第26話 「ごめん、待った?」
「これもいいですか?」
ひとつのナイフをかひらひらと振り、確認する。
この家の中だけタイムスリップしてきたように、外とは時代が違っていた。
ミストが村を出る時、本当は一緒についていきたかった。
あの状態の彼女を一人にしたくなかったから。
とは言っても、転生したまま、身ひとつで村を出るのは無謀すぎる。
きっと今日は野宿だし、俺は何も食べてないし。俺は。
なのでハンナさんにお願いして、盗賊が根城にしていた家を物色させてもらっている。
ここでわかったことがひとつ。俺が思っていたよりは文明レベルは高そうだ。
盗賊がこん棒使ってるし、コップも木だったし、金属を加工する技術がないのか、希少品なのかと思っていた。この村が特異だっただけみたいだ。
ナイフや剣、防具、ランプもある。貨幣も硬貨が使用されており、別の村に行けば色々と揃うだろう。
ここで見つけた布製のリュックにガサゴソと詰め込んでいく。
「ああ、好きなだけ持っていきな。それでもまだ礼には……、詫びには足りないだろうけど」
ハンナさんは物色する俺の背中に返答する。
顔を見なくてもその声から、俺たちに対する謝意が伝わる。
「本当にすまなかった。村のやつらだって、わかってはいると思うんだ。ただ、まだ今は、冷静になれていないだけで。悪いやつらではないんだよ」
彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
言い訳だってことを自覚しているのだろう。
「いいやつ」だと言わない辺りに、彼女の葛藤が見て取れる。
そう、「いいやつ」でもなく「悪いやつ」でもない、普通のやつ。
状況次第ではどちらにでもなり得るやつ。
忙しなく手を動かすことによって、浮かんでくる感情を紛らわせる。
ハンナさんを困らせることはしたくないから。
いい人を困らせることはしたくないから。
「ハンナさんが謝ることではないですよ。ハンサさんは一生懸命かばってくれましたし。それに、謝る相手は俺ではないですしね」
一旦手を止め、振り返って笑う。
「怒らないのかい、あんたは?」
手元に視線を戻し、作業を再開する。
「もちろん怒ってますよ。村人を全員整列させて、ひとりひとりに気合を入れたいぐらいには」
「じゃあなんで――
「彼女が!」
「彼女が怒ってないのに、俺が怒るのは違うでしょ。……それに、俺がここで何かをしたら、村人たちの誤解は一生解けないでしょう」
随分と重くなったリュックを背負って立ち上がる。
この村を助けるという荷が降りた分、リュックの重さはあまり苦にならない。
俯くハンナさんの肩をばちんと叩いてやった。
先程のお返しとばかりに。
「あんたは落ち込む必要なんてないんだよ! 小さな村の小さな英雄と大きな英雄を、最後まで丁重に扱ったんだからね!」
腰に手を当て、ハンナさんの真似をして言ってみる。
ぶふっと噴き出すハンナさん。
「そうだね。その通りだ。あと、全然似てないよ」
そう言って笑いながら大きな布袋を差し出す。
中身が隠しきれていないそれは、口のからパンが顔を出している。
「ありがとうございま……って、重いな。どんだけ入ってるんですか」
巾着のような袋の紐が指に食い込む。
「なんてったって、あんたの遺言だからね。詰め込めるだけ、詰め込んだよ!」
悪役顔負けの悪い笑顔には、先程までの暗さは残っていなかった。
「それじゃあ、行きますね。またハンナさんが村人相手に鬼になったら怖いので、ここで結構です」
「最後まで口の減らないやつだね。……あんたらさ、またこの村に来な。私はその時までに絶対に誤解を解いておく。そして、村としての本当の礼をするよ」
「わかりました。楽しみにしてますね。それでは」
ドアを開け、まだ嫌な空気が漂っている外へと踏み出す。
「ありがとね、直太郎」
閉まりかけたドアの隙間から、最後の言葉が優しく届く。
――あれ? 俺は名乗ってないはずなのに。
さてはバスクに名乗った時に聞いてたな。
この世界における、俺の名前を知る二人目の誕生に胸を躍らせながら、約束を果たしてもらいに向かう。
◇◇◇
「おーい! ミストー! 隠れてないで出ておいでー!」
村の中心部は昼間のように明るかったが、村の端まで灯りは届いていなかった。
場所を指定しなかったので、とりあえず彼女が歩いて行った方向に来てみたのだが。
戦利品のひとつであるランプの灯りも、二百寸先では闇に吸い込まれてしまう。
「怖くないよー! 出ておいでー!」
「ここにいるわ」
暗闇の中から声がする。
どうやらミストの髪は発光しないみたいだ。
声がした方向にランプを向けると、柵に腰かけて、足をブラブラしている金髪がいた。
こちらは見ずに空を眺めている。
「ごめん、待った?」
「少しね」
「…………」
彼女にお約束は通用しない。いや、この世界じゃ通用しないのか。
まあ正直なのはいいことだ。
「ほら、見てよ! 俺の遺言が成就した! 袋にぱんぱんにパンが入ってる! ぱんぱんにパンが! さすがの大食漢のミストでも食べきれないかもな!」
ああ、言いたくない。
「それにこのランプ! まさかこの村にランプがあるなんて思わなかったよ! 盗賊が持ってたやつなんだけどさ。これで夜道も、俺たちの未来も明るく照らせる!」
あの、言葉は言いたくない。
「他にもさ、役立ちそうなものをたくさん貰ってきた。まあ、俺たちは功労者だから、戦利品みたいんもんだよね!」
誰かが辛い時に最も意味がない言葉、
「大丈夫?」
って言いたくない。
「あとナイフとかもあってさ――」
「ナオタロ」
「ん?」
「わたしは大丈夫よ。そんなに気を遣わなくても」
空を見上げ、足を振ったまま言う。
本当になんでもないかのように。
「……そんなわけがない、大丈夫なわけが」
ここで信じてしまう制約が発動しなくてよかったと心から思う。
「嘘じゃないわ。本当に。だって、こうなるかもしれないって予想してたもの」
そうだ。彼女はフードを常に被り、自分の容姿を見せないよう注意を払っていた。
森の中でも、フードが外れそうな時に敏感に反応していた。
「でも少し、ほんの少しだけ期待はしてた。もしかしたら、この世界では違うのかもしれないって」
――この世界?
「わたしもまだ、この世界についてよく知らなかったから」
――ああ、なるほどね。
「わたしも別の世界から転生してきたの」




