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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第95話



「な、投げろじゃとぉっ!?何を馬鹿な」


 

 返ってきたのは、予想通りの返事と表情。ブン投げてもらって川を越えようなどと、確かに馬鹿げた発想だ。他ならぬ自分でもそう思う。だが、不可能ではない。ミゥの力があれば、容易であるはずだ。


「出来るだろう?頼む。力を貸してくれ」


「……う、うむ。まあ、お主を向こうに投げ渡してやるくらいは出来るじゃろうが……それはそうとしてお主、どうやってこちらに戻ってくるつもりじゃ?」


 言われて、はっとする。そうだ。投げ渡してもらっては、帰ってこれない。向こう側に行くことばかりを考えて、帰ってくる方法を考えていなかった。俺が頭を抱えると同時に、ミゥがため息を付いた。


「少し頭を冷やしたほうが良いぞ。あの娘を心配するあまり、平静さを欠いておるのではないか?」


「……そんな、ことは」


 ないとも、言い切れない。俺は言葉を詰まらせる。


「…………愛して、おるのじゃな」


 ミゥは岩に腰掛け、ため息混じりにどこかつまらなそうな呟きを零す。俺は轟々と唸る濁流を見つめ、肩を落とした。


「……俺は、俺たちは、無力だった。誰も、誰も守れなかった。そうしてただ死にゆく俺たちに、あの御方は手を差し伸べてくれた。立て、と。その手で守ってみせろ、と。……俺は、誓ったんだ。もう二度と、奪わせはしない」


「……」


 ミゥはふんと息を吐いて岩から飛び降り、踵を返す。


「詮索するつもりはないがの。慌てるべき時にこそ、落ち着いて周りをよく見るべきじゃ。お主があの娘を大切に思っておるのなら、なおさらな」


「……そう、だな」


 ふうと一息。少し、慌てていたのかもしれない。ミゥの言う通りだ。こんな時だからこそ、落ち着かねばなるまい。幸いにも、一刻の猶予もないほど切羽詰まっているわけではない。落ち着いて、周りをよく見て――


「(……あ)」


 ふと、それに気づく。唸る濁流の向こう側。立ち並ぶ木々の合間に、朽ちて眠る巨大な倒木。あれならば、ひょっとして。


「さ、帰ろうギルバート。皆心配しておるでな。あぁ、川には見張りを立てよう。グランの花は、きっと遠からず手に入る。それまでは、あの娘の傍に居てやれば良い」


「待て、ミゥ」


「なんじゃ。まだ何か――」


 振り返ると同時に、俺が指し示すほうを見たミゥはハッとして目を丸くする。


「……ま、まさかお主。あれを」


「ミゥ。ひとつ聞きたいんだが。森の倒木ってのは、好きに使って良いのか?」


「あ、あぁ。倒木や折れた枝は、木の実や草花と並ぶ森の神の恵みじゃ。小さなものは薪として、大きなものは建材や、道具の素材として重宝しておる。生きた木を切ることは許されておらぬゆえな」


「そうか」


 川のこちら側に倒木が見当たらないのはそのせいか。なるほど。だが、それなら好都合だ。この状況を打破するための、文字通りの架け橋。まさしく、森の恵みではないか。


「……あの太さ。あの大きさなら、恐らくこの川に橋を掛けられる。俺一人でも、丸太を動かすことくらいは出来る。これで帰りの心配は無い。俺を投げてくれ。ミゥ」


「ほ、本気か?お主、中々強情じゃの」


「俺はやると決めたらやる男だ。何度も言わせるな。不安の種は、一刻も早く取り除いておきたいんだ」


「……し、しばらく待てば良かろうと言っておるのに……何が、お主をそこまで駆り立てるのじゃ」


「言う通りにしばらく待って、神樹の花が効いているうちに川が落ち着くという確証はあるのか?見ろ!今もなお、川は少しづつ広がっている。森に雨が降ったのは、少し前だと言ったな。にも関わらず、濁流の勢いは衰えていないんだぞ。それがあと数夜の間に治まると、何故言い切れる」


「……っ」


 ミゥは言葉を詰まらせ、後ずさる。その背が、木の幹にぶつかる。俺はなおも詰め寄り、木の幹に勢いよく手を付く。その肩がびくりと震えた。



「…………頼む。力を、貸してくれ」

 


 囁いたその言葉に、あどけない顔が真っ赤に染まる。


「……どうなっても、知らぬぞ。この、馬鹿者ぉっ!」


 ズンと響く衝撃。振り抜かれたその拳が俺の胸を突き飛ばし、鎧の襟首を掴んで振り回す。細腕とは思えぬ怪力に俺の足は地を離れ、視界は二転三転して上を向く。どうせならもう少し優しく持ち上げてくれれば良いものを。なんて、文句は言えないな。


「頼むぜ。濁流に落としてくれるなよ」


「わ、わかっておる!じゃが、お主、受け身はしっかり取れるんじゃろうな!?」


「あぁ。衝撃には慣れてる。これでも、打たれ強さには自信があってな」


「……はあ。まったく……ほれ、行くぞ!!」


 ミゥは俺を担いで少し後ずさり、勢いよく地を蹴る。一歩。二歩。力強く崖を踏みしめ、細腕が唸る。その瞬間、俺は虚空へと投げ出された。



「…………ッ」



 一瞬の浮遊感。たちまち眼下に唸る濁流を越え、俺は地を跳ねる。激しく揺らぐ視界を閉ざし、衝撃に歯を食いしばる。そのまま俺はいくつもの石や木の根に全身を打ち付け、やがて巨木の幹が俺を抱きとめる。流石の腕力。期待を裏切らないな。


「あァ」


 ちかちかと瞬く意識をどうにか脳裏に押し留め、泥を拭って身を起こす。



「……ふん」


 唸る濁流の向こう。対岸に佇むミゥが、腰に手を当てた。 

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