19 底なし沼
亡命してから、三年が経過した頃。私は新しい国で四度目の夏を迎えた。
仕事には慣れたけど、相変わらずきつかった。毎年少しずつ体力が失われていくようで、夏はどれだけ体力を温存できるかの戦いだった。時間があるときは可能な限り体を休めないと、すぐにふらふらになってしまうのだ。私が倒れたら、家族は大変なことになる。それだけが頭にあった。
風通しの悪い地下で深い眠りを確保するために、私はできる限りのことをした。
お風呂に入ることは週に一度しか許されていなかったけど、私は地下の物置でたらいに水を張って、毎日体を拭いてから眠ることを習慣にしていた。
それは毎日の楽しみでもあった。時々お嬢様が精油を下さることがあって、そんな日はその香りに包まれて眠ることを想像して、一日中幸せな気分でいられた。
私が体を拭くのは大体、夜の十一時か、十二時頃。
ある日、いつもみたいに体をぬぐっていたら、階上から誰かがこちらへ降りてくる足音が聞こえてきた。私は固まった。私はそのとき、何も身につけていなかった。
現れたのは日焼けした一人の男。その頃私が勤めていた屋敷では、庭の大規模な改修工事をやっていて、彼はその作業員のようだった。
お風呂上がりだったのだろうか。男は肩からタオルを垂らしていた。私を一瞥したあと、顔色ひとつ変えずに古びた本棚に近づいた。いくつかを物色したあと、一冊手にとって、また階上へ上がっていった。
私はしばらく魂が抜けたようになって、慌てて服を着て、ベッドにもぐり込んだ。たまたま、タイミングが悪かっただけ。きっと向こうも驚いたはず。今日だけのこと。そう高をくくっていた。
残念なことに、次の日から決まった時間にその男が地下に現れるようになった。あくまで本を物色するだけだったけど、私がまだ服を着ていた日などは、少し時間を置いて再び降りてきたりした。
時々、数人の仲間と連れ立って現れたりした。私には分からない異国の言葉を二言三言交わして、忍び笑いしていた。
体を拭く時間を変えればいい、とお思いだろう。だけど私の自由な時間はそこにしかなかった。時間を後ろにずらせば、次の日に差し障る。
では体を拭くのをやめればいい。でも私にとって体を拭くことは非常に重要な習慣で、それをしなければ一睡もできないというような、一種の強迫観念に取りつかれていた。
扉の鍵はずいぶん前から壊れていた。外開きだから中から塞ぐことはできなかった。気にしすぎだと言うだろうか。ええ、そう。きっと、彼らは自分たちの行動が私を追い詰めているという概念すら持っていなかっただろう。
私は限られたお金と時間で、なるべく身綺麗にすることを心がけていた。特に髪に関しては、どれだけ疲れていても丁寧に梳いてから眠りについた。もしかしたらその行動は、大勢の男の子に注目してもらいたいからやっていることだというふうに、周囲の目には映っていたかもしれない。
でもあれは例えるなら、つぎはぎだらけの服を着ていることを、通りすがりの人になるべく知られたくないとか、そういう感情からくる行動だった。
気の毒そうな目で見られたくない。自分で自分を恥じたくない。そういう気持ちは、驚くほど私の心に強く巣くっていた。ギリギリ保っていたい、尊厳のようなものだった。
だけどその努力が、ああいう形で人目にさらされることは望んでいなかった。
一人きりでいると思考はどんどん悪い方向に向かってしまうもので、私は眠りにつく前によく、こんな場面を思い浮かべた。
荒野のような場所に、私の墓石がある。そこにはこう刻まれている。
ジュリア・セヴェール。名前も知らない者たちの、気晴らしの役に立っただけの女。
私にも、全てをさらけ出したいと思える相手はいた。だけどそれは叶わないと知っていた。この体は、せいぜい改修工事の仕事の合間の、暇潰しになるだけで終わっていくのだと、そう考えると悔しくてたまらなかった。
私は自分に、あることを課した。今では馬鹿だったと思う。だけど当時は真剣だった。
自分の体は、自分のもの。あいつらを楽しませるものではないことを、自分自身に証明しなければならないと思った。
その方法は、ひとつしかない気がした。とにかく、この体の目立つ場所を、傷つけてしまわなくちゃいけないって。大事になんかしちゃいけない。それは、あいつらのために努力していることになってしまう。
髪をズタズタに切るのもいい。だけどどうしてか、何度ハサミを握っても、どうしてもできなかった。じゃあ体のどこかを、と思ったけど、私はある矛盾に気づいた。
腕に残った火傷の痕。水仕事で荒れた手。それを早く直したくて、お嬢様にもらった精油を一生懸命塗ったりしているのに、新しい傷を作ろうと決心するなんて、そんなの変だ。馬鹿げている。
私はある希望を捨てきれなかった。明日突然、革命が終わり、祖国に帰れるのではないかという希望を。
そうしたらきっと、あの人に会わずにはいられない。たとえ彼の気持ちがもう私から離れていたとしても、懐かしい友人として、誇りを持って再会したいと願っていた。
もしその願いが現実になったときに、ボロボロな姿を見せられる? あの、気の毒そうな目。穀物庫の屋根で雨宿りした日に彼が見せた、痛ましいものを見るような目を、また向けられたらと思うとそれだけで耐えられなかった。
こんなふうに言われたくなかった。
『あの人、昔はこの町で一番裕福な家のお嬢様だったんだ。ずいぶん落ちぶれたもんだ。可哀想になぁ』
結局、何もできなかった。物置にあった刃物は全てボロ布に包んで引き出しの奥深くにしまった。時計の針は容赦なく進み、男たちがまた、見物にやってきた。来る日も来る日も、飽きもせず。




