第27話 「大事なことだからよく聞くんだ!」
「わたしも別の世界から転生してきたの」
「なるほど、なるほ……、え?」
二回目の「なるほど」が言い切れないほどの衝撃を受ける。
「あの時……、わたしがナオタロをポカリとしてしまった時。あの時がこの世界で初めてわたしが目を覚ました時。本当にびっくりした。死んだと思ったら生きてるし、知らない人が覗き込んでるし……」
――ああ。殴られたのも納得だ。
つまり、俺と彼女は、ほぼ同じ時間、同じ場所に転生してきたってことか。
それで、俺の方が先に目を覚ました。
神(仮)が面倒くさがって一気に送ったのかな?
「あっ! でもさ、俺がこの世界について聞いた時、『教えたくない』って言ってなかった?」
そう言っていたから、この世界について「知っているけど教えたくない」という意味に勝手に解釈していた。この世界の住人だと。
「そうね。そう言ったわ。だって、よく知らない人に対して『わたしはこの世界について何も知りません』って教えるのは、すごく危険でしょ? そこに付け込まれて何をされるかわからないわ。知らないってことは、それだけで弱点だから」
彼女の左右交互にぶらぶらと動かしていた足が止まる。
それは、嘘をついてしまったことへの内省を表しているかに見えた。
「もしかして、俺を助けてくれた理由の『同情した』っていうのも、同じ境遇だったからってこと?」
「たぶん、そうね。自分が転生してきたとか、何も知らないとか話してくるから」
色々と合点がいく。
普通、目の前の人間が「俺は別の世界から来た」って言ったら、頭がおかしいやつだと思うだろう。
でも、彼女は信じて、助けてくれた。
彼女自身が転生してきたのだったら頷ける。
「それで、村でのことだけど……。ああいうことは前の世界でもあったから」
彼女は、ううんと言って、首を横に振る。
「ああいうことしかなかったから、慣れているの。だから、本当に大丈夫」
今度は首を縦に振る。自分に言い聞かせるように。
「さっき言ったでしょ? 知らないことは弱点だって。村の人たちはわたしのような生物を知らない。知らないことは弱点。だから怖い。仕方がないことよ」
言葉には怒りや憎しみは全く含まれていない。
それどころか感情そのものが乗っていない言葉。
本心から仕方がないと思っているように聞こえる。
「そっか」
俺も同調するように返す。
もちろん納得はしていない。
仕方がないなど、露ほども思っていない。
それでも俺には、否定することができない。
自分の感情に折り合いをつけるために構築した、彼女の論理を。
「だから、わたしは自分以外を信じてない。みんな敵だと思ってるし、実際にみんな敵だった。みんながわたしを信じないように、わたしもみんなを信じない」
悲しいことをさらっと言う。悲しくないかのように。
なんとなくわかった。彼女が人と目を合わせない理由が。
きっと相手がどんな目で自分を見ているかを知ることが怖いのだ。
恐怖なのか、嫌悪なのか、好奇なのか。
人の目を見ることが怖くなるほどに、視線によって傷付いてきたのだろう。
そして誰も信じることができなくなるくらいに……。
……誰も?
「…………あれ? 俺は?」
一応聞いてみる。
まあ、答えはわかっているけど。
もちろん俺は、「みんな」には含まれないオンリーワン! 一番星! 世界にひとつだけの俺!
膨らみ過ぎた期待を胸に、返答を待つ。
「ナオタロは……、少し信じてるわ。だって名前を呼び合ったし……。他の人とは少し違う気がするし……」
よし! 及第点ってところだな!
だが俺は、俺にとって悲しい現実を、ここで説明しなければならない。
「いいかミスト! 大事なことだからよく聞くんだ!」
暗闇に吸い込まれることなく、俺の声はよく響いた。
素直な彼女は少し振り返る。
「君は俺のことを『他の人とは少し違う』と言ったが、それは間違いだ! 俺は至って普通の人間だ! 特技、特徴もなく平均、平凡、平坦! どこにでもいる、ありふれた人間だ! 世界の人口の80パーセントは俺だし、俺が世界だと言っても過言ではない!」
ごほん、と芝居がかった咳払いをする。
「つまり、君のことを信じて、君が少し信じることができる人間なんて、星の数ほどたくさんいるってことさ!」
天を指さす俺。
つられて見上げる彼女。
「ちなみに、あそこでうるさそうに光ってるのはハンナさん。ハンナさんはミストのこと信じてたよ」
「星になったの?」
「……まあ、そんなところ」
ごめんハンナさん! なんか死んだみたいになっちゃった。
「だからさ、一緒に探していこうよ。ミストが少し信じることができる、俺みたいな人を」
すぐに返答はこない。
考えていることはだいたいわかる。
この手のタイプは、自分が一緒にいることで迷惑がかかるとでも思っているのだろう。
「わたしは魔族かもしれないわ」
「ん?」
予想外の言葉に目を丸くする。
「さっきは違うって言ったけど、この世界の『魔族』と呼ばれるものがどのようなものかわからない以上、わたしもそこに含まれるかもしれない。だから、一緒にいたらあなたも危険な目に遭うかもしれない」
ああ、そういうことか。
結局は予想通りだった。
「確かにミストと緒にいることで、危険な目に遭うかもしれない。でも、俺が一人でいる方がよっぽど危険な目に遭うと思うんだけど。すぐ信じちゃうし」
自信満々に言ってのける。
「実際、今日だってミストがいなければ、俺は無事では済まなかった。今、五体満足で自由の身でいられるのは、間違いなく君のおかげだ」
彼女は黙ったまま動かない。自分と一緒だと危険だと証明する手立てを探しているのだろう。
それは無駄だ。
なんてったって、俺は事実を並べるだけで論破できてしまう。
今の信じてしまう状態の俺は、いわば「危険な目に遭う」という意味での「危険人物」なのだから。
彼女から次の言葉を待たずに続ける。
「『とりあえず』でいいよ。これから先ずっとじゃなくて、とりあえず今は、で。例えば、明日までは一緒に、とか、次の村までは一緒に、とか。それでゆっくり考えてよ」
彼女の気持ちはわからない。
強引に誘い過ぎている気もする。
それでも彼女を一人にしたくないと思った。
前の世界では敵しかいなかった彼女に、
この世界では味方がいるって思ってほしいから。
柵に腰かけた彼女の足は、いつの間にか運動を再開していた。
固まって拒絶していた彼女の気持ちが、ほぐれてきたことがわかる。
――あーあ。本当にやれやれだ。
コミュ症のお姫様は手間がかかってしょうがない。
やれやれだけど、最後の一押しを投じてあげるか。
「一緒に来ないと、パンは食べれません!」
最後の切り札を使うことになるとは。
本当にやれやれだ。
彼女は柵からぴょんと飛ぶと、体操選手のように着地する。
足は揃え、手はVの字。
静かにゆっくりと手をおろすと、一気にアクセルを踏み、振り返る。
「一緒に行くわ!」
元気よく振り向き、声を張った彼女。
それでもまだ彼女の視線は、俺の視線とは交わっていなかった。




