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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第三章 魔王と死神の丘
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第35話




「また、お前か」


 ラ=ミはじろりと俺を見つめて息を吐き、獣の背から飛び降りる。

 その表情は見るからにくたびれた様子で、その体にはいくつもの生傷と土汚れ。よく見れば相棒の獣も足に傷を負っており、全身が薄汚れている。あの時別れてからずっと狩りを続けていたのであろう。


「……」


 リリアがぎゅっと俺の腕を抱く。

 ちらりと目を向けてみれば、周りはすっかりバラフム神の娘たちに取り囲まれている。しかし、木陰や草の藪から顔を出した彼女たちは、皆一様に戸惑いの表情を浮かべている。やがて、ラ=ミが杖を付いてすたすたと歩み寄ってきた。


「しばらくぶりだな。会えて良かっ――」


「呪いを受けたのか」


 有無を言わさず喉元に突きつけられる杖。骨兜越しの瞳が、ぎらりと光る。俺の腕を抱いて身を強張らせるリリアをさりげなく背後に押しやりつつ、突きつけられたそれをまっすぐに見つめ返す。


「待て待て。そうじゃない。バラフム神から言伝を預かってきたんだ」


「……言伝、だと?」


「あぁ。ヘル神の封印は無事に済んだ。そのことを君たちに伝えてほしいと頼まれてな。この首飾りは、バラフム神から直接預かったものだ。こいつが証明になるだろう」


 俺はバラフム神の首飾りをそっと外してラ=ミに手渡し、ふうと息を吐く。ラ=ミとその仲間たちは一斉にそれを囲んで顔を見合わせ、互いに手渡し合ったり、匂いを嗅いだりしながら俺を一瞥する。そう安々と信用してはくれないか。


「……まあ、そういうわけだ。確かに伝えたぞ。それじゃ――」


「待て」


 気まずい沈黙に踵を返そうとしたその時、ふと呼び止められる。振り返ると、バラフム神の首飾りをぐいと押し返された。


「……おいおい、偽物だとか言うんじゃないだろうな。本人から預かったものだぞ」


「偽物ではない。それは確かに、我らが父のもの。ラ=ミが持つべきものではない。それは、お前に預けられたもの。お前が持っていろ。絶対に手放すな。我らが父が再びお前に触れた時、それは我らが父のものとなる」


 半ば強引に握らされたそれを手に、やれやれと肩をすくめる。つまりは、ラ=ミに渡すのではなく直接バラフム神に返せと。もう一度顔を合わせるその時まで、肌身離さず持ち歩けと。そういうことなのだろう。


 それにしても、体が重い。何もしていないのに、自然と息が切れる。魔神の瘴気に当てられたか。一眠りして治ればいいが……。


「呪いは」


 ふと、ラ=ミが言葉を零す。俺はハッとして顔を上げた。


「あ、あぁ。ガリアのことか。それなら心配はいらない。こっちも無事に済んだ」


「そうか」


 ラ=ミはそうとだけ言ってふいと顔を逸らし、仲間たちと顔を見合わせる。ラ=ミの配下のようにも見える彼女たちはしきりに手と指を動かし、互いに頷く。始めてみた時も同じようなことをしていたが、あれは恐らく言葉を用いない会話の手段。彼女たちはああして意思疎通をしているのだろう。


「っと、そうだ。ラ=ミ、ちょっといいか」


「なんだ」


 ラ=ミはじろりと俺を見る。俺は軽く咳払いをした。


「気づいてはいるだろうが、ついさっきここに獣人が居たんだ。数は、三人。同じ作りの鎧を着ていたから、恐らく「はぐれ」じゃあない。少し話を聞いたが、どうやら黒い服を着た連中を探しているようだった。何か、心当たりはないか?」


「……」


 骨兜越しに光る眼。やがて、その口からため息がこぼれ出る。


「毛深人。奴らは、獣飼いを追っている」


「獣飼いだと?それは一体なんだ」


「ラ=ミは、獣狩りだ。獣を狩るのが仕事だ。獣飼いは、獣を飼う。ラ=ミの狩りの邪魔をする。逃げ足が早い。捕まえるのは、難しい」


「そいつらは、黒い服を着ているのか?」

 

 ラ=ミはこくりと頷いた。


「獣飼いは「よるのいきもの」を育てている。ラ=ミはそれを見たことがある。とても大きな、黒いもの。獣を喰らう獣。ラ=ミは、狩れなかった。生まれて初めて、獣を逃した。我らが父は、許してくれた。ラ=ミはまだ、許していない」


 そう言ってラ=ミは俯き、深い深いため息をつく。周りの子らも、どこか暗く落ち込むような表情を浮かべて指を絡め、互いの肩を突きあう。俺はリリアと顔を見合わせ、その肩を抱いた。


「……そいつらは、この近くにいるのか?」


「分からない。獣飼いはどこからでも出て来る。匂いもすぐに消える。ラ=ミは、深追いはしない。するなと言われた。毛深人は、しようとしている。どうでもいいこと。ラ=ミには関係ないことだ」


 どこかぶっきらぼうにそう言ったラ=ミは俺とリリアに背を向け、獣の背に飛び乗る。


「獣の匂いはしない。ラ=ミの仕事は終わりだ。ラ=ミは帰る。お前も、帰れ」


「あぁ、そうさせてもらうよ。それじゃあな。行くぞリリア」


「はい。ギルバートさま」


 森の暗闇に消えるラ=ミとバラフム神の娘たち。音もなく遠ざかるその影を尻目に踵を返し、大地を踏みしめて羽ばたく相棒の背に飛び乗る。何度か羽ばたいて舞い上がり、木々の合間を抜けて夜空に飛び込むと、途端に疲れが押し寄せてくる。


 無事に仕事を終えた達成感と、騒ぎが片付いた安堵感に、ほっとため息をつく。



「あー……疲れた。リリア、俺は少し横になる。ヴィヴィアンの宿に着いたら起こしてくれ」



 俺はリリアの背に倒れ伏し、その柔らかな毛に顔を埋めた。



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