97 王女の賭け
私は魔物の群れに大きな火球を打ち込んで一掃した後、異変の気配に空を見上げ、思わず息を呑んだ。
「────あれは……まさか」
怪物の黒い身体が異質なものに変貌を遂げていく。
怪物は一つの肉塊であることを辞め、再び前の骨のような姿に戻ろうとしていた。
その光景を目にした私は驚きのあまり声を失い、打ち震えた。
そして、自分の目が目撃したものを信じることを躊躇した。
なぜなら────
それはあまりに、私の予測通りの姿だったから。
「やっと……決めたんですね」
あれは今、己の身体を高速移動に適したものへと作り変えている。
おそらく、あれが最も脅威と感じているのはノール先生の『黒い剣』だ。
あの怪物は、あれでしか傷がつけられないのだから。
でも、先ほど、ノール先生が、あれが地上から迷宮の奥底に突き刺さるような強烈な一撃を『黒い剣』を叩きつけても、あの骨にはなんのダメージも通っていないようだった。
おそらく、あの肉が邪魔をしている。
あの肉がある限り、本体に攻撃は届かない。
私たちの最大の課題は、あの膨れ上がった肉をなんとかすることだった。
あの怪物も、それは承知しているに違いない。
……でも、もし。
その肉が、もう無意味であるとあの怪物に思わせられたら。
それが私がイネスとララを上空に向かわせた理由だった。
ララとイネスが、ひたすら肉を削ぎ、焼き尽くす。
ノール先生には、あれの攻撃は通じない。
延々とそれを続けられれば、怪物の体はいずれ小さく萎んでいく。
……ならば、そこで相手はどうするか。
結局、あれにとってはノール先生の『黒い剣』だけが脅威なのだ。
『黒い剣』は、あれの攻撃を全て弾く。
でも、対峙するうちに、あの『黒い剣』はノール先生以外には扱えないのだと、ノール先生以外が扱っても脅威たり得ないのだと、必ず思い至ることだろう。
────ならば、何としてもその使い手を滅ぼすべきなのだ、と、あれはきっと理解する。
でも、ノール先生のあの疾さは異常だ。
それに刺し違える覚悟で挑むには、あの膨大な肉は必ず、邪魔になる。
ならば、辛うじて『黒い剣』に叩かれても耐えられる程度の最低限の肉の鎧で挑むべきだ、と。
今、あの怪物はその覚悟に至ったようだった。
あれが、そういう思考に辿り着くかどうかは賭けだった。
……そもそも。
挑むか、逃げるか。
そこも大きな分岐点だった。
最悪は、あれに逃げられること。
戦力を分析され、準備を整えられ、以後ずっと私たちが付け狙われることだった。
でも、あれはそれをしないという確信は、あった。
────あれは、『教皇アスティラ』だ。
なぜそう思うのか、自分でもわからない。
でも、確信に近い何かがある。
『教皇アスティラ』と、
今、すぐそこにいる『アスティラ』さんは、まったくの別人だ。
私はあの人と直接、相対したからわかる。
あの全てを我がものにして当然という傲慢さを。
自分の為には全てを踏みつけにし弄んでも良いと考える独善を。
自らの為に全ての存在が傅くべきであると考える虚栄を。
だから、あれが、ここで逃げることを選択することは、あり得ない。
そういう、直感に近いものがあった。
そして、それはどうやら正しかったようだった。
あれは今、ノール先生とイネス、ララに追い詰められ、最後の勝負に出ようとしている。
『黒い剣』を手にするノール先生を倒す為に。
怖いぐらいに自分が思い描いた通りの展開に事が運び、内心驚く。
でも、ここで気を緩めるわけにはいかない。
ここからが本番だからだ。
あの怪物はおそらく、あれが悪手であることに気づいていない。
イネスの【神盾】、ノール先生の『黒い剣』に気を取られ、イネスの盾で遮られた地上に何かがあるとは思っていない。
そうであってほしいと願う。
あれの肉を削ぐ為の攻撃の本命はこちらなのだから。
私がオーケン先生から持たされた『お守り』。
あれがあれば一度だけ、あの怪物の想像を凌駕する一撃をお見舞いできる。
────極小携帯型魔導砲器、『神の雷』。
【魔聖】オーケン先生が、魔導皇国の秘匿技術を手にして開発した、この世にたった一つしかない試作型魔導具。
この魔道具にはオーケン先生が秘蔵していた一つの巨大な魔石が内蔵されている。
あのオーケン先生がこれ以上の魔石は後にも先にも見たことがないと語る程の、最高品質の『悪魔の心臓』。
これがあれば、とてつもない威力の魔法を一回だけ放てる。
これに、私は今の状況の全てを賭けることにした。
撃つチャンスは、あらゆる意味で一度しかない。
この試作品に全力で魔力を込めれば、たちどころに瓦解する。
それに一度察知されたら警戒され、次に当てることは難しい。
────一度撃てば、それで終わり。
二度目は絶対にありえない。
一回きりの危険極まりない賭け。
そんなものに私は、ここに残った皆を、その命を賭け金として付き合わせている。
