第65話
「…………」
じりじりと、詰め寄ってくる猫の衛兵たち。その表情は皆一様に険しく、突き刺さる視線は痛いほどに冷ややか。上手く思考をまとめることも出来ず、舌も回らず、ただ呆然と立ち尽くす俺の脳裏に、少女の甲高い泣き声が木霊する。やがて、衛兵の一人が俺の肩を掴んだ。
「にゃあ。往来で子供をどつくとは、良いご身分だにゃ。騎士さま?」
「ふん、随分と上等にゃ鎧だにゃあ。足元がよく見えてにゃいんじゃにゃいか?うん?」
「これだからよそ者は……」
ため息混じりに俺を囲み、じろじろと俺の鎧を眺める猫たち。それぞれ腰に下げた剣に手をかけ、今にも突きつけてきそうな雰囲気だ。俺は両手を軽く上げ、抵抗の意思がないことを示しつつ後ずさる。
「ち、ちがう……俺は、何も」
「にゃあ!しらばっくれる気かあ?」
「子供が泣いてるんだぞ。見苦しい真似はよせ」
「おい、動くにゃ。座れ座れ。おい、押さえろ!」
俺の背後を抑えた猫が俺の足を蹴飛ばし、俺はよろけて膝をつく。その勢いのまま肩を抑え込まれ、二人がかりで両腕を羽交い締めにされてしまう。猫たちは俺よりも小柄で非力ではあるが、数人がかりで抑え込まれては流石に厳しいものがある。やがて俺は背を踏まれ、とうとう身動きが取れなくなった。
「は、離せ。誤解だ」
「黙れ黙れ!言い訳は聞かぬぞ」
「子供は国の宝ゆえ、にゃ。子供に怪我をさせたとあっちゃあ、たとえ高名な騎士さまであっても許すわけにはいかにゃいにゃあ」
猫たちは俺の体を踏んで押さえつけ、俺の顔を覗き込んでくる。
「いいかよく聞け、よそ者。お前さんに残された道は二つ。その身を以て罪を償うか、金を置いてこの街から出ていくか、好きな方を選びにゃ」
「……っ」
冗談じゃない。俺は仮にも、お前らの守護神に依頼されてここまで来たんだぞ。などと叫びたい気持ちに駆られるが、そんなことを口走ったところで一蹴されるだけ。言い訳に神の名を出されては、こいつらの機嫌を逆なでするだけかもしれない。
「(どうする……どうすればいい?)」
金を置いて行けと言われても、金目のものは持ち合わせていない。まずそれ以前に、街から追い出されるのは困る。かといって、罪人として過ごすなど以ての外。ええい、面倒だ。強引にでも振り払って逃げてしまおうか。いやダメだ。そんなことをすればいよいよ言い逃れが出来なくなる。正真正銘の罪人になってしまう。
ならば、どうすれば。何か、いい方法は。ない。ないぞ。今回ばかりは、何も思いつかない。
「どうした、黙りこくって。言い訳でも考えているにゃら、無駄だと言っておくぞ」
「ぐ……」
じろりと、猫の兵士を睨みつける。
「!」
その時、ふと視界の端に先程の少女が映り込む。先程の大泣きがまるで嘘だったかのようにけろりとした顔をして平然と立ち上がり、俺を一瞥して小さな舌を覗かせる。そうして、猫の衛兵からさりげなく何かを受け取って踵を返した。
「ま、待て!おい待て!お前、今何を受け取りやがった!?」
「うるさい黙れ!暴れるにゃ」
ごつんと、俺の頭が地面に叩きつけられる。その衝撃に意識が揺らぎ、再び顔を上げた時には、もうすでに少女はどこにも居なくなっていた。
「…………ッ」
やられた。罠だ。こいつら皆、腐ってやがる。俺は胸のうちに渦巻く苛立ちを噛み殺し、ただ拳を握りしめる。そんな俺を押さえつけて見下ろす猫たちがにたりと笑う。
「にゃふふ。いやあ、難民どもが流れ込んできてから、こうして悪さを働くよそ者が増えてにゃあ。仕事が多くて困るよにゃあ?」
「にゃあ。まったく、困ったものだにゃあ」
まるで困った様子もなく、つらつらと言葉を紡ぐ猫たち。やがて、そのうちの一人が俺の背を剣の先で叩く。鈍い音が響いた。
「よく響く。いい鋼だ。こいつは土人どもか、耳長どもの特注品じゃにゃいか?高く売れそうだにゃあ」
「まずは兜を脱がすか。よそ者の顔を拝んでやるとしよう」
その言葉に、ぎょっとする。まずい。それはまずい。今の俺には、顔などない。兜を奪われれば、気づかれる。俺がデュラハンであること。彷徨える鎧の化け物であることが、この場の全員に知れ渡る。俺は咄嗟に頭を振り動かし、兜に触れたその手を振り払う。
「ま、待て。分かった。俺が悪かった。この鎧は、俺の唯一の財産なんだ。頼む。この鎧だけは勘弁してくれないか」
「にゃあ~ん?」
「聞いたか?勘弁してくれってよ」
猫たちは顔を見合わせ、にたりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「にゃはは。確かに、騎士にとって鎧と剣は命の次に大切なものと聞く。それを奪ってやるのは、酷かもしれにゃいにゃあ?」
「にゃらばどうする。騎士さまよ。どうやら、既に剣は手放したものと見える。金ににゃりそうにゃものもにゃさそうだ。お前がその鎧を置いて街から出ていくにゃらそれで済む話だが……それが嫌となると……にゃあ?」
にやにやと、笑う猫たちが俺の顔を覗き込む。俺はその顔を殴り飛ばしてやりたい気持ちをぐっと堪え、ただ深くため息をつく。
「…………あぁ、分かった。罪を認めよう」
俺は、連中が待ち望むその言葉を、口にした。




