【四方美女】side
ファミレスの窓際、四人がけの席に女子高生たちが座っている。騒がしい喧騒の中、このテーブルには重い沈黙が落ちている。店員もその異様さに圧倒されて、軽い軽食を運んだ後、その場を意図的に避けていた。
「はぁ……そろそろ何がしたいか教えてもらっていいかしら?」
氷がカランと鳴る音が響く。いい加減沈黙に飽きた北川麗音が口を開いた。
「そうだね~、私もバイトがあるからね~」
いつものふわふわな笑顔を浮かべて南条朱奈が困ったように見る。
「いい加減、話してください。西園寺さんがどうしてもと言うから来たのですよ?」
時間を無駄にするのが嫌いな東雲紫乃の言葉には棘があった。
「うん……そうだよね……ごめん、話すよ」
私━━━西園寺桜月は重い口を開いた。鞄の中を漁って、一冊のノートを置いた。表紙は色あせ、角は擦り切れて柔らかく丸くなっている。長い年月を旅してきた証のようだった。
「これは……?」
「入谷聡君の【日記帳】だよ」
「誰です、それ?」
「卒業式の日に、私たちの目の前で事故に遭った人だよ」
「ああ~、あの人かぁ~。気の毒だったね~」
三者三様の反応を見せるが、全員、そこまで興味がないようだった。実際、私もそうだった。この中身を見るまでは。
入谷聡が事故に遭ったその日、私は彼に突き飛ばされた。そして、事故に遭い、救急車に運ばれた彼の鞄が散乱しているので、それらを片付けるのを手伝った。
その時、このノートを見つけた。何の変哲もないノートなのに、不思議とこのノートに惹かれてしまった。私はそれを自分の鞄の中に隠した。なぜそんなことをしたのか分からない。そして、家に帰った後、私は心の中で頭を下げながら、このノートを開いてしまった。
そして、真実を知った━━━
「入谷聡の【日記帳】をどこで手に入れたかとかそういうのはどうでもいいわ。プライバシー云々の話もね。こんなものを見せて、どうしたいのかしら?」
「話が早くて助かるよ。とりあえず、中身を見て欲しいんだ……私は、もう何も分からないんだ。この世界も、そして、私自身すら……」
私は自分の腕を抱えて、床を見るしかなかった。もう何がなんだかわからない。私は自分の判断が正しいとは思えなくなっていた。だから、この日記の登場人物であり、当事者である北川麗音、南条朱奈、東雲紫乃を呼んだ。
答え合わせのために。
「分かりました。西園寺さんがどんな意図をもってこのノートを見せたのか分かりませんが、読めばいいんですよね?」
「うん。お願い。杞憂ならそれでいいんだ。だけど、事実なら……」
「事実なら?」
「ううん。なんでもない。とりあえず読んでみて」
私がそういうと、四人が訝しみながら読み始めた。
◇
〇〇〇〇年〇月〇日━━━
高校生になったので、日記をつけようと思う。
今日はとんでもないことが起こった。
西園寺桜月がいたのだ。
まさか、この世界って、そういうことなのか!?
マジで可愛い!お人形さんみたいだ。ということは……
うわぁ!佐野優斗もいる!
こうしちゃおれん!
【四方美女】を全員探さねば!
〇〇〇〇年〇月〇日━━━
北川麗音を発見!
世界最高の美人を発見してしまった……
睨まれてぇ……踏まれてぇ……
でも、母親に殴られて制服の下は傷だらけなんだよなぁ。
一年後に、救世主は現れるから頑張れよ?
〇〇〇〇年〇月〇日━━━
南条朱奈を発見した。
なんだよあの胸!そしてあの包容力!
抱きしめられてぇなぁ。
まだ貧乏じゃないから制服が綺麗だ……
これから辛いことが待っているだろうけど、絶望しないでな?
救世主はいるんだから。
〇〇〇〇年〇月〇日━━━
東雲紫乃もいる!
清楚って言葉はこの子のためにあるってくらいの美人だな。まぁアレで四人の中で一番淫乱なんだから見た目ってあてにならんな。
それにしても、そんなに絶望した瞳をすんなよぉ……
来年、君が求めていた男、佐野優斗が見つかるからさ。
◇
「うわ……気持ち悪いわね……」
「男の子だもんね~」
「そうですね~。ごくありふれた秘密の日記といったところでしょうか。後、私は淫乱じゃないです」
この日記は高校一年生の頃から始めたらしい。最初の方は私たち【四方美女】について書かれていた。最初の方は読む気がしなくて、ここで止めようと思ったが、違和感があった。
「……みんなに聞きたいことがあるんだけど、私たちが【四方美女】って呼ばれ始めたのって二年生の頃じゃなかったっけ?」
ハッとした表情で私を見た。
「……そうね。そもそも、私は貴方たちのことすら知らなかったもの。彼と関わるまでは」
「そう言われてみれば確かにそうですね……」
「入谷君が私たちのことを【四方美女】って言いだしたんじゃないのかな~?」
「それが一番有力な説かしら」
私もその程度のことは考えたし、想定した。だからこそ聞きたいことがあった。
「じゃあさ、この中で、入谷聡君のことを知ってた人っている?」
「━━━」
「やっぱり……誰も彼のことを知らないんだね……」
そもそも入学式の日に私の名前を知っていることが可笑しい。私がグラビアアイドルになったのは高校一年生の夏。世間に売り出す前の私のことを知っている人間なんて同じ小・中の人以外いるはずがなかった。
他の三人の顔を見る限り、私と同じ感想だと思う。そして、一斉に【日記帳】を見返した。
「よくよく読み返してみれば色々可笑しいです……なぜ一年生の入谷聡は私が二年生の時に、彼と出会うことを知っているのですか……?いえ、彼がなぜ私の運命の人だって知っているのですか?」
「私もだよ~、お父さんの会社のお金が横領されるなんて誰も知らないはずなのに……」
「そう言われてみれば、どうして私が母親に暴力を振るわれていることを知っているのかしら……彼以外は誰も知らないはずなのに……」
コップに入っていた氷がガランと崩れる。私たちの瞳に焦りと緊張が混じり、額に汗が滲み出てきた。
「……これは確かに気味が悪いわ」
北川さんが顔の前で手を合わせながら、そう呟いた。私たちの思考は全員一致していた。
「続きを読もうか……」
私の声に、全員頷いた。
パンドラの箱を開けるかのような恐怖が場に影を落とした。しかし、知的好奇心という光が、その影を消し去り、その蓋を開ける手を止められなかった。
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