第23話 「あなたの遺言を無駄にはできないでしょう?」
「俺の傍にいた女性から聞いたんだけど、ミストって魔法が使えるの?」
もうこの時間ではフードの中はほとんど見えない。
「その人がそう言うなら、そうなんでしょうね」
特に抑揚もなく、曖昧な答えが返ってくる。
「治癒以外にも魔法って使えるの? 火を出したりとか、水を出したりとか」
「使えない。治癒は必要に応じてできるようになっただけだから。他には使えない」
ためらったり、否定したりはしないのに、ふわっとした答えなのが気にかかった。
「すごいじゃん、魔法が使えるなんて! 俺のいた世界では物語の中だけの存在だったよ。この世界でも使える人ってほとんどいないんでしょ? あー、そうそう、ハンナさんはミストのことを勇者なのかって言ってたな」
彼女の体が反応した気がした。
「勇者って? 勇者がいるの?」
「あれ? 知らない? なんか魔王を倒すために国が雇用してる人のことらしいよ。結構たくさんいるみたい。で、ミストは強いし魔法も使えるから勇者じゃないかって」
「ふーん。わたしは勇者じゃないわ」
つまらなそうに答える。
――自分で聞いたんやろが!
予想通りミストは勇者じゃなかったか。そもそも勇者だったらこんなところにいないか。たしか、ここは魔王城からは離れているらしいから。
「色々聞きたかったら、村の人に聞けばわかると思うんだけど……。あーでもあんま知らなそうだったから、詳しくはわからないかも」
影はもうほとんど飲み込まれて、その体を成していない。
そろそろ次に向かわないといけない。
村の話が出た流れで本題に入る。
「それでさ……、この後、村に来るように言われてるんだけど……ミストはどうする? お礼がしたいって言ってたし、ミストも含まれてると思うんだけど……」
一応聞いてはみた。俺も頑張った。文字通り死ぬほど頑張った。
でも、一番の功労者は間違いなくミストだ。
子供たちは助け出せた。ミストは恨まれることなく済んだ。
俺は小さな村の小さな英雄だが、彼女は小さな村の大きな英雄だ。
称賛されてほしい。感謝されてほしい。ちやほやされてほしい。
でもなあ、人見知りのミストさんだからなあ。
一対一でも厳しいのに、一対村じゃなあ。
「行くわ!」
「えっ? なんで?」
元気っこさながらの予想外の返事にたじろぐ。
どうした? 別人格持ちのパターンか?
あまりに意外な答えに、失礼にも理由を聞いてしまった。
「だって、あなたの遺言を無駄にはできないでしょう?」
見えない彼女の表情は、きっと満面の笑みだろう。
◇◇◇
森を抜けた俺たちは真っ黒な草原を歩いている
日は完全に沈みきってしまって、光源と言えば月明りが辛うじて頑張ってくれているのみだ。
初めて隣だって歩くモノクロな俺たちは、芸術的な雰囲気を醸し出している。
なにせ、見渡す限りに生物は、俺たちだけなのだから。
ちなみに補足すると、月も日も、本当は何なのかはわからない。
便宜上そう呼んでいるだけだ。
飛んでいきそうなほど軽い足取りの二人。
治癒魔法によって、今日一番の体調の俺。
パンを確約され、今日一番の機嫌の彼女。
遠くに見える村の明かりを目指して、俺たちは草を踏み鳴らす。
上機嫌なミストは珍しく自分から話しかけてくる。
「そういえば、なんでわたしも森の中にいたの?」
無邪気に聞いてくる彼女。
俺には展開が読めていた。
無邪気でいられるのは、俺の返答を聞くまでのわずかな時間のみだ。
「理由は、ミストが目を覚ました時に、周りに知らない人がたくさんいたら怖いかなってのがひとつ。もうひとつは、単純に、寝ている女性を放置するのは危険だから」
「なるほど」
なるほどが伝染している。
一度息を吸って、大きく吐く。
雑念をすべて取り払い、俺が出せる最高のイケメンボイスで続ける。
「理由はそのふたつ。それで、連れて行った方法は……」
「『おんぶ』で!」
隣にいたはずの彼女が後ろに下がっていく。
「『おんぶ』で!」
大事なことなので二回言った。
歩みを止めない俺。どんどん下がっていく彼女。
「ん? どうかした?」
あえて流す。何もおかしいことなどないかのように。
いや、本当におかしいことはないのだけれど。
そろそろ来るぞ!
彼女が耳から得た情報を理解できず、嚙み砕き、反芻し、そしてようやく脳が理解する、その時が!
「お、お、おおお、おんぶ? なんで? どうして?」
来たーーーーー!
湧き上がる興奮を胸の内に、俺はクールに徹する。
「どうしてだと? もちろん運ぶために決まってるじゃないか。まったく、おんぶのひとつやふたつ、日常茶飯事だろ?」
ふう、やれやれ。ミストをからかうのも楽じゃないぜ。
「そ、そうね。別におんぶくらい日常茶飯事よね。わたしだって、おんぶかパンかって言われたら、間違いなくおんぶを選ぶわ」
ちょっと何言ってんのかわかんない。
とりあえずしゃがんで、おんぶスタンバイしてみる。
「それでは、どうぞ」
「ああー……。でも今日はパンの気分だから、おんぶはいいわ」
朝食はご飯かパンか、に対する回答みたいなのが返ってきた。
どこまでも余裕ぶっているミストだった。
◇◇◇
村までの距離が縮まっていくにつれて、横にいたミストは徐々に俺の後ろへと隠れていった。
そして村の前に着いた今、完全に俺の影と化していた。
村の中にはいると、多数のたいまつが設置されており、ここだけ夜が訪れていないかのようだった。どうりで遠くからでもよく見えたわけだ。
そしてこちらも遠くまで響いていたが、村の中はお祭り騒ぎだった。
各々が歌い、踊り、叫び、過剰ともいえる盛り上がりようは、どこか無理をしているように見えた。
いや、実際に無理をしているのだろう。
一応の解決に至ったとはいえ、あれだけのことがあったのだ。すぐに元気に、というわけにはいかない。
それでも、だからこそ、無理にでも元気に振る舞う。
一度沈んでしまったら、どこまででも沈んでいってしまうから。
そんな心中を察し、その輪の中に入れずにいたところに、聞き覚えのある声が届く。
「おーい! 小さな英雄さん! そんなところに突っ立ってないで、こっちに来な!」
よく通る力強い声。
少し離れたところからハンナさんがぶんぶんと手を振っている。
踊り狂っている酔っ払いを避けながらハンナさんの元へ向かう。
――よく酒なんてあったな。
見渡してみると、飲み物も食べ物も、この村に似つかわしくないものがある。
俺の心中を察したのか、ハンナさんが言う。
「盗賊のやつらが溜め込んでいてね。普段は口にしないものばかりだよ」
そう言って食料を眺める彼女の顔にも、悲しみの痕跡が残っているようだった。
こちらの視線に気付いた彼女は、笑顔を作り直して切り替える。
「それで、あんたの相棒は来てないのかい?」
辺りを見回す彼女。
「何を言ってるんですか。相棒ですよ? 一蓮托生、一心同体、常に俺の影から見守ってくれています!」
そう言って大げさに後ろを指す。
覗き込んだハンナさんは満足そうに頷く。
「文字通り、影からってわけか」
ハンナさんが話題を変える合図に、こほんと一度咳払いをする。
「それでさ、盗賊の団長がいただろ? 名はバスク。あいつさ、自分のことを勇者って言ってるんだよね」