その事実に軽い吐き気と眩暈を覚える。
でも私が知りうる限り、これ以上理想的な手札は手元にない。
オーケン先生は私たちがミスラに旅立つ前に、最高の切り札を手渡してくれていた。
まるで、前もってこうなることを予見していたかのように。
あとは────それを生かせるか、否かだ。
本当に賭けとしか言いようのない作戦だと思う。
当然、私が思い描いた通りに何もかもがうまくいくとは限らない。
────でも。幸い。
私は、ここまでの賭けに勝っている。
皆、信じられないほどに上手くやってくれている。
この作戦を承知しているイネスも不自然さを匂わすことなく、怪物を私たちが地上に建造した石の指標の直上に少しづつ誘導している。
そう、あれは正確には壁ではない。
────指標だ。
この地上で天上と連携を取るために地に刻まれた、巨大な刻印。
その為、私は決められた位置から決して動かず、じっとこの時を待ち続けた。
ようやく、準備が整いつつある。
今、この上ないほどに状況は整っている。
いや、皆が必死で整えてくれたのだ。
────あとは、私だけ。
そう、私だけだ。
私だけが失敗しなければいい。
それで『黒い剣』を持つノール先生にチャンスを繋げば、勝てる。
勝つ見込みは、ある。
あるはずだ。
私はそう信じて、この作戦を思い描き、指揮をした。
この賭け事のような、無謀とも思える作戦を。
だからこそ、私がここで失敗するわけにはいかない。
絶対に失敗してはならない。
重圧で呼吸が、荒くなる。
……大丈夫だ。必ず、当てる。
当てればいい。それだけだ。
すでに皆はとても上手くやってくれている。
あとは私だけが、この『切り札』の運用を失敗しなければいい。
単に、それだけのこと────
そうして自分を落ち着かせようと、深呼吸する為に空を見上げ────
途端に身体が寒くなる。
身体全体に震えが起こり、決意する寸前で一斉に疑問が膨らんだ。
「……当てる……? あれに……? ……いったい、どうやって」
その疑問はすぐに絶望に変わった。
上空の巨体はまるで、雷そのもののように動き回っている。
あそこで繰り広げられているのは、想像を絶する領域の戦い。
的は巨きい。
でもあまりにも疾い。
疾すぎる。
……あれに、当てる?
どうやったらそんなことができる?
……絶対に、無理だ。
私の甘い構想が、土壇場で瓦解する。
────やはり、甘かったのだろう。
────私は、失敗する。
────おそらく、必ず、失敗する。
自分は、最初から到底無理な作戦を立てていたのだ、と。
論理的な思考から、即座に暗い結論を導く自分の本性が顔を出す。
「────違う。無理でも────やるんだ」
私は内なる声を否定し、戒め、震える声を吐き出すようにして、萎みたがる心を無理矢理に奮い立たせる。
ここまできたら後には退けない。
ここまで皆で積み上げた状況を、私の弱さで台無しにするわけにはいかない。
私は歯を食いしばり、なけなしの勇気を振り絞り、天に向かって手を伸ばして大きく息を吸い────周囲にいる人たちに私の最後の指示を出す。
「────これから私は、地上の魔物への攻撃をやめます。
すみませんが、あとのことは、お願いします」
それだけ、言うのが精一杯だった。
駄目だ……こんなもの、とても説明にはなっていない。
これではこの混乱した状況で、十分に私の意図は伝わらない。
「……え? どういうこと!?」
当然のように混乱が起きる。
彼らには、このことは説明はしていない。
話せば、あの怪物にも察知される可能性があるからだ。
……失敗した。
もう、言い繕うような余裕すらない。でも。
「────わかった。任せろ。彼女を中心に陣を組み直すぞ」
「ちょ……ちょっと待ってよ、どういうこと!?」
「これから、最後の大勝負ってことだよ、ミランダ」
「ええ、大丈夫ですよ、きっと、なんとかなりますから」
ティレンス王子とアスティラさん、シギルさんが瞬時に私の意図を察し、対応してくれた。
あとのことは彼らに任せ、私は全ての意識を自分の体の内部に集中する。
────攻撃の本命はこちらからなのだから。
イネスが壮絶な疾さの戦いの中、『光の盾』で上手く怪物の進路を塞ぎながら、私の頭上へと誘導している。
直上まで、あと、数十秒。
あれが頭上に到達した瞬間に私のすべてを込めた攻撃を放つ。
その一撃に、全てを注がなければいけない。
私はこれから、急いでその準備を整えなければならない。
失敗は絶対に許されない。
私は、ここで失敗するわけにはいかないのだ。
────なのに。
それなのに。
「……どうして……?」
ここでも、私の身体はまだ小刻みに震えていた。
その震えは収めようとすればするほど、今まで体験した事がないほどに大きくなっていく。
────何故。
……何故?
