トマトソース後編
本好きの下克上最新刊とWEB版読み比べてたら後編が遅くなってしまい申し訳ありません。もう少しだけ続きます。
街へ買い物に行くという事で本日は電車移動しております。大介君は徐々にリアルな世界に戻りつつある。これぞいわゆる『クララが立った!』並みの出来事じゃぁないだろうか。メンズブランドのショップをウロウロして少し光沢のある濃いグレーの三つ揃えを選んだ。スリーピース・スーツって何故だか男の色気を感じるよね。更に眼鏡も装着してくれたらお茶碗何杯もおかわりできちゃう。おっと『スーツ愛』を語りだすと日が暮れてしまうので自粛自粛。
試着した大介君は、
「なんだかこのまま諜報員になれそうですね。」
なんて言い銃を構えるポーズをしていた。
「ゼロゼロセブンかっこいいもんね。」
「のり子さんダブルオーセブンですよ。」
「くっ。世代の違いを感じるわ。赤い戦闘服に身を包んだサイボーグのアニメを見て育った私達世代はどうしてもゼロゼロと言ってしまうんだよ。」
「……なんだかすいません。」
謝られたところでこの微妙な空気は払しょくされないのであった南無南無。
ベルトやネクタイ、靴なども店員さんに相談して揃えると結構長時間になってしまった。買い物って体力使うよね。細かい部分のサイズ直しをお願いして後日受け取りに来ることになり私達は、お留守番をしているわらしさまの為にお土産を物色した。専用のボトルに入れてもらったロイヤルミルクティーにはほんのり甘いタピオカが入っている。私はアールグレイにラズベリーやマンゴーなどフルーツがぎっしり詰まったボトルにして、大介君は季節限定のあまおうを選んでいた。帰ったら3人で飲み比べせねば。
それから何種類かケーキを物色して我が家に戻ることにした。陽が長くなってきたので18時を過ぎてもまだ明るい。日傘をさして歩く私の後ろを荷物を持った大介君が背中を丸めて付いて来る。う~ん。せっかくカッコイイ三つ揃えを買ったからあれを着る時ぐらいは背筋をしゃんと伸ばして欲しいな。わらしさまに特訓して貰おう。きっとスパルタで出版記念パーティーまでにはしゃんとした立ち居振る舞いをしあげてくれるだろう。
改札でICカードをかざして電車に乗り込むと幸運なことに座席に座れた。休憩なしのノンストップでお買い物マラソンしたからもう足がだるかったので座れてラッキー。
スマホを取り出してわらしさまに今から帰るよと帰るコールしていたら肌色の男女の写真が画面に浮き上がってくる。キャンセルを押してもまたその画像が表示される。
「大介君なんかへんなウィルス入っちゃったみたい。」
大介君に自分のスマホを渡すと厳しい顔をして画面を操作し始めた。
「のり子さんこれはウィルスじゃなくてAirdrop痴漢ですよ。iPhoneのファイル共有機能をAirDropって言うんですがそれを使って卑猥な画像を送りつけてるんです。連絡先がある人しか共有しないにセットしたからこれで大丈夫ですよ。」
さくさく操作して設定を変えてくれた大きな手は普段のオドオドした感じが全く無くとても頼もしかった。
「ありがとう。」
大介君からスマホを受け取って即レスしてきたわらしさまにスタンプを送っておいた。なんだかどっと疲れが押し寄せてきた。しかしそれはまだ序の口だったのだ。電車を降りて改札へ向かおうとしたら後ろから肩を掴まれた。
「やっぱりのり子だ。」
「勝。どうしてここに?」
一人暮らしで外食が多いのか以前よりもでっぷり太った勝がニヤニヤして声をかけてきた。
「異動で4月からまたこっち勤務に戻ったんだ。休みの日なのに淋しく一人でお出かけか?お前もいい年なんだからいい加減に身を固めたらどうだ?お前の相手をしてくれる奇特な男が居たらいいけどな。」
「大きなお世話よ。急いでるんだから手を放して。」
どうしたらいいのか解らずオロオロしている大介君に帰るよと目で合図をしてその場を去った。
ムカツクムカツクムカツク。頭の中にどす黒いものが広がっていく。
「のり子さんの作る料理は美味しいし、朗らかだしあの家も居心地がいいですし、きっといいお嫁さんになれます。」
うつむいてぼそぼそとそんな風に慰めてくれる大介君は優しい子だ。
「大介君ありがとね。アイツが例の元カレ。何であんな奴と付き合ってたのか今では不思議でしょうがないよ。私人を見る目がないのかなぁ。」
「大丈夫ですよ。わらしさまがしっかり面接してくれるはずです。」
「ムカついたらお腹減ってきちゃった。早く帰って晩ご飯たべよ。」
「わらしさま首を長くして待ってるでしょうね。早く帰りましょう。」
お留守番してまで作ってくれたトマトソースはバジルを散らしたパスタになっていた。今度はこのソースでみんなでピザパーティーにしよう。お腹がふくれたらさっきまでの嫌な気持ちは霧散して楽しい計画に思いを馳せた。人間ってげんきんだね。




