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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第89話




「見ねえ顔だな。オメ、どこのモンだ?」


 オークはそう言って巨大な棍棒を一振り。子供の数人くらいなら乗れそうなその肩に担ぎ、未だ吊るされたままの俺やリリア、立ち尽くして後ずさるハルと、にゃむにゃむと寝言を零すエミリーを順番に見やり、そして改めてハルの顔を覗き込む。その野性味溢れる強面に、ハルはさっとフードに手をかけた。


「オメ、混ざりモンだな?」


「……っ」


「どこの村のモンだ?ん?黙ってちゃ分かんねぞ。三人も召喚しやがって」


 ずずいと腰を折って迫る強面に、ハルは今にも泣き出しそうだ。恐らくは、敵か味方かを聞いているのだろう。だが、そんなことを聞かれても困ってしまう。彼女は、何も知らない。どこの村の者でもないのだ。


「よせ。その子は何も知らない。俺達と一緒に、森の外から来たんだ」


「あん?」


 オークはぐるりと振り返り、今度は俺の顔を覗き込んでくる。


「外から、だあ?適当言っちゃならねえぞ旦那。ここは森の端からは随分遠い。迷い込むにしちゃあ、深入りしすぎじゃあねえか?そもそも、神樹サマに挨拶もせずに、よそモンがこんなトコまで来れるワケが――」


 ふと、オークが頭上を見上げる。天蓋のように重なり合い、絡み合って大地を覆う木々の葉が、そこだけぽっかりと開いて光が差し込んでいる。ついさきほど、リリアがこの森に降り立つ際に枝葉を踏み抜いた跡だ。


「あー……」


 それを目の当たりにしたオークは、納得したかのようにため息をつく。改めて俺の顔を覗き込んだその顔は、やはり強面ではあれど、どこか穏やかな雰囲気を纏っていた。


「すまねえ。オラってば、早とちりしちまった。オメら、上から落ちてきたんだな。そんなら、ここで捕まってんのも納得だ。にしてもこんなトコさ落ちてくるなんざ、ツイてねえな。オメら、荷運びの鳥にでも引っ付いてたんか?」


「いや、この森にはもともと用が無かったんだ。通り過ぎるつもりだったんだが、上空から煙が見えてな。何か、少しだけ嫌な気を感じたから降りてきたんだ」


「煙?あぁ、つい今しがた、瘴気を吸って枯れちまった枝を燃やしてたところだ。その煙だべな」


 俺を釣り上げる木の根元にどすんと腰掛けて、オークは頬を掻く。その姿形は噂に聞いたとおりの、逞しい森の戦士。だがその性格は、思っていたよりも温厚であるようだ。


 俺たちがよそ者であると分かっていながら追い出すような真似はせず、こうして対話に応じてくれている。なにせ今の俺は、戦える状態にはない。もし彼が好戦的で、よそ者を見るや否や襲いかかるような人物であれば、きっと俺は皆を守れなかったろう。彼が特別穏やかな性格というだけなのかもしれないが、これは幸運というほかない。


「それにしても、こいつら皆オメのヨメか?オメ、いいオスだな」


「そういうわけじゃ、ないが……それはそうと、手を貸してくれないか?身動きが取れないんだ」


「あん?何言ってんだオメ。さっさと降ろしてもらえ」


 その言葉に、疑問符が脳裏にぽんと浮く。


「何って、見れば分かるだろ?神樹さまが俺の足を掴んで離さないんだ。花も咲いてるんだが、よく分からなくて。これは一体何なんだ」


「あー、そうか。オメは知らねんだな。神樹サマはよそモンを見つけるとそうして捕まえて、魔力をほんの少しずつ吸いながら、花を咲かせるんだ。そんで花が咲いたら、オメはそれを摘んで「ありがとうございます」ってお礼を言うんだよ。そうすりゃ、降ろしてくれる。ホレ、早くお礼言わねと、神樹サマに魔力を吸いつくされちまうぞ」


「それを早く言ってくれよ!――――あ、ありがとうございます」


 俺はすぐさま咲き誇る花のひとつを摘み取り、お礼の言葉を口にする。すると、俺が手にしたそれ以外の花が枯れてばらばらと落ちてゆき、俺を吊り上げる木の根がみしりと音を立てて揺らぐ。そのまま手放され、あっと声を上げる間もなく俺は地面に真っ逆さま。硬い木の根が俺の鼻面を殴りつけると同時に、首が嫌な音を立てる。


「~…………っ」


「だ、大丈夫?ギルバート。今、すごい音したけど」


「あ、あぁ。大丈夫だ。大丈夫。ありがとうハル」


 駆け寄ってきたハルの肩を借りて身を起こし、曲がった首を鳴らす。あぐらをかいて座るオークがため息を付いた。


「森の端にいけば、オメと同じように吊られて身動きが取れなくなったよそモンがゴロゴロいる。そのまま神樹サマに吸いつくされて死んだやつの死体も山程あるぜ。下手に暴れて捻り潰されたやつの死体も、な」


「そ、そうなのか……」


「この森の近くに済む人間どもは、この森には近づかねえ。入ってくるのは、何も知らねえよそモンか、ホレ、ちょうどそこの赤いのが被ってるような、妙な帽子を被った連中だけだ。おかげで、オラたちはそれなりに平和に暮らせてんだ」


 恐らくそれは、ベスティエラの魔導学園に通う者たちであろう。エミリーとガーランドが、学校の授業で訪れたという話をしていたはず。ということは、ベスティエラはこの森の近くにあるのだろうか。と、そんなことを考えながら、俺はハッとして顔を上げる。


「リリア!どうした」


 目を向けた先。リリアは未だ吊られたまま、目を伏せている。思わず駆け寄ってその手を握ると、その眼が微かに開いた。


「リリア!」


「……ぎるぁ……と、さま……?」


「しっかりしろ。話を聞いていたか?花を摘んで、お礼を言うんだ」


「ふぁ、い…………ありぁと、ござい……まひゅ……」


 リリアは近くの花をそっと摘み取り、今にも消え入りそうな声でお礼の言葉を口にする。咲き乱れる花が枯れ落ち、木の根から解き放たれたその体を抱きとめると、リリアは俺の腕の中でその小さな指を咥えてうとうとし始める。これは、リリアが眠りにつく時のクセだ。


「どうした、リリア。眠いのか?」


「ん……」


「なんだ。神樹サマに体力まで吸われちまったか?」


 ハルが駆け寄ってきてリリアの顔を覗き込み、オークが肩をすくめて溜息をつく。



「……来い。オラんちはすぐそこだ」

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