……そんなことはわかりきっている。
これから、私が行おうとしているのは正真正銘の『賭け』だ。
どう考えても、無謀なことをしようとしている。
私は心の奥底で、それをちゃんと理解している。
だから私の身体は、動かない。
────先生が王都の地下で私に見せてくれた十の魔法を使った【融合魔法】。
あれを使った上で、『神の雷』で増幅した一撃を放つ。
その威力であれば、瞬時にあの怪物の肉を引き剥がすことも容易だ。
そんな机上の計算を前提に、私はこの状況を組み上げた。
それは可能性という点では、間違いではない。
あくまでも、可能性という点では。
でも、その可能性は────限りなく、ゼロに近い。
そもそもあれは一朝一夕では絶対に身につかない技能なのだから。
実際、身につかなかった。
何度も何度も試しても、一度も成功しなかったのだ。
どんなに努力しても、繰り返せば繰り返すほど、自分はあの領域には辿り着けないのだと思い知らされた。
そんなことはわかっていたはずだ。
それなのに。
私は、今からそれをやろうとしているのだ。
私はあろうことか、それがどういうことか理解しつつ、そんな曖昧なものをこの作戦に組み入れた。
あの時、自分の頭ではこれ以外思い浮かばなかったから、ミスラの国民を最も犠牲にしない選択肢を選んだつもりだった────というのは言い訳にすぎない。
私はあの時、できるならば誰も犠牲にしたくないと望んでしまった。
少数を犠牲にし、大多数を救う。
それが最良の判断となる場面は多い。
選択に犠牲はつきものだ。
何かを捨てずして、何かを得ることは叶わない。
時として非情に在らねば、『王』たる資格はない。
そのように、理解はしている。
でも、私はつい、違う道を探してしまう。
無意識のうちに、誰かが犠牲になるという選択を避けてしまう。
選択を迫られた時、つい何処かに逃げ道はないものかと探してしまう。
誰も不幸にならない道が、誰一人犠牲にならない道が、運よくその辺りに転がっていないものか────と。
そんな、荒唐無稽な夢物語を夢想する。
────その結果が今の賭け事だ。
私は所詮、子供のような甘い夢を見続ける夢想家に過ぎない。
兄のような現実主義者には、到底なれない。
私にはまともに合理的な判断が下せない。
だから、私はここで死ぬのかもしれない。
でもきっと、私がここで死んでも、クレイス王国は兄がきちんと継いでいってくれる。
そう思い、ほんの僅かに溜飲を下げる。
……そうだ。
イネスとロロ、ノール先生と付いてきてくれた人に申し訳なく思うが────
でも、何度考えても。
何度考え直しても。
確かにこれが人数としては最小限の犠牲で済む。
……そう。
そういう意味では、私の判断は合理的なのだ。
そういう意味では、私は一番最適な選択をしている。
その上で賭けるのだから、私は何も間違ってはいない。
そう思い込むことに決め、私は改めて精神の集中を高める。
この機会を逃せば────もう二度と、訪れないのだから。
……やっと、自分の身体が言うことをききはじめる。
「────【魔力障壁】」
そうして私は魔法の防壁を張り巡らせ、その上に衝撃に備える為の【物理反射】【魔力反射】を多重生成し、更に魔法出力を最大限に高める為の術式を重ね掛けしながら【魔力凝縮】で手のひらに私の持つ全魔力を凝縮させ、自分の身体の底に眠る魔力を全て、一滴残らず吐き出すための準備を始める。
私の立案した作戦で、この場に残る人の命を危険に晒している。
だから、我が身可愛さに出し惜しみなど出来はしない。
────この後、私に残るのは抜け殻だけでいい。
そう心に決めながら、私は【魔力強化】【魔力増幅】【魔力爆発】で自らの魔力を極限まで増幅し、高めていく。
「……【滅閃極炎】」
そして、次に私は核となる十個の魔力の塊を慎重に生み出し、手のひらの周りに浮遊させる。
……出来た。ここまでは、訓練通り。
そして────
あとは、これを【融合】させるだけ。
