど、『なるほど』の多用禁止! 『なるほど』に逃げると、ろくな大人になれないぞ!」
「ナオタロだって使ってるでしょ?」
ふう、と大げさに息を吐く。
「いいかい? 俺は『なるほど』を熟知し、その危険性もちゃんと理解している。元の世界では『なるほどマスター』と呼ばれていたほどに。俺が街を歩けば『なるほど』のほうから寄ってくるレベルだった。昨日今日覚えたばかりのミストとは年季が違うのだよ、年季が!」
彼女は無言のまま止まり、後方へとさがっていく。
――少し厳しかったかもしれないが、これも俺の役目。
彼女にきちんと一般常識を教えてあげなければならない。
満足げに、うんうんと頷く俺。
だが、彼女が止まった理由は別のところにあったようだ。
「何か来るわ」
この世界から来てから二度目の言葉。
俺にはまだ視認できない何かを教えてくれる言葉。
彼女はとっさにフードをかぶり、傍の木の影へと身を潜めた。
「何か」が人であった場合、自分の姿を見られると、「魔族」と認定されるかもしれないと思ったのだろう。
俺はそのままの位置で立ち止まり、その「何か」が確認できるまで動かない。
変に慌てる姿や、隠れている姿を見られても面倒くさいから。
キラキラと何かが光ってる。
――ああ、なるほど。
何かがわかった俺は進行方向への歩みを再開する。
止まっていても怪しまれる。
眼前に辿り着いたそれは、その大きさ、高さから威圧感を振り撒いていた。
10人ほどの西洋甲冑を身にまとった兵士が、立派なお馬さんに乗ってカッポカッポと闊歩してきた。
先頭の兵士が手綱を引き、馬を止める。
「お前! こんなところで何をしている!」
まるで罪人に白状させるかの剣幕で、怒声を浴びせられる。
馬上から見下ろしている以上に見下す目付き。
さらには蓄えた口ひげが傲慢さを上乗せしている。
「見ての通り旅の者でして、次の村を目指しているところです」
背負ったリュックをこれ見よがしに見せながら言う。
男は、自分で聞いておきながら一瞥するのみで、たいして興味はなさそうだった。
「この先の村から来たのか?」
「まあ、そうですね」
返答には注意を払う。正直に言うところ、曖昧にするところ、隠すところ。その選択が俺の命を握っている。
「バスクという男がいなかったか? 一応勇者なのだが」
どことなく歯切れが悪い。
「一応」と言うあたり、何か思うところがあるのだろう。
「ああ、いましたよ。なんか、あの村にとてもひどいことをしていたみたいです」
「やはりか……」
目頭を押さえ、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「その男がどうかしたんですか?」
口ひげは苛立ちを含んだ嘆息を漏らす。
「勇者の制度は知っているだろ? あれは実力のみを基準に認定され、雇用される。その人となりは関係ないのだ。多額の報酬を受け取ることができるので、どんなやつでも喜んで任務をこなす、そういう設計で作られている」
口ひげの怒りが増していく。
「だから当然クズも混ざる。そのクズの一人がバスクだ。あいつは一度任務を受けて報酬を得た後、姿を消した。それからというもの、様々なところから勇者を名乗ったあいつの悪事が報告されてきた。報告を受けた街に行けばもういない。いたちごっこで追いかけてきて、残すところがこの先の村だ。勇者を名乗って悪事を働くなど、任命した国王様の顔に泥を塗る行為。断じて許せん!」
声を荒げ、口ひげがファサファサなびく。
本当だったらこんな旅人には教えてくれないだろうが、吐露してしまうほどに憤懣やるかたない状態だったのだろう。
――やっぱりバスクは勇者だったか。
それにしても、バスクが悪党だと理解されていてよかった。
もしバスクの本性がばれていなかった場合、国公認の勇者であるバスクを倒した俺たち、およびあの村は、処罰される可能性があった。
いくら事実を説明したところで、勇者の悪事を国が認めるとは考えにくい。体面を保つため、こちらが悪者にされ、処罰される。
バスクが勇者である可能性が浮上した時に、俺と、おそらくハンナさんも危惧したことだ。
でも、この感じだとお咎めはなさそうだ。
「なんてやつなんだ、バスク! あろうことか国王様の顔に泥を塗るとは! どうか、どうか厳しい、うーんと、ものすごーく厳しい罰を与えてやってください!」
握り拳を振るいながら、誇張でもなんでもない本心からの言葉をはく。
「ああ、任せておけ!」
頼もしい咆哮を放ち、口ひげは通り過ぎていく。
俺はその背中に信頼と期待の視線を送る。
――頼んだぞ! 口ひげ!
話したのはわずかな時間。
身分の違う二人。
騎乗から見下ろす口ひげ。
さながらロミオとジュリエット。
――毒、飲むんじゃねえぞ。
俺の無言の忠告は、彼に届くことはない。




