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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第五章 魔王と猫の国 前編
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第58話


「ヒ~スロ~!」


「ヒ~スロ~!」


 掛け声と共に、雪原を駆ける小人。そのいくつもの小さな手に支えられた氷の台座の上、俺は眩い光の照り返しに目を細める。どうやら、この小人たちはガーランドが長い時間を掛けて餌付けした「友達」であるらしい。


 体は小さいが、こうしてみると中々に頼れる連中だ。


「もう手遅れかもしれないわね」


 エリザベスがその指を伸ばし、ふうと煌めく息を吹きかける。濁った水晶を撫で回すガーランドが続いてため息を付いた。


「そうねえ。もう夜の神サマが通り過ぎてしばらく経つわ。アンタがその、銀色の化け物に襲われたのが前の日暮れ頃だとしたら、ええ。そうね。ク族のオトコたちはとっても屈強なことで有名なんだケド……タイミングが悪すぎるワ。今のあの里に、戦えるオトコが何人居たか……」


「……そうか。そう、だよな」


 やはり、絶望的。あの化け物には、少なからず知性があった。何か目的を持って、あの里を訪れていたのだろう。俺との予期せぬ接触があったからといって、何もせずに去っていったとは考えにくい。


「(……せめて)」


 無事であってくれと。願うのは簡単だ。だが、考えれば考えるほどに、差し込んだ光は陰り、思考は重く暗く沈み込んでゆく。


「…………それより、ガーランド。まだ、繋がらないの?」


「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。さっきから試してるんだケド……おっかしーわねぇ。全然繋がらないのよ。留守なのかしらん」


 ガーランドの膝の上で光を放つ水晶はぼんやりと濁ったまま渦巻くばかりで、変化の兆しはない。


「ガーランド、そいつで一体、何をしてるんだ?」


「ぇ?あぁ、これのこと?これは、双子水晶っていう二つ一組の珍しい魔道具でね。この水晶に直接触ると、もう片方の水晶を触ってる相手と連絡を取り合うことが出来るの。アタシのこれはベルティエラに居た頃、ヴィヴィアンから借りたやつだから、もう片方はヴィヴィアンが持ってるはずなんだケド……」


「お互いに触れていないと駄目なのか?それなら、倉庫にでも仕舞っていたら分からないじゃないか」


「それなら心配ないワ。この水晶はどちらかに触るともう片方が強い魔力を放つの。近くにいれば、すぐにビビっときて気づくはずよ。ねえギルバート。ヴィヴィアンはおうちに居ると思う?」


「あ、あぁ。いるはずだ。あいつはそもそも、住処から離れたりはしない。もし万が一留守だったとしても、住処にはあいつの子供たちがいるはずだ。代理なり、何なり、反応は帰ってくると思うが」


「そうよねぇ。ひょっとしたら、勇者の相手でもしてるのかしら」


「……まさかそれ、壊れてたりしないだろうな?ひび割れてるとか……」


「そんなワケないでしょお!?この水晶めちゃめちゃ高いのよ!確かにずっと放ったらかしだったケド、壊れてなんかないわよ。ホラ見てピッカピカ!」


「わ、悪かったよ」


「ちょっと。狭いんだから騒がないで」


 台座の大きさは、三人がどうにか並んで座れる程度。俺とガーランドに挟まれる形で座るエリザベスが苛立たしげにため息をつく。そうこうしているうちに、ガーランドの水晶に変化が現れた。


「あ、ホラ繋がったわ。繋がったわよ!やっぱり壊れてなんか無かったワ」


 どこか自慢げに差し出されるそれを、エリザベスと並んで覗き込む。水晶の中に渦巻くもやがうねり蠢いてその形を変え、やがて透き通ってゆく。その向こうにひょっこりと現れたヴィヴィアンが、にこりと笑ってその手を振った。


『は~いどうも~……どちらさまで?』


「ヴィヴィアン!アタシよアタシ、ガーランドよ!久しぶりぃ~!」


『あ~……あぁ、ガーランドさん、ですか。どうも、お久しぶりです。相変わらず、お元気そうで』


 見慣れたその顔、その声に、思わず安堵の息を吐く。ヴィヴィアンは水晶の向こうでちらりと何かの様子を伺う素振りを見せ、そしてまたこちらに目を向ける。


『それで、私に何か御用ですか?ちょっと、今、立て込んでるんですけど……』


「あ、あぁごめんなさいネ。今アタシ、クイール地方に居るんだケド……えぇと、なんて言ったらいいの?その、ギルバートっていう――――」


『ギルバートさんがそちらに居るんですか!?』


 水晶から響く大声。その食いつきぶりに、思わずぎょっとする。


「そ、そうなのよ。なんか色々あったみたいなんだケド、こっちに来ちゃったみたいで……」


 ガーランドはちらりと俺の顔を見やり、水晶を回して俺の顔が中央に映るように傾ける。軽く手を振って見せると、ヴィヴィアンは驚いたように目を見開き、次の瞬間にはパッと晴れやかな笑顔を咲かせていた。


「よう、ヴィヴィアン。聞こえるか?」


『ギルバートさん……良かった。皆、心配してたんですよ』


「あぁ、心配かけてすまなかった。ひとまず、俺は……無事、とも言い難いが、まあ大丈夫だ。それで、その……リリアは?」


 ヴィヴィアンはちらりと顔を上げ、その眼を細めて肩をすくめる。


『……ぐっすり寝ちゃってますね。起こしましょうか』


「いや、いい。寝かせておいてあげてくれ。とにかく、そっちに帰るのはもうしばらく後になりそうだ。よろしく、伝えておいてくれないか」


『はい、わかりました。ですが、ギルバートさんの居場所がわかった以上、私もじっとしているわけにはいきませんね。私なりに、出来ることを探してみましょう。リリアさんが目覚めたら、すぐにでもそちらに向かわせます』


「あ、あぁ、それなら、ここの詳しい場所……なあガーランド。ここは、そのクイール地方とやらのどの辺りだ?」


「ええ?えっと……この辺は……」


「……クイール地方のククル鉱山。そこにあるク族の里よ。もうじき着くわ」


『…………なるほど。分かりました。では後ほど』


 ヴィヴィアンはにこりと笑って俺を見つめ、小さく手を振る。同時にその姿は霞んでもやとなり、やがて透き通る水晶は再び白く濁った。


「良かったわね、ギルバート!力を貸してくれるって」


「あぁ、良かった……やっぱりあいつは、頼りになるな……」


 背もたれに身を預け、安堵のため息をつく。あいつが力を貸してくれるなら、百人力である。と、一息付いたところで、俺はハッとして顔を上げる。



「…………どうやら、喜んでいる場合じゃなさそうね」


 

 徐々に見えてくる、雪原の果て。その森の向こうから、いくつもの煙が上がっていた。

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