表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】砂糖菓子と毒舌  作者: 黒須 夜雨子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

前編

なーろっぱの夜会は進行スケジュール通りに進まないもの(段取り組んでる人の胃痛が大変)

「ディルシアンヌ様!どうか、シル様を解放してください!

私はシル様が好きなんです!」

甘い砂糖菓子のような令嬢と、顔に感情の乗らない青年という婚約者達の前、一人の少女が立ち塞がる。

奇しくも二人の令嬢のドレスは同じ色で、愛を告げられた青年の瞳と同じ色。

人々の見守る中、砂糖菓子のような令嬢は不思議そうに首を傾げた。


** *


時は少しだけ前に遡る。

今宵、王城にある大広間では、独特の熱気が籠っていた。

誰もが襟を正して胸を張るのも、社交界の若葉たちが好奇心を隠せずに、周囲へと視線を向けているからだろう。

デビュタント。

今年の社交シーズン最初に行われる始まりの夜会は、必ず王家主催のものである。

昨年に学園を卒業した者や、等しいだけの学業を修めて成人した者、学業は早々に終えて領地経営といったところで成果を上げた者。

つまりは成人年齢に満たした貴族子女達の、社交界デビューの大切なイベントであった。

そして、今年の社交界デビューで注目されている令嬢達がいる。


一人は、ディルシアンヌ・パスティヤージュ侯爵令嬢だ。

件の令嬢は体が弱いことを理由に長らく領地から出ず、更には医療水準の高い他国へと留学していて、姿を見た者が殆どいない。

その国に短期の留学をした生徒がいないわけでもないが、それらしい人物をほとんど見かけることがなかったと口にするので、実際は学園生活の大半を療養生活に充てていたのではないかと言われている。

そんな彼女にもデビュタントの機会は与えられ、辞退したという話も聞かないことから、参加するのではないかともっぱらの話だ。


もう一人はシュクリー・ミエルクール子爵令嬢。

こちらは王都にある貴族向けの学園に通っていたので、今日デビュタントを迎えるほとんどの令息と令嬢は彼女のことを知っている。

では、なぜ注目されているのかというと、子爵令嬢である彼女が学園で優秀な成績を修めたからに他ならない。

入学してから常に首位を他の生徒と争い続け、卒業前に提出された論文は、教師や学園長から着目点が良いと褒められる内容だった。


この国では近年他国への輸出量が増した、魔晶石と呼ばれる石がある。

魔晶石は魔力を込めるのに適した鉱石に、魔力を流し込んで作られるのが基本だ。

河原に落ちている石にでも魔力を注ぐことは可能だが、そんな石では大量の魔力を注がれようものなら、すぐに割れて屑になる。

できるだけ多くの魔力を、できるだけ小さな石に注ぎ込む。

これはどこの国でも課題となっていたし、数多の論文が世に発表されてきた。

シュクリーの論文が優秀なところは、材質ごとの調査結果や材質内に他金属の含有率、産地といった検査結果だけではなく、それに化学物質による変化を加えた複雑な検証結果だったことからだった。

