第25話 「わたしは魔族じゃないわ」
ぶつかった拍子に尻もちをついた男。
彼はまるで酔いが醒めたかのように怯えている
その視線の先。
発光しているのかと見紛うほどに鮮やかな金髪。
その間から飛び出る耳。
髪と同様に輝く黄金色の瞳。
彼女が頑なにかぶり続けていたフードは、しばしの休息を与えられていた。
怯えた男の空気が伝染し、他の村人たちの視線が集まってくる。
お祭り騒ぎは一転し、音が消え去っている。
誰も動こうとしない。
最初の一人を、最初の一音をみな待っているかのようだ。
「こいつは魔族だ!」
沈黙を破る第一声が響き渡る。
押さえていたものが解き放たれたように、村人たちは各々音を出し始め、場は騒然とする。
第一声は闇の中から発せられた。
たいまつの灯りが届いていない場所。
目に入れたくないものを追いやった場所。
捕らえた盗賊団の中からの声。
「おかしいと思ったぜ。体は小さいのに、あれだけの強さ。あんなのは人間の能力を超えている。やっぱりお前は魔族だったんだな!」
二度目の怒号で発生源が特定される。
うっすら顔が判別できるほどの光の中、鋭い眼光がこちらに向けられている。
盗賊団の団長バスク。
「おい、お前ら! どっちの方が危険かよく考えろよ! こいつは人類の敵だぞ! お前らだってあの強さを見たろ? 俺は勇者だ。魔族だってたくさん見てきたぜ。こいつらからしたら、人間なんてゴミくずだ。こんな村なんて眉ひとつ動かさずに皆殺しだぞ!」
舞台俳優さながらの演技で、村へと恐怖を伝達する。
「ミストって、魔族なの?」
「わたしは魔族じゃないわ」
――――――っ最悪だ。最悪な場面で、最悪な言葉を信じて、最悪な質問をしてしまった。
人の言葉を信じてしまう制約。
それで騙されて、俺が不利益を被るならいい。俺だけの問題だ。
でも今回は駄目だ。
俺だけは絶対にしてはいけない質問をしてしまった。
俺がやつの言葉を信じている間。彼女に否定してもらうまでの間。
この場に彼女の味方は一人もいなかった。
「ごめん、ミスト」
今はただ、謝ることしかできなかった。
「大丈夫、慣れているから」
「わかっているから」ではなく「慣れているから」と言った彼女の表情は、当事者ではなく、傍観者の表情だった。
「魔族だって?」
「あの耳」
「俺たち殺されるのか?」
「なんで俺たちばっかり」
「もう終わりだよ」
そこかしこから同じような言葉が湧き出る。
一歩、また一歩を後ずさる村人たち。
俺たちの周りから人がはけるのに、そう時間はかからなかった。
「あんたたち、ちょっと黙んな!」
俺たちから距離を置いた村人たちを押しのけながら、ハンナさんが出てくる。
その力の強さに、何人かは地面に手をつく。
肩をいからせ、髪が逆立ちそうなほどの表情の彼女は、俺たちの前まで来て向き直る。
「こんの馬鹿どもが! 今こうしていられるのは誰のおかげか、もう忘れちまったのかい!」
喉が張り裂けるのではないかと心配なほどの怒声が村人を襲う。
後ろにいる俺までも鳥肌が立つ。
「だって、もし魔族だったら危険だし」
気圧された村人が弱弱しくつぶやく。
「魔族ってなんだい? あんたは見たことあんのかい? どんなやつか知ってんのかい? だいたいそんな危険なやつなら、私たちはとっくに殺されてるよ!」
「……あの強さは人間の域を超えてるんじゃ」
また一人つぶやく。
「その強さに助けられたんだろうが! 助けてもらっておいて、自分が安全になったら怯えるのかい? あんたみたいなやつはね、この子がいなくなったって何かに怯え続けるよ!」
「耳が……」
また一人。
「耳がなんだい? 耳が普通と違ったら魔族なのかい? じゃあ、あんたみたいな不細工も魔族だね! さっさとこの村から出て行きな!」
もう続くものはいなかった。
ハンナさんは、おとなしくなった村人たちを、念を押すかのように見回す。
「この二人のおかげで、村は解放された。全員ではないが、子供たちも助けられた。それがすべてなんじゃないのかい」
村人の様子に合わせて、荒げていた声を優しいトーンに下げる。
「それとも、そこにいる盗賊の言うことを信じるのかい? 子供が帰ってくると信じて、そいつに従って、結局、泣くことになったやつが何人いる? 勇者? 知らないねえ。私は助けてもらったことがないからね。この村にとっての勇者はこの二人なんじゃないのかい?」
静まり返った村人たち。
だが、説得ひとつで人の心はそう簡単に動かない。
俺たちとの距離を縮める者は、ひとりとしていなかった。
背後でわずかな物音がした。今の状況でなければ気付けないほどわずかな。
振り返るとミストは既に歩き始めていた。
「ミスト!」
追いついて、彼女の手を取る
彼女の手は震えていない。
震えているのは俺の手だ。
ここで絶対に離してはいけないと力が入る。
彼女は振り向かない。
「どこへ行くの?」
「村から出るわ」
「出る前に誤解を解こう」
彼女は、はあ、と息を吐く。
「誤解を解いても意味はないわ。一度芽吹いた恐怖や疑念は消えない。もう、わたしが何であったとしても、あの人たちには関係ないの。わたしという存在に対して恐怖しているんだから」
淡々と話す彼女は、冷静だった。
冷静であることが、この状況では異常であった。
「わかった。ミストはとりあえず村の外で待ってて。俺も少ししたら行くから、必ず待ってて。絶対に。間違いなく。確実に」
彼女は反応しない。
「約束して。待ってるって」
「約束は……、できないわ」
胃がむかむかする。村人ひとりひとりを殴りたい衝動に駆られる。
無意識に眉間にしわがよっているのがわかる。まばたきを忘れ眼球が乾燥する。
こんないい子が理不尽な扱いを受けていいはずがない。
普通のやつはな、待っていたくない時は、とりあえず約束して、それを反故にしていなくなるんだよ! 「行けたら行く」は絶対こないんだよ! 「検討します」は絶対検討しないんだよ!
このお人好し甘ちゃん金髪ちびっ子が!
「ミストさんに悲しいお知らせがあります。約束していただけないと、俺がおんぶして連れまわることになります。今日はパンの気分だとおっしゃっていたのに残念です」
ぷっ、と軽く噴き出す彼女。
「それは残念ね。やっぱり今日はパンの気分だから、仕方なく約束することにするわ」
「了解!」
握っていたミストの腕をそっと離す。
彼女はそのまま振り返ることなく、村の外へと歩いて行った。




