第78話
「にゃあ。ご宿泊ですね。かしこまりました。では、お部屋はいくつご用意致しましょう」
「……み、三つでいいんじゃない?」
「二つがいいです」
「いや、一つで良い」
しばらく歩き回った後にたどり着いた宿屋にて。俺がそういうと、三つの異なる視線が俺に突き刺さる。一つは驚きと羞恥に顔を赤らめ、一人は困惑にまゆをひそめ、一人は困ったように微笑んで首を傾げる。宿の部屋なんざ一つで十分だろうに、二人は何を言っているのか。
以前、ヴィヴィアンの宿の部屋を散らかした際に、片付けるのがどれだけ大変かという件でこっぴどく説教を受けた。
たとえ環境が違えど、宿屋の仕事は変わるまい。客はそれほど多くなかったとしても、こちらの都合でこの宿の主人の手間を増やすのは忍びない。聞いた話によると、どうやらこの札を見せればタダで利用できるというのは本当のようだが、それとこれとは話が別だ。
「えぇと、その……お部屋は、一つでよろしいですかにゃ?」
「あぁ」
「お部屋が一つとにゃりますと、ベッドは二つまでしかご用意出来ませんが……」
「構わない。が、出来る限り大きなものを頼む」
「にゃあ。かしこまりました」
「ちょ、ちょ、ちょっとギルバート!ひ、一つってどういうことよ。み、皆で、三人で同じ部屋に、ってこと!?」
「あぁ。そうだが?」
「……っ」
俺がそう言うと、エミリーはその顔を真っ赤にして言葉を詰まらせ、閉じない口から白い煙を立ち上らせる。こいつは一体何を困っているんだ。男と同じ部屋では眠れないとでも言うのだろうか。ぼうぼうと燃え上がる髪から忙しなく火花を散らすその様を横目に、リリアが俺の腕を抱く。
「ギルバートさま」
「なんだリリア。お前も不満なのか?いつも同じ部屋で寝てるだろう」
「別に、不満というわけでは……ないですけど……」
「い、いいいいつもっ!?同じ、部屋で!?」
「大声を出すなエミリー。他の客の迷惑になる」
「うっ……ぁ、うぅ……」
火を吹くエミリーの鼻先に指を立て、ようやく静かになったところで宿屋の猫に振り返る。宿屋の猫はにこにことした張り付くような笑顔をぎこちなく強張らせていたが、やがて小さな札つきの金属棒をすいと差し出した。
「ではこちら。お部屋の鍵ににゃります。二階の、一番奥の部屋ですにゃ。内側から戸に差し込めば、戸が開かにゃくなる仕組みですにゃ。ご出発の際には、返却をお願い致します。では、ごゆっくり」
「あぁ、ありがとう」
差し出されたそれを受け取り、それをそのままリリアに手渡す。
「俺は、ちょいと世話になった顔なじみに挨拶してくる。二人は、先に部屋で休んでいてくれ」
「ギルバートさま。それなら、私もご一緒に」
「いや。お前たち二人をそれぞれ一人にはしたくない。一緒に居てくれ。すぐ戻る。お前たち二人を連れて行くと、少しややこしいことになりそうなんだ」
俺がそう言うと、リリアとエミリーは顔を見合わせて神妙な表情を浮かべる。俺は少し身を屈め、二人の頭をぽんと撫でてやる。
「仲良くしていてくれ。くれぐれも、喧嘩なんてしないでくれよ?」
「はい……」
「わ、分かったわよ。……もう」
二人がどこか微妙な雰囲気を纏いながらも手を取り合い、部屋へ向かうのを見届けてから、俺は静かに踵を返す。そうして受付の猫の前を横切り、宿の外へ出ると同時に、ぎょっとする。宿の入口、そのすぐ近くの柱に、ガーランドが背を預けて佇んでいた。
「はぁい、ギルバート。探したわよん」
「ガーランド……お前、どうして」
「どうしたもこうしたもないわヨ。ベスティエラ出身の魔導師をナメないでよね。魂の色くらい、ちゃあんと見えてるんだから。で、その体は一体何なの?アンタの元々の体ってワケ?」
「あぁ。無事に、自分の肉体に戻ることが出来たんだ。色々あってな」
ガーランドは軽やかにその足を踏み出し、俺の隣に並び立ってため息をつく。
「ふぅん……良いワ。アタシ好みのいい男。いい男ってことは何となく分かってた気がしたけど、予想以上だわ。それにしてもアンタ、中々ヤるじゃなぁい。女の子二人も連れて宿に入るなんて。びっくりしちゃったワ。んもう、この色男ぉん。なんかチラっと見覚えのある顔が見えた気がしたけど」
「なりゆきというか、なんというか……まぁ、その、なんだ。ところで、エリザベスとアレクサンダーはどうした?」
「あぁ、アレクっちなら、地下の採掘場で色々お手伝いしてるワ。あの力で大活躍してるみたい」
「採掘場か。なるほど。あの力を活かすにはもってこいだな」
「エリーは……今頃は、もうぐっすりかしら。アンタがどっか行っちゃってる間もずっと怪我人とか病人の世話をしてたから、もうあの子はクタクタよ。この国の連中ってば、すごいのよ。怪我とか病気とかになっても、治るまでじっと我慢して治るのを待つっていうんだから。もう信じらんない。エリーも頑張ってくれたけど、まだまだ怪我人も病人も居るみたいネ」
「そうか……」
「それで、アンタの方こそ。ガストールの鎧はどこにやっちゃったワケ?まさか無くしたとかいうんじゃないでしょうね」
「あぁ、そのことなんだが。実は……」
と、言葉を繋げようとした俺の視界に、巨大な影がぬうっと割り込んでくる。俺とガーランドが見上げると、仮面に描かれた瞳がじっと俺を覗き込んだ。
「ここに居たか。随分と、探したぞ」




