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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第五章 魔王と猫の国 後編
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第82話




「(あれは、誘拐じゃないのか)」


 流石にまずいだろう、それは。

 駆けてゆく少女たちの影を追い、長い階段を駆け下りる。あの少女たちの服装、一部を除いて統率の取れたあの動きからして、恐らくは水面下で着々と進められていた拉致計画。姫は、仮にも一国の姫君。ヴァレム神の加護を持つ黒猫である。その身の価値は、計り知れない。


 姫がどのような力を持つのかはよく分からぬまま。だが、黒猫というその肩書だけでも群がる輩はごまんといる。それこそ、国そのものを動かす事態だ。


 見張りの兵士がいないせいで、騒ぎになるまではまだ少しの猶予がある。しかし騒ぎが起こってからではもう遅い。あの少女たちはその混乱に乗じて、あわよくば騒ぎが起こる前に姫を国の外に連れ出すつもりであろう。どちらにせよ、今、彼女たちを追えるのは俺だけ。ならば――――


「(……いや、待て)」


 ふと、足が止まる。


 何故、追いかける必要がある。俺は何をしている。彼女たちを追いかけて、それからどうする。追いついて、どうするつもりだ。姫を取り戻すのか。姫を連れ戻して、再びあの黄金の牢獄に送り返すのか。違う。俺は、そんなつもりじゃ。


「……」


 そんなつもりじゃないのなら、一体どういうつもりだというのだ。

 人さらいから姫を救って、この国の英雄にでもなろうというのか。いいや。姫を連れて、共にこの国を出るか。いいや、違う。その選択肢は、自らの手で握り潰したばかりではないか。


 俺は、一体何をしている。俺は、一体何がしたいんだ。



「…………」


 

 深い、深い、ため息を一つ。気がつけば少女たちの姿はどこにもなく、ぼんやりとしたまま城を出た俺にいくつかの視線が刺さる。



――――分からない。


 俺は、自分というものが分からなくなってきた。自分が何をしたいのか、何をするべきなのか。魔王として、一人の男として、どうするべきなのか。ぼんやりとした脳裏に思考が渦巻いて、言葉が絡んで積み上がる。あぁ、鬱陶しい。苛立たしい。もう、うんざりだ。


「くそッッ!!」


 蹴飛ばした街灯が根本からへし折れ、倒れて雑踏の悲鳴が上がる。ざわつきと共に突き刺さる視線も、ひそひそと囁く声も、ただ鬱陶しい。俺はそんな視線から逃げるようにして踵を返し、雑踏に駆け込む。


 最悪の気分だ。苛立ちのままに物に当たるなど、愚かな行為。何も考えずに苛立ちを吐き出してしまった自分自身が憎らしい。


「はあ」


 何度目かも分からぬため息。俺は一体どうすればいいんだ。わからん。もうわからん。俺は――――



「……」


 ふと、雑踏の中にきらりと光るもの。尾を引いて視界の端へ向かうそれを追って顔を上げると、そのさきには見覚えのある影。三角の耳を縫い付けたフード。何かを大切そうに抱え、きょろきょろと辺りを見渡し、路地裏へ駆け込むその様を目の当たりにすると同時に、記憶の炎が燃え上がる。


 思い出した。思い出したぞ。あのフード。そうだ、あいつだ。


「……ッ」


 俺はすぐさま踵を返し、その後を追う。


 道理で見覚えがあると思った。あいつ、俺にぶつかってきて泣きわめいて、俺を罪人に仕立て上げたあの小娘だ。そして恐らくは、いや、間違いなく姫を連れ去った者たちの一人。一人だけ集団から外れて、あの部屋の金貨をくすねていたやつだ。


 どうやら、根からの性悪娘。姫のことはこの際どうでもいいとしても、あいつには個人的な貸しがある。拳骨のひとつくらいはくれてやらねば気が済まない。


「!」


 そうして路地裏に駆け込み、刺すような肌寒さを苛立ちの炎でかき消しながら奥へと進んでゆく。すると、静かな路地裏に怒号が響いた。



「こんのっ、罰当たりがァッ!!」


 

 響き渡る声。小さな悲鳴と共に、無数の金貨が地面を跳ねる音が聞こえてくる。俺の足元まで転がってきたそれを拾い上げてみると、その金貨には猫のシルエットが描かれていた。


「こ、こ、こんなモン盗んできやがって!この役立たずがッ!!」


「雑種はおつかいも出来にゃいのかよ」


 その声に、曲がり角からそっと様子を伺ってみると、どこか見覚えのある毛並みの猫たちがあの小娘を囲んで袋叩きにしているところであった。


「んにゃああああ!俺たちは金目のモンを盗ってこいって言ったよにゃあ。誰が金そのものをもってこいって言ったんだ?ああ?」


「この猫金貨はにゃあ、姫様のおもちゃだ。街じゃ使えにゃい、特別にゃ金貨にゃんだよ!大人(おとにゃ)しく首飾りの一つでも盗んでくれば良いものを!よりにもよって……最悪だにゃ。にゃあ、どうする」

 

「ど、ど、どうするってどうすればいいんだ。姫様の金を盗ませたにゃんて知れたら、今度は配給抜きじゃ済まにゃいぜ!」


「お、おおお落ち着けにゃ。バレにゃければ問題はにゃい。そうさ。大丈夫にゃ。こうすればいい」


 猫の一人が、腰の剣を抜いて笑う。それに、周りの猫たちもにたりと笑った。


「にゃるほど、そうか」


「そういえば俺たち、衛兵だったにゃ」


 猫の衛兵たちは腰に下げた剣を抜き、ボロ布のようになって身を丸める小娘に振り返る。



「……罪人を捕まえろ。晒し首にゃ」


「大罪人だにゃ。クロマさまもきっと今度はご褒美をくれるにゃ」


「ほら、立て。いつまでこんなモン被ってるつもりにゃんだ」


 もはや息も絶えだえなそれを掴み上げ、フードごとそのローブが剥ぎ取られる。いまだ未発達な、あどけない少女の痣だらけの肌が寒空に晒されると同時に、その髪から突き出た歪な角がぬらりと光る。


 獣人の持つそれとは色艶と形が根本的に違う。それはまさしく、魔族の角であった。

 

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