第16話 「教えると思うのか?」
風になびく草原は、一面、火の海のようだった。
夕日に尻を叩かれている俺は、影を追いかけて不細工なリズムを刻む。
昼間は仲良しだった草原も、今は抵抗となって焦りと疲労を上乗せする。
村の人たちは盗賊団の二人を失念していた。俺たちが出会い、ミストが倒した二人を。
おそらくあの二人は、最初の襲撃以降はほとんど村にいなかったのだと思う。人質として移動させられた子供たちの見張り兼世話係だったのだろう。だから村の人たちも、いないことに気付かなかった。
この予想が当たっていれば、あの二人が向かおうとしていた先に子供たちがいる。子供たちを発見して、盗賊に先んじて保護することが第一目標。それができれば、二人ぐらいなら村人と協力して数の力でなんとかなるだろう。
だが、これは可能性が極めて低い。おそらくあの二人はとうに目を覚ましているからだ。
目覚めて最初の行動は、団長への不審者、敵対者の報告。報告をしに村に来た二人は、仲間の賊がミストにやられたことを知って、子供たちを取りに行く。その後、人質を盾に仲間を助けに来るか、子供たちを連れてそのまま売りに行くのかはわからない。
皮肉なことに、あの時ミストが強さを示したことが、この行動につながってしまう。勝てないから盾を使うか、逃げるかという行動、子供たちを取りに行くという選択に。
必要な酸素が足りていない。草原に響き渡るのではないかというほど呼吸音はうるさい。したたる汗を拭う余裕はなく。通ったあとに塩害が生じるかもしれない。
二人二脚で目的地を目指す。三脚でないのは、一人は背中で寝ているからだ。
ひもで結びつけられた彼女は、これだけ激しく動いていてもピクリともしない。できるだけ早く、ピクリとしてくれることを願う。
「こ……、ここだ……」
草が寝ている道が森へと続いている。
景色だけでは判断できないが、この道と合わせて確信を得る。
森も草原と同様に、昼とは別の顔を見せている。明らかに光量が減っており、先の見通しが効かなくなっている。木々のざわめきが、まるで森が生きているかのような不気味さを醸し出す。
ひるんでいる暇はない。時間との勝負だ。
呼吸と心拍はどうせ整わないので、大きく一度深呼吸をして、再び走り出す。
警戒は今はいらない。必要なのはスピードだ。
スピードの代償として、枝にところどころ皮膚をもっていかれる。もっていかれた部分からつたうものが汗か血か、今は気にしていられない。
頼むから、どうか二人とも、まだ寝ていてくれ!
俺の願いが聞き入れられることはなかった。
昼に戦闘があった場所。昼には大男とアニキが寝ていた場所。
そこには、一人が木にもたれて座っているだけだった。
時間がないので、そのまま近づく。どのみち俺の身体能力では、もう逃げることすらかなわない。
木にもたれているのはアニキだった。足を投げ出し俯いている。ミストが殴ったのは、腹に一発だけだったが、顔は見間違いそうなほどに変形しており、服もぼろきれ状態だ。動かないそれは生気を発しておらず、死んでいるのかもしれない。
さらに近づくと、錆びついたロボットのように顔が上がる。
「ああ、昼間の雑魚か。とどめもさせないガキが。お前らのせいでこの有様だよ」
こんな状態になっても悪態がつけることに感心する。まあ、今は付き合ってやる時間はないし、時間があっても同じ空気を吸いたくない。
「大男はどこへ行った」
何の感情も含まない言葉で聞く。機械的に、作業として。
「知らねえよ、そんなこと!」
言葉は乱暴だが、力はない。意識を保っているのがやっとだろう。
「お前らにやられて目を覚ました時、俺は動けなかったが、あいつはぴんぴんしてた。馬鹿だが頑丈だからな。目の前に、普段偉そうにこき使ってくるやつが動けないでいるんだ。あとはもうやりたい放題だ」
つまりは大男にやられたのか。
あの村にあれだけのことをしたやつらだ。全員もれなく頭のねじが外れているはずだ。機会さえあれば仲間だって平気で壊す。微塵も驚きの感情は湧かないし、至極当然のことに思う。
「それで、子供たちはどこにいる」
最低限の言葉で最低限の会話だけする。
「教えると思うのか?」
体の力を振り絞って、精一杯に不適な笑みを浮かべている。意地でもこちらの要求には答えないつもりだろう。
もういい。もうこいつに用はない。
本当に動けないのか確かめるために、石を投げてみる。何の感情ものせずに。ただ、確認するためだけの事務的な作業として。
緩い弧を描いた石は、そのまま男の腹にあたる。避ける素振りはなかった。男は石があたった部分をおさえ、低いうなり声を上げている。過剰に見えるその反応が、今の男の状態を表している。どうやら大丈夫そうだ。
ミストと俺をつないでいた赤い糸もとい、おんぶ紐で、男を木に縛り付ける。縛り付ける間も男は何か言っていたが、体はまったく動いていなかった。
一応男に場所は聞いたが、はなから答えるとは思っていなかった。観念して殊勝になるのは、涙を誘うためのフィクション上の装置だから。
食事の運搬もあったはずなので、何度も往復したはずだ。その痕跡が道案内をしてくれると目星はつけていた。
案の定、痕跡はすぐに見つかった。何度も踏まれて草がはげている道しるべが森の奥へと続いている。他の人間は森にあまり入らないからか、探すまでもなくそこだけ浮いていた。
紐をほどいて不安定になったミストの足を、しっかり固めて走り出す。
火事場の馬鹿力というものは本当にあるようで、足はまだ地面を蹴れている。
息は上がっているが、音は上がらなかった。
これがいわゆるオンブーズハイか……。
小屋が見えてくる。家ではなく、小屋だ。
突貫工事で建てたであろうそれは、家畜を飼うものというイメージから小屋という言葉が浮かぶ。
運搬の便の面もあるので、そう遠くないと予想していたが、予想よりも近かった。村人たちを村から出さなければ、距離は問題ないと考えたのだろう。
その計画性に虫唾が走る。
「おい! さっさと出ろお!」
静かな森に、悪意をはらんだ怒号が響く。
森の隅々まで届きそうなその声には聞き覚えがあった。
想定する最良の展開とは、往々にして成就しないものだ。
その例にもれず、最良ではない現実が展開されていた。




