なんちゃってチーズトンカツ
出社してスイートポテトを持ってきたと伝えると、悠ちゃんは半泣きになった。打ち合わせの日がリスケされて急遽今から亀井住宅さんに行かなければならないらしい。
「悠ちゃん大丈夫だよ。冷蔵庫に入れておくから明日食べて。」
「うう。のり子ありがとう。じゃ、亀井住宅さんに行ってきます。」
「いってらっしゃ~い。」
笑顔で悠ちゃんを送り出して、残った社長と二人で黙々と作業をした。最近は少しだけど、web関係の作業もできるようになって、入社した当初と比べると多少は使い物になってきてるんじゃないかと思う。デザイン事務所で働くっていろんなスキルが必要だとつくづく感じている。
◆◇◆
恒例のお弁当のおかず交換会。社長はナポリタンをお弁当箱いっぱいに詰めていた。
「わぁ、ナポリタン。鉄板に溶き卵落としたくなりますね。」
「卵焼きで包もうかと思ったんだけど、なんか邪道な気がしてやめたんだ。」
「そうですね。包まなくて正解だと思います。」
「渡辺さんは朝からフライ揚げたの?」
「あ、これなんちゃってチーズトンカツなんです。」
「なんちゃってというのは?」
「サランラップの上に薄い豚肉を何枚か広げてチーズを挟んで半分に折った表面にマヨネーズ塗ってパン粉はたいたら、フライパンで焼くだけです。マヨネーズからも油が出るから衣がサクサクになるんですよ。」
「衣物はハードル高いから倦厭していたけど、それなら僕でも作れそうだね。」
「私も衣物苦手で、このレシピを聞いた時には神降臨と思いましたもん。」
「渡辺さんでも衣物苦手なの?」
「はい。かき揚げくらいはかろうじて揚げれるんですが、天ぷらは鬼門ですね。あれは外で食べるメニューです。」
「この前打ち上げで連れて行ってもらったお店の天ぷら冷めてもサクサクだったんだよ。今度行ってみる?」
「冷めてもサクサクなんて凄いですね。是非ご一緒させてください。」
日程をすり合わせていると、林さんが出社してきた。
「おつかれさまで~す。」
「お疲れ様です。林さん冷蔵庫にスイートポテト入ってるよ。」
「マジ?ラッキー。」
「渡辺さんは、お菓子も作れたんだね。」
コーヒーを入れて食後のデザートを堪能していた社長が『感心』している。甘味が好きな社長と林さんに私は『関心』しているけどね。
「これもめちゃくちゃ簡単なので、社長でも作れますよ。」
ざっと作り方を説明したら、社長が真剣にハンディーブレンダー買おうかな。とつぶやいていた。布教活動大成功です。
林さんは相変わらず変な厨二病独特の言い回しで食レポしてくれたが、スキル『拾っちゃダメだよスルースルー』を発動して受け流した。
もうどれだけイケメン眼鏡でもアホな子にしか見えなくなっている。無駄なイケメンだ。
◆◇◆
夕食をとっている時に思い出した私は、わらしさまに金曜日の晩に社長と天ぷらを食べに行ってくると話したら、お味噌汁をすすっていたわらしさまが、天ぷらを食べたがったので、テイクアウトが出来たならテイクアウトしてくるねと約束をした。ごめんよ。ホントに天ぷら鬼門だから作ってあげれないんだ。私は熱々の天ぷらを食べさせてあげられない罪悪感から提案した。
「わらしさま、夕飯は前もって作っていくから、淋しかったら稲荷様達を呼んでもいいんだよ。」
「僕、ダムカレーがいい。」
さっきまで曇っていたわらしさまの顔がぱぁっとはれた。
「じゃぁサラサラのカレーたくさん作っておくから、みんなにダムの作り方教えてあげてね。」
「ブロッコリーの木とゆで卵のボートも作ってくれる?」
「奮発してから揚げも付けちゃおうかな。」
「やった~~。ダム作ったらのりちゃんに写真送るからね。」
「楽しみにしてるね。」
お盆明けに林さんがお土産にくれた黒部ダムのダムカレーを一度作ったら、カレーを作るたびにダムにしてとリクエストするほど気に入ってしまったわらしさまは、美術担当のカハクちゃんといい勝負になるんじゃないかと思うくらいに、ダム建築のマエストロになっていた。
しゃもじも余分に用意しておいた方がいいだろうと、呑気に当日の準備をあれこれ考えていたこの時は、まさかあんな事件が勃発するとは夢にも思っていなかった。




