第19話 「たくさん食べさせて……、あげてください」
「お前らなんのつもりだあ? 虫けらがいくら集まったところで虫けらなんだよお! 全員ぶっ殺されてえのか!」
立ち向かう村人たちに対峙して、大男に先程までの勢いはない。
必死に声を荒げてはいるが、俺を見下ろしていた時の笑みは消えていた。
さすがの大男でも理解しているのだ。圧倒的に不利な状況、ピンチってやつを。
基本的にどんな強者であったとしても、数の力には勝てない。
まして、こいつはパワータイプだし、おそらくそこまでの強者ではない。
目で追うこともできないスピードタイプや、風圧だけで吹き飛ばせるのなら話は違っていたが、こいつはそのどちらでもない。
幸運だった。
蜘蛛の糸ではなく、エレベーターだった。
乗るだけで勝利確定の、激熱演出だ。
賊が一人減っていて、残っていたのが大男。
しかも武器も持っていないというおまけ付。
勝利へのお膳立ては整い過ぎていた。
「くそが! ついさっきまでガタガタ震えて怯えてたゴミどもが、調子にのりやがって。弱者は弱者らしく地べたを這いずり回ってればいいんだよお!」
巨体から発せられる虚勢に、誰一人として反応しない。
大男が知っている、輝きを失った瞳で支配されるだけの村人はもういない。
気圧された大男は、それを振り払うかのように突進の予備動作に入る。
拳を握り直し、前傾。カタパルトにセットするかの如く、片足を後ろに引く。
俺は知っている。もし子供たちを無事に助けられたとしても、歓喜と悲劇が同時にくることを。村人たちも、たぶんわかっている。
村から引き離された子供たちが、全員残っているはずがない。
人質をとって食料を献上させる。賊たちは食べることには困らなくても利益が出ない。
当然、すでに奴隷として売られている子もいる。
人質の役目を果たすには、一家族に対して一人の子供がいれば十分だ。
だから、この闘いにハッピーエンドは存在しない。
よくてビターエンドってところだ。
村の人たちは何か悪いことをしたのだろうか。
何かの因果に対しての応報なのだろうか。
村のことについては何も知らないので、何かがあったのかもしれない。
では子供たちはどうだ。
子供たちに罪などあろうはずもない。
不幸なんてものは運だ。
災害も、犯罪も、被害に遭うのは運が悪かったのだ。
被害に遭っている人を見て「かわいそう」って言う人間に虫唾が走る。
これを口にする人間は大抵何もしていない。
犯罪被害者のため、犯罪防止のために何かしたのか。被災地にボランティアに行って、自分の生活を切り詰めて募金をしたのか。
その「かわいそう」は、「自分は無事だけど、あなたは運が悪くて『かわいそう』」を意味しているのではないのか。その中に「私は無事でよかった」をはらんでいるのではないのか。
だから俺は「かわいそう」を口にしない。
そんな言葉を口にする暇があるなら行動する。
大男と闘って村人が死んでしまったとする。それは運が悪い。
助けられた中にその村人の子供がいたとする。助かったが親は死んだ。
それも運が悪い。
運が悪い。
運が悪い。
運が悪い。
……。
――よかったな、俺がいて! 子供たちは運がよかった!
「かわいそう」って言われる子供が何人か減る!
発射した瞬間の大男の片足に飛びつく。
もう動かないと思っていた体も、最後だと思えば意外と動くもんだ。
俺に対する警戒をまったくしていなかった大男は、予期せぬ抵抗にバランスを崩して倒れ込む。いくらパワー自慢でも、不意に成人男性の全体重がしがみついたら転んでくれる。
勢いが死んでいない大男は、地面に前面を擦りつけてしばらく滑る。俺という重りを足に携えたまま。
「かかれーーーーー!」
天どころか、太陽系の端まで届きそうな号令が大気を揺らす。
小屋の前にいた戦士たちが一斉に駆け出す。
号令に感化されたのか、それぞれが思い思いの雄叫びを上げている。
「おい! 離せよ、カスがっ!」
もう一方の足で躊躇なく踏みつぶしてくる。
迫りくる村人に焦る気持ちが、腕を使うという選択肢を隠しているようだ。
引き剝がされないように、一層力を込める。
――意識がある限り絶対に離さん! もうすでに全身ボロボロで痛いのかどうかもわからん!
つまり、無敵!
垂らされた蜘蛛の糸にしがみつくように、全身を使って絡まる。
この足こそが、村人が無傷で勝利するための蜘蛛の糸なのだから。
数えていないので、もう何発蹴られたのかはわからない。
無敵状態にも制限時間があるんだぞ、などと思っていた時、目を瞑っている俺の耳にようやく一発目の鈍い音が届く。
一発目を皮切りに、どんどんと音は増えていく。
音が積み重なるほどに、大男の足から力が抜けていくのがわかる。
「やめ! もういい! 死んじまうよ!」
もう大男の足は意思を失っていた。
「殺すんじゃない! 『死』なんて慈悲を与えちゃいけないよ!」
今気づいたが、指示を出しているのはハンナだった。
その口調は、本心は別のところにあるような苦々しいものだった。
村人たちは荒い息を整えながら、少しずつ集団から個体へと変容していく。
勝鬨は上がらない。
当然だ。
この男を倒したからといって、なにひとつ勝ってなどいないのだから。
失わなくてもいいものを、失い続けてきたのだから。
一方、俺は、汚い抱き枕を抱えたままだ。
正真正銘、もう指一本動かせない。
離したいけど、離すことすらできない。
死後硬直ならぬ、死前硬直が始まったのかもしれない。
頭にもやがかかってきて、意識が薄れてきたのを感じる。
今日だけで何回目だ? ミストに殴られた時、水に一服盛られた時……、なんだ、まだ三回目か。許容範囲、許容範囲。仏だって三回目まではセーフなんだし。
俺の脳が最後の仕事とばかりに、忘れていた重大事項を思い出す。
「ハンナさあん! ハンナざんはい゛ますかあ゛?」
体は動かない。喉も何かが詰まっているのか、声が響かない。
足音がする。
小走りで誰かが近づいてくる。
もう俺の目は、ほとんど機能していない。
「いるよ! ここにいる!」
顔はわからないが、確かに彼女だ。
俺が唯一名前を知っている村人だ。
「あの……、あっちの木の陰に……、ミス……、あの子が寝てます。……目を……覚ましたら、……パンを……たくさん食べさせて……、あげてください」
やり遂げた俺は満足して眠りについた。




