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魔王のすゝめ  作者: ぷにこ
第六章 魔王といにしえの森
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第100話


「……っ」


 自らが発したその言葉に、血の気が引いてゆく。


 何を、言ってるんだ。何を、しているんだ。俺は。相手は魔神だぞ。今までのような勇者や、理性無き獣の類ではない。それらとは、文字通りの格が違う。創世の神。魔神二十二柱の一柱だ。そんなものを相手に、何をしようというのか。何が出来るというのか。


「(……だが)」


 この状況は、何かがおかしい。おかしいだろう。どう考えても。


 エルフは、遥か古よりこの森の木々と共に過ごす森の民。エルリム神の庇護下にある種族のはず。古くから森に生きる種族であれば、ムシュルム神のことは知っていたはず。その付き合い方も、言い伝えられていたはずなのに。それなのに何故、こんなことに。どうしてこんなところに、魔神がいるんだ。一体、何が――――


「!」


 ふと、ムシュルム神が動きを見せる。伸び縮みするその腕が少女をぐんと振り回し、こちらに向かって放り投げた。


「っ」


 パリパリと音を立てて尾を引く細い稲妻。弧を描く華奢な体。俺は咄嗟に地を蹴って両手を伸ばし、少女を抱きとめる。柔らかなその体に触れると同時にばちりと稲妻が迸り、指先から肩へと痛みが突き抜ける。味わったことのないその痺れるような痛みに、思わず膝から崩れ落ちる。


「ッ……おい、大丈夫か?お嬢ちゃ――――」


「だめ……目を離しちゃ……」


 か弱くも確かに紡がれたその言葉に、ハッとして顔を上げる。いない。ほんの数秒前までそこに居たはずのムシュルム神が、忽然と姿を消している。すぐさま振り返り、辺りを見やるも、先ほどとは比べ物にならないほど濃い胞子の霧が景色そのものを覆い隠している。押し寄せては来ないものの、ゆっくりと、しかし確実に、その濃度を増している。


「……」


 まずい。完全に見失った。どこへ行ったかも分からず、どこから襲われるかも分からない。俺は探知が得意ではない。ましてやこの状況。相手は魔神の一柱。思わず、頬に冷や汗が伝う。息が切れる。このままでは――――


「……落ち着いたほうが、いい」


 腕に抱きかかえた少女が、ぽつりと呟く。目が回りそうになるのを堪え、目だけで返事を返すと、少女は魔神を相手にしているとは思えないほど落ち着いた様子でふうと息を吐く。やがて身を起こした彼女は、地面に散らばったグランの花をかき集めた。


「だい、じょぶ……きのこさまは、乱暴な神さまじゃない。から」


「……君がそれを言うのか。思いっきり掴み上げられていたじゃないか」


「違う。あれは、この花にびっくりしただけなの。掴んだのは、私がこの森の子かどうかを見てただけなの。私を傷つける気なんか、なかった。きのこさまは、きらいなものがいっぱい、あるから……いつもはベッドから出てこないの。ほんとは、とっても怖がりで、優しい神さまなの」


「……それがどうして、エルフの森を腐らせようとするんだ。あれを怒らせるようなことをしたのか?」


「違う……違うの。きのこさまは、森の外に出ようとしてるの。だけどロズウェルさまが茨の壁で通せんぼして、私たちの森に胞子ごと閉じ込めてるの。森全体を守るには、こうするしかなかったの」


「なんだよ、そりゃあ。一体どうして、森の外に行こうとする。嫌いなものがいっぱいあるんだろう?それなのに、どうして」


「……杖が、ないの」


 少女がぽつりと呟いたその言葉に、息を呑む。


「きのこさまは、大きな杖を持ってるはずなの。だけど、持ってなかった。きっと、誰かが盗んで、森の外に持っていっちゃったの。だからきっと、きのこさまはそれを取り返そうとしてるの」


「……っ」


 知らなかった、知り得なかった情報が、脳裏に流れ込んでくる。断片的なそれらが、俺の脳裏に寝そべる情報と結びつき、少しずつ状況そのものが見えてくる。少女は、握りしめたその花の一輪を近くのキノコに振りかざし、じわじわとそれが崩れていく様を見てため息をつく。


「きのこさまは、ほんとはとっても小さな神さま。きのこが生えれば生えるほど、大きくなるの。きのこさまが大きくなればなるほど、きのこがいっぱい生えてくるの。早く、きのこを駆除しなきゃ、手がつけられなくなる……ロズウェルさまの茨は魔法で守られてる、けど、あのまま、きのこさまが大きくなったら――」


 その瞬間、少女の背後から大きな白い手が振り下ろされる。俺は咄嗟にその肩を掴み、抱き寄せた。


「危ないッ!!」


「っ」


 ぼふんと音を立てて巻き上がる粉煙。真っ白な地面に亀裂が走り、粉々になったグランの花がその拳からはらりと落ちる。白く染まった木々を掴んで足を踏み出したそれは、見上げるほどの巨体となったムシュルム神であった。


「…………」


 刺々しく歪に膨れ上がった傘の斑点が眼となってギョロギョロと蠢き、大きな拳がめきりと音を立ててさらに膨れ上がる。女の子のようであったその体は見違えるほど豊満に育ち、見ている間にも少しずつ大きくなってゆく。その傘の下で目を伏せるその表情はお淑やかでありながらも、醸し出す雰囲気はまさしく怒れる魔神のそれである。


 むくむくと膨れながら一歩を踏み出し、白い煙を吐き散らすその様に、俺と少女は後ずさる。

 

「おいおい。随分と、育つのが早いんじゃないか?」


「…………この早さは、ちょっと、予想外かも……」


 宥められる雰囲気ではない。覚悟を決めるしかなさそうだ。


 俺は背負った剣に手を伸ばし、するりと抜いて構える。少女はグランの花を服のうちに押し込み、その手に光の矢を握りしめる。足元にはボコボコとキノコが顔を出し、膨れ上がるその影はもはや巨大な木々と並ぶほど。これほど育てば、壁を越えるのも容易であろう。頬に冷や汗が伝った、その瞬間。



「――――伏せてッ!!」



 よく響くその声に、俺と少女はハッとして伏せる。それと同時に、背後から放たれたそれが轟と音を立てて白い空気をブチ抜き、白い森を焼き焦がして頭上を貫く。かっと弾けて炸裂するその炎が、巨大な魔神の胸に突き刺さる。伏せられたその眼が、大きく見開かれる。



「やぁっと見つけたわよ、ギルバート。今度はなにを相手にしてるワケ?」



 思わず、振り返る。燃え盛る髪が、大きく揺れた。


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