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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第四章 魔王と雪原
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第47話



「大丈夫、ですか~……?もう、すぐそこですよ~」


「あ、あぁ……」


 腹のあたりまで雪に飲み込まれた体を強引に押し進めつつ、懸命に雪を掻き分ける。


「っ」


 しかし、分けても分けても新たな雪が伸し掛かってくるばかりで、全くと言っていいほど身動きが取れない。足が動かない。前に進めない。長い時間を掛けて降り積もり、冷えて固まったそれは俺の足をぎっちりと掴んで離さない。思わず息が漏れた。


「(くそっ……鬱陶しい)」 


 誤算だった。まさか、雪というものがこれほど厄介なものだったとは。


 なにせ、重い。硬い。終わりがない。この体のおかげで疲労は感じないが、それでも力を振り絞らないと一歩を踏み出すことも出来ない。それでいて、進めば進むほど俺の体はズブズブと白い地獄に飲み込まれていく。これじゃあまるで、泥沼。底なしの沼。寒さも冷たさも感じないことだけが救いか。まったく、厄介なところに足を踏み入れてしまったものだ。


「その格好じゃ、動きにくくないですか~……?」


「あぁ、そう……そうだな……」


「やっぱり、遠回りしてちゃんとした道を通るべきでしたね~……ごめんなさぁい……」


「いや、近道を頼んだのは俺だ。気にしなくていい」


 小高い雪の上に立ち、悪戦苦闘する俺を覗き込むモニカ。あんなに大きな荷物を背負っているのに、どうしてこの雪の上に平然と立っていられるんだ。


 体重の差か?この鎧は俺が思うよりずっと重く、彼女の荷物は軽いのか?


 どちらにせよ、これ以上無様な姿は見せられない。見せたくない。魔王たるこの俺がこのザマでは、とんだ笑いものだ。子供に手を引いてもらうなど考えたくもないが、この雪というものは想像以上に手強い。このままではいつまで経っても進めない。意地を張っている場合ではないのだ。俺はくっと顔を上げた。


「……すまない、モニカ。手を貸してくれないか」


「はぁ~い」


 モニカは手慣れた様子で縄を取り出し、太い木の枝に括り付けたそれを俺の手元にぽいと投げ込んでくる。ぴんと張り詰めたそれを掴んで引っ張ると、俺の体は拍子抜けするほどあっさりと雪の沼から抜け出した。


「……お、おお……」

 

「そのへんはまだふかふかなので、こっち、です~。もう、里はすぐそこですよ~」


 モニカはそう言いながら流れるように縄を回収して鞄に詰め込み、すいすいと滑るように俺の先を歩いてゆく。恐らくはあの靴、あの板のようなものに工夫が施されているのだろう。俺には理解の及ばないような、何かが。


 ひとまず言われたとおりに足を踏み出してみると、なるほど確かにこっちはしっかりと雪が固まっている。ひと目見ただけでは、中々判別がつかないな。これは。慣れるまでは時間が掛かりそうだ。


「!」


 そうして硬い雪を踏みながら丘の上に立つと、見覚えのある景色が俺を出迎える。


 そこだけ雪が溶けて自然の色を覗かせている川辺と、ごつごつとした岩場に、木と骨で作られた門。あれはまさしく、アクィラ神が見せてくれた集落の入り口。犬の獣人、ク族と呼ばれる者たちが住まう里であろう。ようやく辿り着いたその景色に、俺は思わずため息をつく。


「見ろ、モニカだ」


「モニカが帰ってきたぞ!」


 門の近くに居たク族の男たちがハッとして声を上げたかと思うと、数人が里の中へ駆け込み、すぐに里の中からふくよかな獣人の女性が出てきてこちらに駆け寄ってくる。モニカが手を振った。


「ベルさ~ん」


「モニカ!また一人で帰ってきちゃったのかい」


 ベルさんと呼ばれたその女性はため息混じりにモニカを抱きしめ、その柔らかな髪を撫で回す。ふかふかとした淡い亜麻色の毛並みが綺麗な、犬の獣人。優しそうな女性だ。


「えへへ、またはぐれちゃいました~」


「あぁ、よしよし。怪我はないかい?ゴロンに襲われたりしなかったかい?全くもう、だからはぐれないようにってあれほど言ったのに」


「ごめんなさ~い……」


 柔らかな抱擁。ふと、ふっくらとした頬に埋もれそうな眼がこちらに向く。その顔が少し歪んだ。


「……あ、あんたは。旅人さん、かい?」


「あ、あぁ。どうも」


「このひとが助けてくれたんです~。優しいひとですよ~」


「そうかい。ありがとうよ、旅人さん。この子ってば、危なっかしくてねえ。そうだ、良ければ何かお礼をさせておくれよ。今は色々と立て込んでて、あまりもてなしも出来ないけどサ。軽い食事と、そうさね、ベッドくらいは貸すよ。それと、風呂もね」


 その優しげな微笑みに、ほっとする。俺は兜を掻いた。


「あ、ありがとうございます。けど、助けてもらったのは、むしろ俺のほうです。何か、力になれることがあれば……」


「そう、そうねえ……力に……うぅん……」


 柔らかな表情が、少し寂しげに曇る。その小さな眼がちらりと里のほうに向いた。



「……今は、里がぴりぴりしていてね。ひとまず、うちに来ておくれ」

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