学生ゆえに比較的安全な物質での検証に留められたが、それでも将来的に彼女が研究を続ければ、世界規模での検証が可能だと期待されている。

特に今年のデビュタントでは、デビューを迎えたばかりの令嬢が爵位を賜ると噂されており、誰もがシュクリーだと思っている。勿論シュクリー自身もだ。


そして学生時代を送っているからこそ知っていることもある。

シュクリーが首位を争ったシルヴァン・ヌガレ伯爵令息に懸想をし、そのシルヴァンはディルシアンヌの婚約者だということだ。

勝気なシュクリーが顔を赤らめさせながら、いつも成績発表の掲示板前でシルヴァンに突っかかっているのを見た者は多い。

途中、同じ勉強会に参加し始めてからは、交流するようになっていたのは周知の事実だ。

最終学年ではシュクリーがシルヴァンを愛称で呼んでいたことからも、二人の仲は深まっていったのだと生温かい目で見ていた生徒たちもいた。

シルヴァンの方は都度否定していたが、婚約者であるディルシアンヌの話をしたことも無ければ、婚約者の話を振っても曖昧に誤魔化されるばかり。

それに、シュクリーが積極的に話しかけ、四六時中一緒にいても拒否をしなかったので、照れているだけだという見解に落ち着いている。

まあ、シルヴァンの反応はかなり薄かったが、彼が感情を表現することは元から少ない。


だから、今日のめでたい場で何が起こるのか、生徒達も、生徒の親たちも、噂が流れまくって参加している元生徒達の大半が野次馬と化していた。

シュクリーという学園での想い人をとるのか、それともディルシアンヌと政略的婚約を続けるのか。

この国の夜会では、貴族に負けぬ資産を持っているか、学園に通うのを許される程に優秀な平民の子らが一番に入場し、次に下位貴族の子女が先に入場する。

そうして皆で高位貴族を迎えるのが習わしの為、ディルシアンヌとシルヴァンの入場は暫く後だ。

そして、家族たちはデビュタントを迎えた若者たちの後に入って来ることになっている。

今、ここにいるのは若者ばかりだ。

年の離れていない兄にエスコートされて入場したシュクリーが、友達と話しながらもチラチラと入場口を見ているのは、少しでも早くシルヴァンを見つけるためだろう。

そんなことをしなくても、入場時には王城の士官が入場者の名前を告げるのに。

彼女の落ち着きない様子に、友人たちも苦笑混じりだ。


「ちょっと、シュクリー。もう少し落ち着きなさいよ」

「だって」

親友であるクレアの言葉に、シュクリーが唇を尖らせて反論する。

「ほら、成人した大人の女性なのだから、そんな顔をしないの」

頬を軽く突いたクレアの仕草に、他の友人達も笑う。

「まあまあ、クレア嬢。揶揄っていないで。

シュクリー嬢はこれから一世一代の舞台に挑むのだから、落ち着かないのもしょうがないさ」

「ふふ、そうよね。ごめんなさい」

謝った後にクレアがシュクリーを見て、目を細める。

「素敵なドレスだわ。

これでシュクリーの気持ちが誰にあるのか、鈍感なシルヴァン様も理解するでしょう」


シュクリーが纏うのは翡翠色のドレスだ。

家族にドレスの色は何がいいか聞かれた時、答えたのは彼の瞳の色だった。

貴族の家にしては珍しく、シュクリーの両親は恋愛結婚だ。

学園に通っていたときに出会ったのだという二人は、貴族であるならば同じように結婚相手は自由にしていいとしてくれていた。

半ば食い気味だったシュクリーの回答に目を丸くしながらも、父親は鷹揚に頷いて、好きな布が無くなる前にいつもの店に持ってこさせようと言ってくれた。

そうして選んだ布は鮮やかながらも落ち着いた印象を見せる緑色で、フリルをふんだんに取り入れた、若々しいドレスに仕立てられた。

シルヴァンの髪は茶色のため、装飾品は金と翡翠で揃え、髪飾りに茶色に染めた鳥の羽を加えている。

シュクリーが誰を想っているのか、わかる人にはわかる意匠だ。

近くにいた元同級生達は応援する気持ちを込め、シュクリーの肩を軽く叩く。

「健闘を祈る」

「煮え切らないシルヴァン様には、シュクリーぐらいに少し勝気な女の子の方がピッタリよ!

