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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第三章 魔王と死神の丘
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第29話



 それは、手のひらに収まるほど小さな木彫りの人形。その胴体に十三という数字が描かれている以外には、これといって細かい彫り込みもない質素な木偶。ほんのりと温かいそれを目の前にぶら下げ、目を細める。リリアがぱっと手を合わせた。


「わぁ、かわいいです」


「……そうか?」


「かわいいですよう。小さくて、ころっとしてて……」


「か、かわいいよね。うん。わか、わかるよ。あたしも、結構気に入ってて」


 えへへと笑い合う二人を横目に、俺はそれを指先に弄ぶ。


「……身代わり人形、と言ったな。呪具なのか?これは」


「そ、そうなの。あのね。それね、対魔術魔導人形の十三番『メリッタ』。これ、すごいの。すごいんだよ。この人形はね、どんな魔術も呪いも大怪我も一度だけ代わりに受けてくれるの。持ってるだけでも使えるんだけど、えっとね。血を垂らすと――」


「あ、あぁ……」


「ぁ、ごめ、ん……私ってば、つい……ふふへ…」


 はっとして口を押さえ、ぎこちなく笑うエレオノールに小さな人形を返す。それほど上等な呪具には見えないが、こういった道具を見た目で判断するのは良くないな。知識のない者が一見してすぐにその価値が分かるほど、魔術は単純なものではない。


「じゃ、じゃあ、とりあえず、こっちの部屋来て。す、すぐ終わるから」


「分かった。リリアはここで茶菓子でも食べて待っていてくれ」


「は、はい……」


 少し寂しげに俺を見るリリアを撫でてやり、エレオノールの後に続いて隣の部屋に入ると、そこは二つの寝台といくつもの燭台が並ぶ怪しげな儀式部屋。エレオノールは机や壁に指を走らせて掴んだ杖を翻し、ピエールが運んできた燭台に青白い火を灯す。部屋のあちこちに置かれた燭台から燭台へと火が灯り、部屋の中は青白い光に満たされた。


「そ、その子、そっち……」


 促されるままガリアを寝台の片方に寝かせ、もう片方には小さな人形が横たわる。エレオノールは楽しげに微笑みながらいくつかの小瓶の中身を飲み干し、ふうと息を吐いた。


「それじゃ、始めるね。といっても、すぐ終わるんだけど……ご、ごめんね。ちょっと、ちくってするよ」


 エレオノールはピエールの手から長い針を受け取ると、ガリアの柔らかな首筋をそっと刺す。その先端にぷくりと血の球を浮かべたその針は、続いて小さな人形の心臓あたりを刺し貫く。すると人形は光と共に大きく膨らみ、俺たちが見ている前で一人の少女へとその姿を変える。


 ガリアとそっくりな可愛らしい顔と、同じ形をした角と尻尾。だがその色は真っ白で、さらりと流れる髪は柔らかな金色。一糸まとわぬその体にピエールがさっと布を被せた。


「はい、成功……これでこの子は、メリッタは、その子の身代わり人形になった……。その子に掛けられた魔法が発動する時、メリッタはそれを代わりに受けてくれる……はず」


「具体的には、どうなる?」


「えっと、えっと、しばらくすれば、その子は目を覚ますと、思う。うん。それで、同時にメリッタが不死者として目覚める……のかな?うん。でもメリッタはその子と同じ姿をしてるだけの人形だから、不死者になっても、平気……これで、大丈夫。だよ」


「そうか、分かった」


 俺はふうと息を吐いて首を鳴らし、エレオノールをそっと抱きしめる。リリアとは違うふかふかとしたその体が凍ったように強張り、声にならない悲鳴が俺の耳を掠めた。


「……ありがとう。エレオノール。おかげで助かった」


「あっ……ぁ……」


「何かあったら、またよろしく頼む」


 真っ赤に染まるその耳元に囁き、ぱっと手を離す。途端に腰を抜かして崩れ落ち、そのまま倒れ込むエレオノールを横目に、くくっと笑いを堪えるピエールの肩を叩く。


「後でまた来る。それまで、その子……ガリアをここに置いてやってくれないか」


「かしこまりました」


「エレオノールにもよろしく言っておいてくれ。っと、そうそう、聞いておきたいことがあった。死神様について何か知らないか?」


「と、言いますと?」


「居場所だ。彼女は今どこにいるんだ?せっかくなら、挨拶でもと思ってな」


 俺がそう言うと、ピエールはその眼を細めて指を絡める。


「死神様であれば、もうじきお目覚めになると思いますヨ。お客様」


「……何?」


「ご挨拶であれば、この屋敷を出てすぐの所に地下墳墓への入り口がございます。道なりに進んだ最奥が、死神様を祀る祭壇ですので……そこでお祈りなどして頂ければ。今ならちょうど、お言葉を返して頂けるやもしれません」


「ちょっと待て。それは――」


「――ギルバートさまぁっ!!」


 俺の言葉を遮るように、ドアを開けたリリアが俺の胸に飛び込んでくる。咄嗟に抱きとめると、その肩の震えが指先から伝わってくる。俺を見上げたその表情は、恐怖に歪んでいた。


「ど、どうした」


「う、うう動きました。大きな、大きな力が。どんどん大きくなってます」


 リリアがそう言うとほぼ同時に、屋敷の外がわっと騒がしくなる。陽気な歌声や、賑やかな笑い声ではなく、歓喜に湧き上がる雄叫びのような声が、地鳴りのように響き渡る。燭台の火が揺れ動き、窓が震え、俺にも分かるほどの大きな力が足元からびりびりと伝わってくる。ピエールが手を広げてケタケタと笑った。


「どうやらお目覚めになられたようだ。ベッキー!ベティ!」


 すらりと長いその指が、高らかに音を鳴らす。それと同時に、双子のメイドがドアを開け放つ。その手には、ぼんやりと淡く光る縄と手枷が握られていた。


「……お客様をご案内しろ。丁重にな」


「二名様、ごあんな~い」

「二名様、ごあんなーい」


 身構える間もなく、燭台の火が吹き消された。


 

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