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俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜  作者: 鍋敷
第二章 神聖教国編

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95 双剣

 ボクたちは、石壁の中の迷宮の入り口から際限なく湧き出る魔物の群れと対峙し、数の膨張の勢いに押しつぶされそうになりながらも、なんとか生き残っていた。


 上空では凄まじい力と力がぶつかり合っている。

 あそこではノールとララ、イネスが戦っている。

 頭上で絶え間なく大地を揺るがす轟音が響き、雷鳴が轟く度、地上で大きな地割れが起きる。

 足元が不安定になっていく中、皆は必死にもがくようにして戦っていた。


「【滅閃極炎(ヘルフレア)】」


 リーンの放つ巨大な火球が魔物の群れを一掃すると、ほんの一瞬、皆が息をつく間ができる。


 ────でも、これでは、キリがない。

 魔物は倒しても倒しても、湧き上がる。

  『嘆きの迷宮』から湧く魔物の群れの侵攻は、終わりがないように見えた。

 皆が必死に戦っているのに、減るどころか、空に浮かぶ怪物の感情に呼応するように、湧く速度が上がっている。

 

 迷宮の魔物は、地上にいる魔物と姿形は似ていても全く別の生き物のようだった。

 なんとか動きを止めようと何度か対話を試みたものの、彼らにはそもそもボクが通わせることのできる『心』がない。

 だから、皆が必死で戦っているというのに、ボクは逃げ回るほかは、何もできなかった。

 それならせめて、と、周りの人たちが戦いやすいようにと魔物の群れに深く飛び込み、注意を惹きつけてまた逃げるを繰り返す悪あがきを続けていた。


「────おい、小僧」


 不意に背後から声がした。


「……貴様、さっきからウロチョロと……何のつもりだ?」


 声の主は『十二使聖』のシギルさんだ。

 ボクらと一緒にここに残って戦っている人たちの一人。


「何って……逃げ回ってるんだ。ボクにはそれしかできないから」


 それでも何もしないより、マシだろうと思う。


「魔物の群れにわざわざ自ら飛び込んでおいて、逃げている(・・・・・)だと? ……ふざけるな。逃げるなら後方で大人しくしていろ」

「……ふざけてないよ? それに、後ろにいてもそんなに変わらないと思う」


 話しながら、ボク達の後ろから回り込むようにして襲ってきた魔物数体の突進を躱し、その頭上を飛び越えた。

 そして派手に動き回って魔物の注意を惹きつけると、攻撃をかわしつつ、全力で逃げる。

 そうやって魔物がボクに気を取られている間に、シギルさんが手にしている双剣でそれらの首を刎ね、辺りの敵が一掃される。


「小僧……それだけの動きができて、なぜ戦わない? ……武器はどうした。無くしたのか」

「武器は、持ってないよ。というより、持てないんだ」

「……どういうことだ」


 ボクは服の袖を少し捲り上げると、自分の腕に巻かれた包帯を見せた。

 包帯の下から模様のように見える無数の傷跡が覗く。


「それは……傷か」

「うん」


 それだけでシギルさんはそれがどういうことか察したようだった。

 ボクの手は、小さい頃から痛めつけられていたせいで幼い子供ぐらいの握力しかない。

 日常生活にはそれほど支障はないけれど、大きな力を発揮するために必要な(すじ)が深く傷ついていて、人並みに重いものを持つことは出来ない。


 その傷はもう治せないのだそうだ。

 成長の過程で、ボクの身体はそれを「自然な状態」として受け容れてしまっているので、かえって無理に治そうとすれば、より悪くなる。

 【癒聖】と呼ばれるセインさんからは、そう言われた。


 だから結局、ボクの力で持てるのは小さな軽い木剣ぐらいだ。

 でも、そんなのはとても実戦で使えるようなものじゃないし、持っていたとしても簡単に落としてしまう。

 あまりにも握力がなさすぎて、小さな弓すらまともに扱えないのだから。


 ────ボクには武器は握れない。


「────使え」


 突然、シギルさんがボクに何かを投げてきた。


「……えっ?」


 慌ててそれを受け止ると、それはシギルさんがはめていた籠手(・・)だった。


「これは……?」


「その籠手は魔道具だ。握力を強化する『付与(エンチャント)』が付いている。サイズは合わんと思うが短剣ぐらいなら、握れる」


 彼の行動にボクは戸惑った。


「……どうして」


 自分はミスラの人々が忌み嫌い退治しようとしている種族、『魔族』なのに、どうして……と言おうとしたところでシギルさんはボクの言葉を遮った。


「────貴様ら魔族は種族として『邪悪』だ……それは歴史が証明している」


 一層戸惑うボクの前で、シギルさんは続けた。


「貴様らは多くの厄災をもたらした。俺が生まれ育った街はかつて貴様らに跡形もなく焼かれ、住民は殺され、田畑も復元不能なまでに荒れ果てた。その為に俺の故郷は餓死する者も珍しくない、不毛の土地となった……故に貴様ら魔族は生まれながらの『悪』だ」


