第83話
「何してるんだ?お前たち」
俺は剣を立てかけ、ため息混じりに一歩を踏み出す。いくつかの視線が、俺に突き刺さった。
「大人が寄ってたかって子供を袋叩きか?いいご身分だな。衛兵さんよ」
「にゃあ?あ、あーっ!お、お前!あのときの」
「お前、あの時のヘンな騎士だにゃ?よそ者がにゃにを偉そうに」
「にゃあ。俺たちは仕事をしてるだけだにゃ。邪魔するにゃ」
ああそうかよと肩をすくめ、指を鳴らす。数は六人。それぞれ安っぽい剣を持ち、鎧は質素。やはりこいつら、あの時の腐った衛兵ども。あのときは気にならなかったが、装備の貧弱さを見るに、ろくな支給も回ってこない落ちこぼれか。どうやら、相も変わらず懲りてないらしい。本当に、腹立たしい連中だ。
「仕事、ねえ。仕事熱心なのは関心だが、褒められたやり方じゃないな。何も、暴れてもいない子供を袋叩きにすることはないだろう」
俺がそう言うと、小娘を掴み上げていた猫がそれを叩き付けるように手放し、腰から抜いた剣の切っ先をこちらに向ける。気がつけば、俺は猫たちに取り囲まれていた。
「黙れよそ者。俺たちは、やり方を選べるほどの余裕はにゃいんだ。あいにく、不器用でね」
「そうか、そうか。ところで、今夜は全ての兵士に休養が命じられたはずだが……もう一度聞くぞ。お前たちは何をしているんだ?」
深く息を吐き、問う。
猫たちはそんな俺の視線を鼻で笑った。
「にゃんども言わせるにゃ。俺たちは歴とした仕事をしてるんだよ。にゃあ?」
「ああそうさ。休みだからって、罪人を放っておけるわけにゃいにゃ」
あくまでも仕事と言い張るか。クズどもめ。
俺は胸のうちに渦巻く苛立ちを拳に握りしめ、顔を上げる。
「……そうか。分かった。それなら、仕事熱心なお前たちを見習って、俺も仕事を始めるとしよう」
「にゃあ?」
ただ、一撃。きょとんとして目を見開くその丸顔に拳を叩き込み、振り抜く。みしりと何かを砕く手応えと共に、吹き出した鼻血が尾を引いた。
「ふぎゃあっ!!」
「て、てめぇ、――ッ」
身を翻し、傍に居たもうひとりの腹に膝を打ち込み、続けざまに身を屈めてその顎を拳で打ち上げる。嗚咽と共に仰け反るその体を蹴飛ばせば、たちまち木箱が木くずに変わる。これで二人。あと四人。俺は足元で顔を押さえてのたうち回る猫を踏みつけ、深いため息をつく。
「あいにく俺も不器用でな。悪いが、手加減はできそうにない」
じろりと、睨みつける。顔をしかめて後ずさるうちの一人。咄嗟に剣を振り上げたその肘を砕き、耳障りな悲鳴を上げるその顎を打ち上げて閉ざす。崩れ落ちて蹲るその脇腹を蹴飛ばし、これで三人。あと三人。
「……っ」
「こ、この野郎……よそ者がァッ!調子に乗るにゃあぁっ!!」
怯んだ一人を除いた二人が、一斉に剣を振るう。首、そして脇か。剣筋が甘い。筋力も足りてない。こんな雑魚の一振りをわざわざ受けてやることもないが、俺は敢えて避けずに受け止める。こんな刃、避けるまでもない。ギギンと鋭い音を立てて二つの刃が滑った。
「にゃっ」
「う、ぐ」
ただがむしゃらに振り抜いた刃を弾かれ、よろめく猫。この鎧は、こいつらのそれとは違う。こんな一振り、痛くも痒くもないわ。
「雑魚が」
侮蔑を吐き捨て、二人の頭を掴んで叩き付ける。熱いキッスを交わした二人はそれぞれ仰け反り、鼻血の尾を引いて倒れ込む。互いの顔に残したキスマークがよく似合っている。俺は改めて拳を握り直した。
「さて」
「ひ、ひぃっ」
深く息を吐き、残った一人のほうへと振り返る。猫たちの中でも小柄で見るからにひ弱なそいつは、既に戦意喪失状態。無造作に転がる仲間と俺の顔を交互に見やり、腰を抜かして震え上がっている。なんとも、無様だ。思わず込み上がる笑みをため息と共に散らし、歩み寄る。
「く、来るにゃ。来にゃいでくれぇ」
一歩、二歩、三歩。ゆっくりと歩み寄るごとに、そいつは後ずさろうとする。が、やがてその背は無慈悲にも冷たい壁に阻まれる。そこは、路地裏の突き当り。逃げ場はないし、助けは来ない。佇む俺の影が、へたり込むそいつの顔に重なった。
「う、うぅ、ぐ……にゃ、んだよ、お前……くそっ……」
「……俺の名は、ギルバート。通りすがりの魔王だ」
振りかぶった拳を握りしめ、力の限り叩き付ける。
吐き出すような悲鳴を押しつぶし、路地の壁と猫の心に消えない傷が刻まれる。びしりと音を立てて広がる亀裂と、糸が切れたように項垂れる猫。血の滴る拳を払い、俺は静かに踵を返す。
「……立てるかい。お嬢ちゃん」
壁に項垂れる小娘に上着を被せ、俯いたその顔をくっと持ち上げる。小娘は、返事代わりの咳を一つ。乱れた髪の隙間から、涙の滲む眼を覗かせる。俺は肩をすくめ、その角の根元にこつんと拳を置いた。
ゲンコツひとつ。これで、勘弁しておいてやる。




