第90話
「ここだ。あんましチョロチョロすんでねぞ。ギルベド」
「ギルバートだ」
俺たちを助けてくれたオーク、ゴルバに案内されたその場所は、森の中に生活を営むオークたちの村。
木々を切り開いた広場と、壁がなく、中の様子が丸見えな家々。獣の骨や人間の頭蓋骨がずらずらと並び、積み上げられ、形の良いものは子供の玩具や装飾品として用いられている。屈強なオークたちが道端に座り込んで血の付いた武器を磨き、獲物の大きさと自らの力を競って大声を上げるその様に、俺も思わず気圧されてしまう。
心の弱い者が何も知らずに迷い込もうものなら、その場で自らの運命を悟って崩れ落ちるやもしれぬ。そこは紛れもなく、暴力の化身たる魔族の村。
「(……だが)」
平和そうな村である。少し物騒で賑やかではあるが、村は笑顔に溢れている。こうしてよそ者たる俺たちが村の中を歩いていても、誰一人として排他的な眼を向けてくるものは居ない。それどころか、笑いながら手を振ってくる者も居る。路傍に屯する若いオークたちが骨付きの肉を掲げた。
「ゴルバの兄貴!おけえり~!」
「おぉ」
若いオークとすれ違いざまに拳を合わせ、わははと笑い合うゴルバと若いオーク。見た所、村には子供や若者も多く、緑色の肌が特徴的な女性の姿もある。ゴルバは、若者たちにも慕われている中心人物であるようだ。
「……」
片腕にリリアを抱き、そして小脇にエミリーを抱えて歩く俺の横に身を寄せ、ハルは少し怯えた様子で俺の方を見やる。深々と被ったフードの下に隠れたその眼には、恐怖と混乱の感情が涙となって浮いていた。
「大丈夫。あまり怖がるな」
その肩を抱いてやることは出来ないが、傍に居てやることは出来る。ハルも、どうやら俺から離れるつもりはないようだ。
「――――オンッ!」
不意に、背後で獣が吼える。
びくりと跳ねるハルと共に振り返ると、見覚えのある巨大な三つ首の犬がそこに居た。
「ひゃあっ!?ばば、ばけもの!」
「待て。こいつは」
ケルベロス。確か、そう呼ばれていた合成魔獣。恐らくはあの黒服たちの親玉によって生み出され、その手駒として飼われていた哀れな獣。痛々しいツギハギの跡と、俺を覗き込んで舌を垂らす三つの首。よく見れば、その体にはオークが身につけているものと同じ骨の装飾品を纏っている。その背には、オークの子供、ゴブリンの女の子が跨っていた。
「……」
薄い暗緑色の肌と、灰色の髪。ハルのそれと似た短い角。人間の子供と比べても小柄ではあるが華奢ではなく、骨の太いその四肢はオークらしい力強さの片鱗を現しつつある。肉付きも、既に子供のそれとは違っている。その目元は前髪に隠れて見えないものの、俺を見て小首を傾げる仕草は愛らしい。
「アオン」
ケルベロスがもう一声鳴き、頭の一つが俺に頬を寄せる。
「……そうか。お前。新たな主を」
べろりと、大きな舌が俺の頬を舐める。ハルが俺の服の裾を掴むと同時に、少女がケルベロスの背から降り立ち、ゴルバが俺の肩をぽんと叩いて俺の前に出た。
「……っ」
「おう」
ゴルバに駆け寄り、その巨大な脚にぎゅっと抱きつく少女。ゴルバは少女を片手で掴んで肩に乗せ、そのいかつい顔に抱きつかれながらもケルベロスの喉をわしわしと撫で回す。ケルベロスは甘えた声を上げて尻尾を振り、その顔を舐めた。
「ゴルバ、その子は」
「あぁ。オラの子だ。スゥ、ってんだ。こいつは、ちっと前にスゥが拾ってきた犬でな。利口で、よく働く。いい犬だべ。なあ?スゥ」
ゴルバの娘、スゥと呼ばれた少女はゴルバの肩を伝って背中におぶさり、照れくさそうにその口元を緩めるも、俺の方を見てさっとゴルバの背に隠れてしまう。
「すまねえ。スゥはよそモンを見慣れてねんだ。ホレ、怖くねぞ」
「いいさ。気にしてない」
「そうか」
そう呟いてゴルバは頬を掻き、やがてすぐそばの家、もとい寝床が並ぶ一角をクイと指し示す。
「ホレ、オラんちはそこだ。どこでも、空いてるトコを好きに使え」
「あぁ、ありがとう」
俺はエミリーとリリアをそれぞれ寝床に横たえ、その頬を撫でてやる。疲れて寝込んでしまったエミリーはともかく、リリアは一体いつ頃目を覚ますだろう。確かにしばらく吊られてはいたが、意識を失うほどの魔力を吸われてしまったのだろうか。だとすれば、しばらくはこの村の世話になりそうだ。
となれば、まずは。
「ゴルバ。族長はどこだ?挨拶をしておきたい」