絶対に成功させなければいけない。
出来なければいけない。
そこまで出来て初めて、私の魔法はあの怪物の肉を引き剥がし得る威力にまで到達するのだから。
────でも。
もし出来なければ。
ここで私が失敗したら。
想像して、身体が震える。
同時に手足が自分のものでなくなったかのように動かなくなる。
……ダメだ。何を考えている。
こんなはずでは、なかったのに。
────ああ、やっぱり。
やっぱり、私は失敗するのだ、と。
封じ込めたはずの絶望という名の確信が頭をもたげた。
途端に、高めた魔力が、消えていく。
「リーン」
いつの間にか私の横に、少年が立っていた。
……ロロ。
彼には私の心の声が聞こえていたようだ。
「すみません、ロロ……本当に、ごめんなさい」
情けなさに声が震えた。
自分の瞳にうっすらと涙が浮かぶのがわかり、同時にそんな自分に怒りを感じる。
……こんな時に、こんな風に子供のように泣いている場合などではないのに。
こんなことをしていたら、彼も死なせてしまうのに。
私は更に心を乱し、また魔力が霧散する。そして……
ロロが、私の手に触れた。
────途端に、暴れまわっていた私の力が安定した。
定まらなかった力が、意のままに収束し、霧散したはずの魔力が失う前よりもずっと力強く、私を取り巻くのがわかった。
私は驚き、ロロの顔を見た。
「大丈夫、手伝うから」
────今の今まで、私はすっかり忘れていた。
この子が、あのオーケン先生をして『天才』と言わしめた存在であるということに。
彼は魔法を使うことができない。
でも、魔力操作の技術では、オーケン先生が生涯目にした中で最高だと。
私は聞かされていたはずなのに。
それを忘れていたと言うことは、私は心のどこかでまだ彼を頼りない存在とみなしていたのかもしれない。
……私は、肝心の仲間の力を見誤っていた。
自分の落ち度にため息をつく。
そして同時に────私は、落ち着きを取り戻す。
「ロロ、すみませんでした────補助を、お願いします」
ロロは頷き、私の腕に両手を添えた。
すると、私の体内の魔力が恐ろしい程の脈動を始める。
それに驚き力をなだめようとすると、波打つ力が一瞬で静かになる。
────あれだけ苦労したことが、簡単にできている。
……やはり、この子はすごい。
ロロは今、私の心の細部の動きまでを正確に読み取り、私の意識に先回りして魔力をくまなく動かしてくれている。
私は、勘違いしていた。
私が全て一人でやらなければならないのだと。
でも、それがどれほど無謀だったのか、ロロの力を借りてみて、思い知らされた。
実際に体験してみると、どれほど先生と自分の力量が離れていたのかが、わかる。
先生は、遥か上の領域にいる。
私の想像すらできないような、高みに。
でも、私一人では到底到達し得なかった領域に、今、私はロロの力を借りることで到達した。
────私はほんの一瞬だけ、あの領域に到達できる。
ノール先生が王都の地下で見せてくれた、あの至高の領域に。
身体の中にかつてない程の魔力が、渦巻いている。
頭に思い描いたことが、全て出来るようになる。
すると、途端に心の余裕が生まれ周囲が鮮明に視え始め……更に自分の考えの浅さを恥じること になった。
……本当に、私は相当に視野が狭まっていたらしい。
だから、簡単に絶望し、諦めそうになっていた。
そんな必要はなかったのに。
ノール先生たちが繰り広げる、天上の戦い。
あれには私は追いつけない。
確かに、そうだ。
高速で動くあれを捉える自信は今もない。
私にあれを捉えることなど、絶対に不可能だ。
でも────別に、それでいい。
追いつかなくたって別にいいのだ。
追いつく必要などない。
私が追いつけないなら、向こうを停めてしまえばいいのだから。
それだけの、話。
「本当に────私は……忘れっぽいですね」
私は片手を頭の上にやり、髪飾りを取って宙に放り投げた。
────私が作った、あの『結界避け』の髪飾り。
