砂糖菓子の変わり者
これにてお粗末様。
「別にあの方達がどうなったかなんて、興味はないわ」
とんだデビュタントになった夜から暫く。
ようやく諸々が片付いたらしい父親、パスティヤージュ侯爵が疲れた顔で昼間に王城から帰ってきたので、軽い昼食代わりにお茶を頂いているところだ。
応接間にはサーモンやキュウリのサンドイッチからケークサレ、焼き菓子や果物などが用意され、華やかなフレーバーティーが添えられた。
「ディディ、お父様がせっかくお話をされているのに、ばっさり切り捨てるのはよくないわ」
ディルシアンヌによく似た母親が窘めてくるが、その瞳に輝くのは好奇心だ。
人によっては、それを野次馬と呼ぶ。
「なら、お母様が聞いて差し上げれば?
私は今読んでいる本が気になるので、片手間程度で聞いておきますから」
既に二週間も経った今ともあれば、すっかり興味を失っている相手の話など、ディルシアンヌが聞く気にならないのはいつもの話で。
既に興味は王都で流行しているという、ざまぁとやらが盛り沢山の恋愛小説に移っている。
今読んでいるのは、時を遡った令嬢が復讐していく話だ。恋愛要素は限りなく薄いが、暇つぶしになれば別に構わない。
娘の塩対応に若干涙目になりながら、サンドイッチに手を伸ばすパスティヤージュ侯爵が騒動の顛末を語り始めた。
** *
先ずはミエルクール子爵令嬢のシュクリーだ。
彼女には一年間の奉仕活動が言い渡され、奉仕先の選定を行われている間は自宅で謹慎中である。
またヌガレ伯爵領とパスティヤージュ侯爵領の地に、許可無く踏み込むことは許されず、侵入したと認められた場合は罰金が科せられる。
それでも、デビュタントで仕出かしたことを考えたら、随分と甘い処罰になるだろう。
これ程まで軽微な罰で済んだのは、デビュタントという、成人とも呼ぶには曖昧な境界線にいたのが一つ。
もう一つは、大人達が慌てて大広間に駆け込んできた時に、ディルシアンヌがシュクリーを焚きつけて、騒動の原因はヴィスコタン公爵令息であるフィリップのせいだと言わせたからだ。
そこからの二人は紳士淑女の卵とも思えぬ罵り合いを始め、ついには掴み合いになりかけたところを、近衛騎士達に止められる結末になった。
今回のことで、シュクリーはもう貴族へと嫁ぐのは難しいだろう。
後妻としてすら、断られかねない醜聞だ。
彼女の嫁ぎ先については、公爵家が責任を持って世話をすることになっているが、真面目に嫁入り先を探すのか、それとも不要なことを口にした恨みをぶつけるかはわからない。
どちらにせよ、ここまでくればパスティヤージュ侯爵家が関わる必要の無い話となる。
次はヴィスコタン公爵令息のフィリップだ。
フィリップにはこの国でも、ディルシアンヌへの接近禁止命令が出された。
それから彼の個人資産からと指定した、多額の慰謝料だろうか。
シュクリーが口にしていた、留学先でディルシアンヌの姿を見かけなかったという話は、フィリップの付き纏いが理由であり、この事によって勉強が予定通りに進まず、娘の帰国が遅れたというのがパスティヤージュ侯爵家側の言い分だ。
実際のところは他のクラスメイトが助けてくれていたので、特に授業の遅れは無かったのだが、ストレスで魔力の保有量が上がり、体調がよろしくなかったのも事実。
なので、毟れるだけ毟ろうと息巻いたパスティヤージュ侯爵が、話し合いの場を設けるよう王家に申し立て、結果として数日間に渡る交渉に至ったのだった。
フィリップについては特に慰謝料以外の要求をしていないが、この国でも接近禁止を食らった上に、格下に謝罪する羽目になった息子など置いておけないだろう。
適当に領地にでも閉じ込めておくとは思っているが、もし市井へと放逐するだけならば、パスティヤージュが攫いでもして始末するだけだ。
なお、これはパスティヤージュ侯爵家に関係した分の処置に過ぎず、デビュタントを開催する王家への妨害行為とは別となる。
これ以降は、王家側との話し合いだ。
対応を間違えれば、ミエルクール子爵など消えて無くなるだろう。
公爵家であろうとも無事では済まない。
「ミエルクール子爵の前髪が、ストレスで一層寂しい感じになるだろうな」
「いっそ、全て刈り取ればよろしいのですわ」
素っ気なく返すディルシアンヌの視線は、父親に向くことはない。
「クソ公爵令息の方は消えるといいなぁ」
「あら、珍しくお父様の意見に賛成ですわね」
本当にあの男はつまらなかった。
興味の湧く相手であれば少しは相手をしてもよかったが、いかんせん、フィリップは顔だけしか取り柄のない脳味噌が空っぽな男だった。
一体どういう育て方をしたのだとも思ったが、まあ、ディルシアンヌも常識的で愛情深い両親に似ないで、毒々しい令嬢に育ってしまっている。
これもまた、育て方を間違えた一つの例だ。
それでもディルシアンヌが許されるのは、国に多大な利益を落としているからに他ならない。
もし、あれらと同じように脳味噌がお花畑だったら、即座に適当な冤罪によって陥れられ、今頃適当な研究所で魔晶石生成器と化していた可能性だってある。
そうならなかったのは侯爵家という生まれと、婚約先であるヌガレ伯爵家がディルシアンヌの不利になるような道具を作らなかったからだろう。
ディルシアンヌの外見と中身とのギャップを気に入っているシルヴァンの性癖に感謝だ。
「シルヴァンが変わり者で本当に良かったわ」
飽きっぽいディルシアンヌが、家族同様に長く付き合えるのはシルヴァンだけ。
あの、他人を気にせずにマイペースで生きているところや、ディルシアンヌの手の平で踊らないところが退屈せずに済むのだ。
きっと今頃、盛大にクシャミをしているだろうが、気にしないでいるに違いない。
それは明日のお茶会の話題にしようと思いながら、ゆっくりと両親の会話からフェードアウトしていった。




