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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第三章 魔王と死神の丘
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第38話



「…………?」


 眼前にもやもやと渦を巻く、猫だったもの。その中から金の指輪や宝石入りの腕輪をいくつも身に着けた褐色肌の手が伸びて俺の顔を撫で、何かを確かめるようにその指を滑らせる。


「どうした。石竜子(とかげ)は嫌いか……?そら、食ってみろ」


 その指先が小さなトカゲの黒焼きをそっと掴み上げ、ずいと差し出す。半ば無理やり口の中に押し込まれたそれを噛むと同時に溢れ出す苦味と、その裏に顔を出す肉汁の旨味。口いっぱいに頬張り、どうにか飲み込むと、胸の奥で熱い何かが爆ぜる。煮え滾るような力が溢れて脈打ち、全身に行き渡る。熱い。暑い。頭がおかしくなりそうだ。


「……っ」


「く、くく。ハズレ(・・・)か。運の良い男よ」

 

 楽しげに笑いながら、俺の頬を撫でる褐色の手。俺は上手く言葉を紡ぐことが出来ず、ただ短く息を吐く。


「…………そら。顔をあげよ」


 ぱちんと意識に響き渡るその音に、はっとする。白い石造りの通路に膝をつき、俺の顎をくっと持ち上げる褐色肌の美女。見るからに豪奢な金と宝石の装飾品に身を包み、黒く艶やかな毛皮の外套を羽織ったその人は静かに金色の眼を細め、大きな三角形の耳をぴくと動かす。視界の端に黒い尻尾が揺れた。


「よし。ようやく目が合ったな。私の名はヴァレム。お前、自分の名は覚えているか?」


 俺の頭をぽんと撫で、くっと笑う美女。もとい、猫の女神ヴァレム。その名は聞いたことがある。富と名誉を司る魔神にして、獣人の母。気がつけば、熱く燃えるような体は落ち着き、どこか霞がかったような意識はすっきりと冴え渡っていた。


「ギルバート、です」


「そうか。ギルバート。お前は一体どうしてこんなところにいるんだ……?ここは神々の庭。お前のような者が立ち入ってよい場所ではないぞ……?」


 たしなめるような、しかしどこか優しいその声色に、俺はぎくりとしてしまう。


「ふふ……そう身構えるな。冗談だ。あぁ、分かっているとも。何かの弾みに迷い込んでしまったのだろう?まれにだが、この庭は地上の門と繋がってしまうことがあってな……ヒトの子や地上の獣が迷い込むことがあるんだ」


「…………えっと」


 ここに来た経緯。それをはっと思い出し、息を呑む。俺は一体ここで何をしているんだ。何かのはずみに迷い込んだ?いや、違う。確か俺は、ララ神に連れられて――。


「大抵はすぐに心を壊して、スープの具にでもされてしまうのだがな……」


 そう言って、ヴァレム神は俺の頬を撫でる。やがて彼女は、にんまりと笑った。


「お前は運がいい。体も丈夫で、力もあるようだ。うむ。うむうむ……。そうだな。もしお前が望むなら……地上に送り返してやってもよいぞ?もちろん、ただでとは言わぬがな」


「ほ、本当……ですか?俺を、地上に?」


「あぁ、いいとも。私の頼みを聞いてくれるなら、すぐにでもな」


 ちろりと、俺を試すような眼で俺を見るヴァレム神。魔神からの頼み事。俺は浅く息を吐いた。


「……頼み、ですか」


「近頃、地上に住まう私の子らが謎の病に苦しんでいるようでな。どうにかしてやりたいのだが、私にはどうしようもない。手を貸してやってくれないか」


 ヴァレム神の眷属と言うと、獣人たちか。奴らが、謎の病に苦しんでいる。出来ることなら、関わりたくはない。どうにかしてくれと言われても、難しい。だが、ここは多くの魔神が集まる神々の庭。あまり長居していては、俺の身が持たない。恐らく、自力でここを脱出するのは不可能であろう。


 ララ神もどこかへ行ってしまったようだし、この機を逃せば次はないかもしれない。そもそも、ララ神が俺を地上に帰してくれる保証などないのだ。迷っている余裕など、ない。


「やります。やらせてください」


 俺が真っ直ぐにその眼を見つめてそう言うと、ヴァレム神はにぃっと笑った。


「よし、いい子だ。そう言うと思っていたぞ。おい、アクィラ!ちょっとこっちへ来てくれないか」

 

 ヴァレム神が振り返って声を上げると、噴水の近くで膝を抱いていた透き通る体の女神がびくっとその身を震わせ、水たまりとなって姿を消す。同時に、俺の足元の白い石材から水が湧き出し、やがて出来上がった水たまりがちゃぷんと揺れたかと思うと、その中からおずおずと半透明な少女が顔を出した。


 魔神アクィラ。

 川と繁栄を司る魔神にして、大地を潤す泉の女神。かつてこの地に水をもたらした水神三姉妹の三女である。


「……?」


「こいつを地上に帰してやってほしいんだ。門を繋げてやるのは面倒だが……お前なら、強引に押し流せるだろう。どこか適当な水たまりにでも吐き出してやってくれ」


「…………ぅ……」


 アクィラ神は水たまりから顔の半分だけを出した状態で俺を見やり、その透き通る瞳に輝く涙を浮かべてちゃぷんとその中に消える。同時にその水たまりから美しく煌めく水柱が上がり、巨大な水の龍となって虚空に弧を描いて降り注ぐ。思わず頬が引きつった。


「頼んだぞ。ギルバート」


 その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。

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