あれは、少しだけ手を加えれば、『結界』を発動できるものになる。
作るのも防ぐのも、原理は結局同じだから。
私は以前、暗殺を企てられた時に『結界』に縛られ────その本質を理解した。
あれは時間を操作する特殊な魔法術式だ。
魔力を起動源とし、限られた空間を停滞させ、その中にあるものを動かないようにする。
私たちが普段使っている【スキル】とは別の原理で作動するらしく、少し解析には手間取ったが────
私は、ミスラに訪れる前の3ヶ月間でそれを自分なりにものにした。
……最初から、もう一枚の理想的な手札は手元にあったのだ。
安堵とため息を同時に感じながら、私は空中に飛んだ髪飾りの中の魔法術式をその場で書き換える。
髪飾りはその負荷に耐えかねて爆裂するが、構わない。
これから、ほんの少しだけ術式が作動すればいい。
あの怪物をほんの一瞬だけ止められればそれで十分なのだから。
同時に、怪物が頭上に近づくのを感じる。
空に広がるイネスの『盾』が消えた。
地上と天上を遮るものが、なくなった。
……その瞬間、私の思い描いた条件が、全て、揃った。
────否。
私が朧げに思い描いていた夢物語が────
その荒唐無稽な夢想より、遥か上の形で組み上がる。
「────今」
私は空へ向け、全てを込めた一撃を放った。
同時に即席の『結界』が発動し、怪物を捕えて動きを停めた。
光の柱が直上の怪物を貫くのが見え、途端に、私の放った光の熱が顔面を灼く。
多重の防護壁に護られているはずの手のひらが呑み込まれ、指先があっという間に焼失する。
同時に眼球が灼かれ、私は刹那の内に視力を失った。
────でも、私は決して目を逸らさない。
ほぼ全ての視力を失い見えるのはほんの僅かでも、顔を背けるわけにはいかない。
……私には、この一撃しかないのだから。
手がなくなっても、肘が『神の雷』の光に呑み込まれても、絶対に力を緩めるわけにはいかない。
一瞬のうちに眼球が完全に灼け、もう、何も視ることができない。
この後、私はもう何もできない。
────それならば。
私は、己の中に残る全てをその瞬間に全て吐き出すことに決め────
────十の魔法を一つに束ねた渾身の【融合魔法】を、発動する。
「【滅閃極炎】」
私は全てを注ぎ込んだ炎を天空へと放った。
限界を超えて放たれた私の炎は怪物を灼く。
身体を焼く。
全てを引き剥がし、裸にする。
それまでは、絶対に力を緩めない。
その為になら、己の肉が幾ら灼かれても構わない。
これで最後だから。
これを逃せば、もう次はないから。
そして────
即席の結界は一瞬でその役目を終えた。
私の生み出した脆い結界は砕け、束縛が解けたあの怪物はまた、すぐに動き出す。
私があれを捉えられたのは、ほんの一瞬のことだった。
それだけで私は限界まで力を使い果たし、もう、身体の中には何もなくなった。
これで、怪物は────再び、自由になる。
私が捉えることの出来ない疾さで、また、動き出す。
力を使い果たした私はもう何もすることはできない。
一瞬だけ停まった怪物の時間が、動き出す。
────でも。
その先には。
あの怪物が再び動き出す、その先には────
────ノール先生が、いる。
「パリイ」
もう、私の目は何も視ることはできない。
でも何が起きたのかはわかった。
────遥か天上で怪物の骨が粉々に砕ける音がした。
途端に空が明るくなったような気配がした。
一瞬のうちに魔物の群れが大地を踏み鳴らす振動が止み、静寂が訪れ────やがて何かが雪のように地上に降り注ぎ、周りで誰かの声が上がるのを感じた。
その歓声は、微かにしか聞こえない。
もう、耳も聞こえなくなったらしい。
極限まで力を使い果たした私の身体は役目を終え、崩れるように地面へとまっすぐに落ちる。
だが同時に、私の灼けた身体に何かが触れ……誰かに、優しく抱き抱えられるような心地がした。
その感触に安堵し────私はそのまま意識を手放した。
私は、私の賭けに勝ったのだ。






