48 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日朝 通学路
私――平坂桃花は今、彼の家から学校へ向かう道と、私の家から学校へ向かう道が交わるクロッシングポイントに待機しています。ただの交差点ですけれど、今日は特別な場所に思えます。
耳を澄ませて、聞こえてくる足音に集中して……今です!
私は、交差点へ進み出て――。
「あ、鈴木くん? おはよう、え? 早いんだねー?」
「え? あ、うん。おはよう」
……彼にあいさつを返してもらいました。小学校以来ではないでしょうか。これは幸先がいいと思います。驚いた表情も観察できました。今日はもう、とてもいい日だと思います。そして、気づきました。流石に彼も、歩きながら読書はできないのです! 遠慮なく話しかけられます!
偶然を装って横に並んで歩きます。
「びっくりしたなー、こんな時間に鈴木くんに会うなんて」
「うん。びっくり」
……びっくり、頂きました。うん、だけじゃない会話です!
「その恰好、ひょっとして朝からダンジョンなの?」
「うん」
「え、そうなんだー。私もねー、いろいろあって最近、ソロになったから、これは気合を入れ直さなきゃって思って、今日から、朝からダンジョンで魔石を増やそうと思ったんだよねー」
「そう」
……そう、頂きました。というか、私、制服ではなく、ジャージ上下にブレストレザーを付けて、腰にはメイス、背負ってるリュックには制服も含めた今日の用意が詰まっていて、その上にスモールバックラーシールドを引っ掛けているという、ダンジョンに行く以外は考えられない姿なのですけれど、彼はそのことに何の違和感もないようです。あ、彼自身が、当然のようにダンジョン装備で歩いていました。
では、勝負の時間です。掴みは大丈夫だったはずです。さあ、桃花、言うのです! 言いなさい桃花! あなたならできます! 自分ではない自分を演じてる風に自分を客観視しなければ、演技の練習のように繰り返したセリフが口にできない情けない女子高生ですけれど、頑張るのです、桃花!
「っ……鈴木くんもダンジョンなら、一緒に入ってもいいかな? ほら、ペアの方が安全性も高いし、私、附中でいろいろと経験もあるし? ね、どう?」
……い、言えました! よく言えました、桃花! あなたは立派な女優です!
ど、どうしたのでしょうか。頬が熱くて、ちょっと戸惑います。私、今、ゾーンというアレに入ったのかもしれません。まるでスローモーションのように彼の口元の動きを視界の端に捉えています。
「うーん……」
……そこは、うーん、ではなく、うん、一択ではないでしょうか? ただ音の響き的には否定とも肯定とも、どちらとも言えない、悩んでいる感じに聞こえます。
私、彼と同じヨモ大附属のダン科の同学年のクラスメイトで、しかも小学校が同じでその時も2回も同じクラスになりましたし、同じ小学校の校区に家があってそれも意外と近いですし、5年からずっと年賀状を送り合っています。私は元旦で彼の返事は3日ですけれど……。
そのような関係にあるのに、この誘いを断る理由があるのでしょうか? いえ、ないはずです。
「……うん。7時40分くらいまででよければ」
「あ、うん。もちろん。じゃそれで」
……良かったです。一瞬、断られてしまうかと思いました。時間を気にしていたのですか。
「……一緒にダンジョン、楽しみです」
……あ。
緊張が一気に解れて油断してしまいました。思わず本音が……。
「うん」
「っ……」
ふぇ……今、彼が、うん、と言って微笑みました。衝撃です。こんなに表情が変わるなんて、ひょっとして、私とのダンジョンがそんなに楽しみなのでしょうか?
……およそ数十分後、私はもっと衝撃を受ける状態、いえ、衝撃を受け続けた状態になることをまだ知らなかったのです。
鈴木ファン――いるのかどうか定かではない――のみなさま、お待たせいたしました。
平坂桃花、鈴木との衝撃のDDが始まります……。




