第59話
その光景を目の当たりにした俺は、思わず愕然としてしまう。
「……」
森を抜けた先に待っていたのは、変わり果てたク族の里。
無造作に崩された立派な門の残骸と、ちらちらと残火が覗く焦げ付いた家屋。瓦礫の山。そこらじゅうに残された血の跡。薄い煙の立ち込めるその場所に、俺はただ立ち尽くす。
「……そんな」
思い描いていた、最悪の景色。時既に、遅し。全ては手遅れ。膝を付きそうになるのをぐっと堪え、顔を伏せる。後悔と自責の念が空っぽの胸に渦巻いた。
もっと早く、来ていれば。いや、そんな事を考えてどうする。どうしろと言うのだ。
「ひどい有り様ね」
エリザベスがため息をつく。透き通る眼がちらりと俺を一瞥する。足元に群がる小人たちが小さな金属片を鳴らし始め、ガーランドがハッとして顔を上げた。
「隠れて。何か来たみたいよ」
ガーランドに促され、積み重なる瓦礫の影に身を隠す。俺が比較的大柄なこともあって少し狭苦しく、身を寄せてくるエリザベスが不服そうな顔で俺を睨むが、文句を言っている場合ではない。そうして息を潜めると、小人たちは互いに顔を見合わせて散り散りに駆けてゆく。
――コン、コン。
「!」
聞こえたその音に、はっとする。今の音。あの特徴的な、よく響く音。確かに、聞き覚えがある。まさか。そんなまさかと自らの耳を疑いながらそっと様子を伺うと、立ち込める煙を裂くようにして黒い針のようなものが瓦礫に突き刺さった。
「(……あれは)」
間違いない。あれは、霧の谷で見たもの。霧の獣の、あの針のような脚だ。しかし何故、ここにあれが出てくるんだ。と、脳裏に浮かんだその疑問はすぐに砕けて消える。
「ら、らら……ら~……」
歌声。よく通るその声と共に姿を現したそれは、下半身に蟲の胴体を縫い付けた少女。否、少女の形をした化け物。霧の獣のそれと同じ色と形の、しかし比べると半分以下の長さしかない針のような脚と、あちこち骨が剥き出しになったツギハギだらけの胴体。長さの違う腕。うごめく髪の毛。
ヒトのそれと似た上半身に、ヒトのそれとは違う下半身を持つ種族は話に聞いたことがある。だがあれは、明らかに歪。まるで、そういった種族を真似て肉を寄せ集めたかのような。吐き気を催す醜悪さが滲み出している。
「……」
ちらりと、俺の横からそれを覗くエリザベスとガーランドに目を向ける。二人はそれぞれ首を横に振った。どうやら、彼女は知り合いというわけではないらしい。だが、それが分かったから何だというのだ。
「ちょっとちょっと、何よアレ。あんなのが居るなんて聞いてないわよ」
「俺だって知らない。あんなやつは、見てないぞ」
「……エドと、同じ」
エリザベスが小さく呟いたその言葉に、ハッとして思い出す。あのどこか歪なシルエット、異なる生物を繋ぎ合わせたような、あの姿。言われてみれば、確かに。エドと呼ばれた彼の姿と、何か近いものを感じる気がする。
だとすると、あれは――――
「クソッ!あの役立たず、どこ行きやがった!」
「おい、いたぞ!あそこだ。ナナ!おい、ナナ!そこで何してる」
聞こえてくるその声に、ぎょっとして身構える。エリザベスはため息を付いて膝を抱き、俺はガーランドと顔を見合わせて瓦礫の向こうをそっと覗き込む。里の奥からやってきたのは、黒いローブを着込んだ怪しげな男たち。散歩しながら歌を楽しんでいた化け物は振り返ってその手を上げた。
「なな?は~い」
「はーいじゃねーよ。じっとしてろって言ったろ」
「無駄だ。どうせ何も分かっちゃいないさ。所詮は失敗作だ」
黒いローブの男たちはナナと呼んだ化け物を見上げ、肩をすくめる。化け物はきょとんとした様子で首を傾げ、その長い脚を折り曲げてにへらと笑う。やがて二人組の片方がその首に繋がれた鎖をぐいと引っ張った。
「ほら、こっちだ。こっちに来るんだよ」
「ん~?」
促されるまま、その鋭い脚を踏み出す化け物。
その爪先が地面に触れるたびに、聞き覚えのある足音が響く。
「……」
俺はガーランドと顔を見合わせ、身振りでエリザベスと共にここで待機するよう指示する。ガーランドが頷き、エリザベスがため息混じりに肩をすくめたのを確認し、俺は瓦礫の影から影へと移りながら化け物の後を追う。
「もっときびきび動けねえのかよ、こいつ……」
「う~」
「おい、足を止めるな!こっちだっつーの……くそ、ダメだな。すぐ他のことに気を取られちまう。まだ馴染んでないのか?先生に報告しないと……」
「やっぱ『出来たて』は使えねえよ。なんで俺たちがこんな役立たずの相手しなきゃならないんだよお。こんなやつ、適当に逃しちまえばいいじゃねえか。どうせ失敗作なんだからよお。ほら、あいつみたいに、元いたトコにさ。あいつ、名前なんていったっけ?ちょっと前に逃がした、あの、雑種の」
「知るかよ。グダグダ言ってないでお前も引っ張れ」
何やら愚痴らしき会話を繋げながら、焦げ付いた里を歩く二人組と化け物。その会話の意味はよく分からずとも、あいつらがこの惨状に関わっていることだけは分かる。ただそれだけで、すぐにでも怒鳴り込みたくなってくる。
「(……だが)」
堪えろ。ここは、ぐっと我慢しなければならない。
下手に騒ぎを起こせば、ここまで来てくれたガーランドやエリザベスに余計な手間を掛けさせてしまう。出来ることなら、それは避けておきたい。
まずは、様子を伺う。奴らの情報を、一つでも多く集めるのだ。




