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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第94話





「これ、待たぬか!無茶じゃと言っておろうが」


 背後からついてくるその声を聞き流しつつ、ずんずんと獣道を進んでゆく。


「ギルバート!聞いておるのか」


「あぁ、聞こえているさ。だが、無茶かどうかは俺が決めることだ」


 花の在り処は聞いた。進むべき方角も聞いた。腹にごちそうを詰め込んで、魔力の補給も十分だ。となれば、次にやるべきことは一つ。ハルも、ゴルバも、他のオークたちも、皆俺を止めた。だが俺は、構わず村を出た。だが、この小さな族長は俺の後を追ってきた。俺を追おうとしたハルやゴルバに「村で待て」と言い残し、しつこく俺を止めようとしてくる。


「……ミゥ」


 俺はため息を付き、足を止めて振り返る。すぐ後ろを歩いていたミゥもまた、足を止めて俺を見上げた。


「俺は、やると決めたらやる男だ。止めてくれるな」


「ならぬ。その身はもはやお主だけのものではないのだぞ」


「俺はあんたを抱いてやると言った覚えはないぜ。悪いが、そんなつもりはこれっぽちもない」


「なっ……」


 ミゥは愕然としてその場に立ち尽くす。これだから部族の生まれは困る。より強い子を生み、血を研ぎ澄ませ、種の繁栄に貢献しようというその姿勢は良いとしても、互いの意思というものを尊重しない者が多い。人間なんかの、ある程度発展した文明を持つ者たちも、血筋や家柄でつがいの相手を決めるという。全く、どうかしている。


 互いを好いてもいない、子を生むためだけのつがいなど、虚しいだけだというのに。


「……とにかく、邪魔をするな。もとより、無茶をするつもりはない」


 俺は踵を返し、再び歩き始める。


 俺の命と引き換えに、なんて、そんなことをしてもリリアを悲しませるだけ。覚悟は出来ているつもりだが、それは絶対に選んではならない選択肢。何があっても、共に。俺はあの日、そう誓ったのだ。


「花を手に入れたら、すぐに戻る。戦場に飛び込もうというわけじゃない。花を摘むだけだ。どう無茶をしろというんだ?」


「花を摘むだけ……それが無茶じゃと言っておるのじゃ」


「……どういうことだ?」


 ミゥは俺の隣を並び歩きながらため息を付き、肩をすくめる。


「……グランは、この森の中でもとくに限られた場所にしか咲かぬ珍しい花じゃ。その花を煎じて飲めば、あらゆる病に効く薬となる。病の種となる菌族を殺す力を持っておるのじゃ。妾たちも、あの花には何度も助けられてきた。咲く場所は分かっておる。教えたとおり、ここからそう遠くはない。じゃがのぅ、そこまで行くには…………あぁ、ほれ、見えてきたわ」


 頭を抱えるミゥに促されるまま、道の先に目を向ける。やがて見えてきた「それ」に、俺は思わずぎょっとして駆け寄った。



「……なんだ、これは」


 そのふちで、立ち尽くす。見下ろした視界を横切るそれは、轟々と唸りを上げてのたうち回る濁流。押し流される丸太や草花の残骸。削れゆく崖。俺が踏みしめたその場所にすら亀裂が及び、崩れて濁流に飲み込まれる。

 

「……っ」


 思わず後ずさると、ミゥが深く息を吐いた。


「……見よ。この荒れ狂う様を。少し前に、雲の神が癇癪を起こしてこの森に大雨を振らせたのじゃ。おかげで今なお川はこの有り様よ。魚の遊ぶ、穏やかな小川だったのじゃが」


「……グランの花は」


「向こう岸のさらに向こう、少し行ったところに咲いておるはずじゃ。のう、ギルバートよ。どうする?泳いで渡るか?何か策を練ってみるか?この濁流に飲み込まれれば、魔族といえど命はないぞ」


「……」


 言葉を詰まらせる。なるほど確かに、この川を渡るのは無茶だ。当然ながら、飛び越えられるほどの幅ではない。泳いで渡るのは、水に類する一族でも無ければ不可能であろう。橋を掛けるのも駄目だ。この森の木々に傷をつければ、森の怒りに触れてしまう。


「……この向こう岸以外に、グランの花が生えている場所は」


「知らぬ。どこかには生えておるじゃろうが、妾が知る限りではかの場所以外に見たことはない。少なくとも、近くにはないはずじゃ」


「川を迂回して、どうにか向こうに渡れる場所は」


「ない。妾とて、領土の見回りくらいはしておるわ。この川はずうっと向こう、それこそ森の深奥から海まで繋がっておる。ぐるりと見て回ったが、ここより川幅の狭い場所は無かった。渡れるとすれば、ここしかなかろう」


「……っ」


 ことごとく可能性を踏み潰され、俺は立ち尽くす。どうする。どうすればいい。何か他に策はないか。飛び越えることは出来ない。泳ぐことも出来ない。橋も掛けられず、迂回も出来ない。ならば、ならば。どうすればいいんだ。


「……だから無茶じゃと、言うたのじゃ。心配せずとも、あの娘が再び冒されるまでには猶予がある。一夜か二夜か、しばらく待てば川も少しは落ち着くじゃろうて。のう、ギルバート。妾と村に戻ろう。なあ」


「俺に、羽があれば」


 半ば無意識のうちに呟いた自らの言葉に、ハッとする。そうだ。飛べばいい。俺にリリアのような羽はないが、飛ぶことは出来る。出来るじゃないか。俺一人なら、出来ない。だが今は。



「……投げてくれ」


「…………なんじゃと?」



「俺を、ブン投げてくれ。あの、向こう岸まで」

 

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