二人の絆を信じて頑張って!」

「君が悪役令嬢から、無事に愛を取り戻すことを祈っているよ」

悪役令嬢という言葉にシュクリーは息を止め、それから強い決意を眼差しに乗せて頷いた。


他にいるデビュタントを迎える若者たちは、そんな彼らを遠巻きに囲むだけに留めている。

物語にも似た恋愛話に憧れる令嬢達の中には好意的な感情を抱いている者もいれば、婚約者でもないのに相手の色のドレスを着ていることに眉を顰める者だっている。

どちらにせよ、成人したての晴れ舞台で面倒事に巻き込まれたくない。

今宵の主役のように振る舞う彼らが、人によっては違和感を覚えるものであるならば尚更。

既に大広間内は人で満たされつつある。


もう少し。後少し。

シュクリーが熱心に入場口を見つめる中、程なくして、想い人の名前が高らかに呼び上げられた。

「シルヴァン・ヌガレ伯爵令息、ディルシアンヌ・パスティヤージュ侯爵令嬢のご入場!」

途端に誰もが会話を止めて入場口を見つめる。


そうした視線の先に現れたのは、整った顔立ちから一切の感情を削ぎ落したような青年と、まるで甘い砂糖菓子のような令嬢だった。

ディルシアンヌの体が弱かったのは本当のようで、どの令嬢達よりも小柄で華奢な体躯をしていた。

肌は陶器のように滑らかで白く、淡いクリームのような白金の髪の下で、菫色の艶やかな飴にも似た瞳が光を反射し、キラキラとした輝きを睫毛の下に閉じ込めている。

ドレスはシュクリーと同じく翡翠色だが、生地はより上等なものらしく、光沢を放つ絹の上に同色のシフォンがふんだんに使われて、ボリュームを出していた。

差し色のリボンはチョコレートを思わせる茶色だ。

髪飾りやネックレスといった装飾品は身に着けておらず、髪には造花がふんだんに飾られて、まるでデコレーションされたケーキに飾られた、砂糖菓子の妖精のようだった。

ただ、両手首にある細い金属環が冷たい反射光をぬめらせているのが、今日のドレスに似合っていないとは思うぐらいか。


エスコートをするシルヴァンもまた、ディルシアンヌの色を纏っている。

ジャケットとスラックスは白に近いクリーム色で、襟や胸元に色合いの違う紫が取り入れられている。

背中の中ほどまでに伸ばした髪は菫色のリボンで結わえられ、ディルシアンヌの髪を飾るのと同じ花が添えられていた。

シルヴァンの礼装にシュクリーの色がないことに、無意識に唇を噛む。

まるで見た目は相思相愛の二人だ。

けれど、学園生活を共に過ごしたシュクリーは、彼が自発的に婚約者の話をしたことがないのを知っている。

さらには、学園で学ぶ間にディルシアンヌに手紙を出したのは、入学してから一年の間に数通だけだ。

これは学生寮の寮母が教えてくれたから間違いない。

男子寮と女子寮の寮母は姉妹で、しょっちゅう互いの情報が共有されるのだ。

シュクリーの気持ちを知ってからは協力的で、彼が長期休みで婚約者の領地を訪れることもなければ、彼女の留学先を訪れることもなかったことを教えてもらっている。

つまりは、どこまでも政略上の婚約でしかないのだ。

ならば、長らく一緒に時を過ごし、同じ目標を目指して切磋琢磨したシュクリーが彼を望むのに、何が問題だろうか。


最後に入場したフィリップ・ヴィスコタン公爵令息が、シュクリーに片手を上げた。

彼の周りにいた協力者達が、扉付近の使用人達を外に追い出して扉を閉めようとしている。

それを合図に、ゆっくりと人々の間を歩くシルヴァンとディルシアンヌの前に、シュクリーが立ちふさがった。

突然シュクリーが飛び出してきたことに、ディルシアンヌが不思議そうな顔をしているが、その表情すらも甘さに満ちている気がして反吐が出そうだ。

子爵令嬢とはいえ末っ子であるシュクリーは、平民になることも考えて、伸び伸びと育ててもらっている。

表情が豊かなのをよく揶揄ってくる生徒がいたし、貴族としての礼儀作法がなっていないことを指摘されたこともある。

そんな欠点は、全て優秀な成績で返上してきた。

だからこそ、ただ甘やかされて育てられ、ヘラヘラと笑っているだけの深窓の令嬢など、少しも好きになれない。


「ディルシアンヌ様!どうか、シル様を解放してください!

私はシル様が好きなんです!」

シュクリーが大きな声を張り上げれば大広間に響き渡り、瞬時に人々の口から言葉が失せ、会話が消えていく。

二人の令嬢のドレスは同じ色で、愛を告げられた青年の瞳と同じ色。

人々が固唾を呑んで見守る中、ディルシアンヌは不思議そうに首を傾げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
婚約者のいる男を略奪するのを認めている子爵家や略奪を応援している基地外取り巻きは全員平民落ちした方がいい。 なんなん?このアタオカ集団は?
取り敢えず寮母は解雇で...
> シルヴァンの方は都度否定していたが、婚約者であるディルシアンヌの話をしたことも無ければ、婚約者の話を振っても曖昧に誤魔化されるばかり 婚約者がいたということが周知の事実なのか、 シュクリーが確認…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