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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第四章 魔王と雪原
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第46話



「おい、大丈夫か。しっかりしろ」


「ん……」


 抱き上げたそれを氷の塊に座らせ、その顔や髪にかかる雪を払ってやる。


 見るからに柔らかな、もこもことした白金の髪と、大きくねじれて渦を巻く立派な巻き角。何枚も重ねた白い毛皮の外套と、靴底に板を括った奇妙なブーツ。何よりも目を引くのが、俺の身の丈の半分ほどもある巨大な背負い鞄。やがて少女は、その目を擦って俺をぼうっと見上げた。


「ぁ…………」


 伏し目がちなタレ目と、ふっくらとした頬。その柔らかな髪色も相まって、あどけなくもふんわりとした柔和な雰囲気を纏う可愛らしい子だ。


「怪我はないか?」


 膝をついてそう尋ねると、少女はどこかぼんやりと周囲を見渡し、背負った巨大な鞄をずいと差し出してくる。閉まりきっていないその鞄の隙間からは、綺羅びやかな宝石や金塊がその輝きを覗かせていた。


「全財産、です~」


 ぽつりと溢れたその言葉に、はっとする。


 そうか、今の俺はただでさえ威圧的な黒の甲冑姿。この体格では、面として向き合うだけでも子供を怖がらせるには十分である。気がついたらいきなり目の前にこんな大男が居たとなれば、咄嗟に命乞いをしてしまうのも無理はない。俺は慌てて首を横に振った。


「い、いや。いらない。そういうつもりじゃ……」


「ご奉仕、ですか~……?うぅ……」


「脱ぐな脱ぐな。寒いだろう」


 分厚い毛皮の上着を脱ごうとする少女を制止しつつ、ため息をつく。一面の銀世界にその柔肌を晒そうとした少女もまたふうと息を吐き、いそいそと上着を着込み直してゆく。その表情はどこかぼんやりとして感情が読み取れず、特に恥じらうような様子もない。俺は肩をすくめた。


「俺が言うことでもないかもしれないが、あまり女の子が軽々しく肌を見せようとしないほうがいい。一体何をされるか、わかったものではないぞ」


「……ありがとう、ございます~……」


 少女はゆったりと息を吐きながら俺を見上げ、くふふと笑ったかと思うと、伏せた眼の片方をちらりと覗かせる。果てしない空を薄めたような、淡い水色。その静かな美しい瞳に、俺は兜を掻いた。


 何やら調子が狂う。気の抜けるような、不思議な気分だ。


「それで、君は一体どうしてあんなところに埋まっていたんだ?気を失っていたようだが……記憶はあるか?」


「ええっと~……」


 少女は手袋に包まれた指先で頬を捏ね、ほうと息を吐いて首を傾げる。


「わたし、この雪原の向こうに住む魔法使いさんに会いに行く途中で、一緒に居た皆とはぐれちゃって……うろうろしていたら、ゴロンが暴れてるところに出くわしちゃって……逃げようとしたら、雪の塊がこっちに……」


 ゴロンというのは、さっきの獣か。

 どうやら、俺があいつとじゃれている間に巻き込んでしまっていたようだ。


 あいつを刺激した覚えはないが、暴れさせたのは俺だ。標的がこの子に向かなくてよかった。


「そうか。それは、まあ、災難だったな……怪我がなくてよかった」


「死んじゃうかと思いました~……」


 互いに息を吐き、ゆったりとした静寂に身を委ねてしまいそうになる。だが、ぼうっとしている暇はない。この子はようやく見つけた現地人。つまりはこの地方の勝手を知る人物。今の俺にとって、これほど頼りになる存在はいない。


 どこか気の抜けたような、のんびりとした危なっかしい少女のようだが、それでも一人で居るよりはずっと心強い。


 聞きたいことは色々とあるが、まずは――――


「……おにぃさんは、ここで何をしてるんですか……?」


 甘みのあるその声に、吐き出そうとした言葉を喉奥に引っ込める。


「あぁ。実は、道に迷ってしまってな。困っていたところなんだ。獣人の里に用があるんだが……」


「どこの、ですか?」


「……どこ、だったかな。いかん、ど忘れが」


 どこの、だと?予期せぬ答えに、一瞬思考が凍りつく。

 獣人の集落はいくつかあるのか?そんな話は聞いていない。だが、目指すべき場所は分かっている。


「犬……そう、犬の獣人が居るところだ。名前は、なんていったかな。えぇっと、確か……」


「……ク族、ですか?」


「…………あぁ、どうだったかな。すまない。俺は南の出身でな。こっちの地方には、あまり詳しくないんだ。ここから、そう遠くない場所のはずなんだが」


「それなら、やっぱりク族の里です。わたしも、これからク族の里に帰ろうかなぁって、思ってたんですよ~」


「そうか。それなら、ちょうどいい。案内してくれないか」


「はいっ!もちろんです~」


 にぱと柔らかな笑顔を浮かべ、大きな手袋に包まれた両手を合わせる少女。柔和な顔つきには、やはり笑顔がよく映える。愛らしく晴れやかなその笑顔につられてくっと笑いつつ、俺は地面に膝をついて手を差し伸べる。


「……俺はギルバート。名前を聞いても、いいかい?」


「わたし、モニカっていいます~。わぁ、おっきな手……」


 ふかふかとしたその手を握り、俺はそっと立ち上がった。

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