 シギルさんは足を止め、ボクの方に向き直った。


「だが────小僧。貴様は、いったい、なんなのだ……? お前は何故、こんなところにいるのだ」

「何故、ここに……って……?」


 質問の意図がわからず、訊き返す。


「────とぼけるな。

 あの『厄災の魔竜』は、お前が呼び出したのだろう。それだけの力を持ちながら、何故自分の為に使わない。貴様らは、いつでもあれに乗って逃げることができた筈だ。今も、そうだ。なのに、何故逃げない……?

 ……それに何故、俺たちを助けようとしているのだ。それも貴様らと敵対し、今も魔族狩りをしているこの国(ミスラ)の者達を。今の状況は、貴様ら魔族が我らに報復をするのなら又とない機会のはずだ。

 なのに。それどころか、自らの身を危険に晒し、俺たちと一緒にこの場に残って戦っているのは……何故だ?」


 繰り返し、なぜ、と聞かれ、ボクは戸惑うしかなかった。


「────貴様は『魔族』だ。だが、果たして貴様は俺の斬るべき『悪』なのか? ……俺には今、それがわからなくなった。少なくとも……こんな場所に好き好んで残るような奴は、簡単に死ぬべきではない」


 ボクはその言葉をどう受け取っていいのか迷い、少しの間彼と向き合っていた。

 すると、背後から悲鳴のような怒号が飛んだ。


「……ちょっと、シギル!? なにアンタらだけそこで突っ立ってんの!? こっちは死ぬ思いで戦ってるってのに、ちゃっかりアンタらだけ休憩してんじゃないわよッ!!」


 声の主は仮面の女性、ミランダさんだった。

 彼女たちは魔物の群れと接触する寸前だった。

 シギルさんはその様子を一瞥すると、持っていた双剣の一つをボクに差し出すと、言った。


「剣を取れ、小僧。貴様が悪か、否か。自身の手で証明しろ……少なくともその間、俺はお前の敵とはならない」


 ボクはまた戸惑い、仮面の下で表情のわからないシギルさんの顔を見る。


「早くしろ。流石にもう話している時間はない」

「……うん」


 ボクは彼から短刀を受け取り、渡された籠手をはめた。

 すると、大きさの違いが気にならないほど、驚くほどに手に馴染み、自分の手にしっかりと力が入るのがわかった。


 それはとても妙な感覚だった。

 手のひらにずっと入らなかった力が、入る。

 そして彼から渡された短剣を握ると更に力がしっかりと伝わるのがわかる。


「……すごい」


 生まれてはじめて、何かを強い力で握る感触を味わった。

 ────これなら、ボクでも剣を振ることができるかもしれない。

 そんなことに感心している間にミランダさんたちの間近に魔物の一群が迫るのが見えた。


「いくぞ。あとは使いながら確かめろ」

「……うん」


 そうして、シギルさんとボクはほぼ同時に駆け出した。

 目にも留まらぬ速さで加速するシギルさんに、なんとか追いつくように走りながらボクは短刀を握りしめ、地面を這うように限りなく低く構えた。

 シギルさんが魔物の群れにぶつかり、ボクはそのままその足元を掻い潜るように突き進んだ。

 狙うのは、魔物の脚。

 武器を持ったからと言っても、ボクの力ではまともに斬ることなんて、出来はしない。


 ────でも、せめて、脚の一本ぐらいなら。


 そう思って、ボクは全力で短刀を振り抜くと、シギルさんから貸してもらった短剣は、驚くほどの切れ味で魔物の足を綺麗に切断した。


 それどころか、周りにあった複数の脚を同時に断ち切った。

 なのに、手に全くといっていいほど反動が伝わってこない。


 手の中に残る不思議な感触を確認しながら、ボクは更に地面スレスレを這うようにして、そこに立ち並んで見える魔物の脚を次から次へ、無我夢中で斬りつけた。


 そうして────わけもわからぬまま魔物の集団を突き抜け、振り返ると魔物の群れが一斉に地面に崩れ、同時に首が転げ落ちていくのが見えた。


「────小僧。まともに剣を振るうのは初めてか」


 気づけばボクの隣にはシギルさんが立っていた。


「うん」

「……初めてにしては、上出来だ。だが、武器を持ったからといって今のように不用意に突っ込み過ぎるな……集団戦では常に味方の位置を意識しろ。自分一人だけで戦っているなどと思うな────さもなくば、あっという間に死ぬぞ」

「……うん」


「────ねえ、ちょっと。シギル……? いつも独断専行で勝手に単独で突っ走るアンタがそれ言うの、だいぶおかしくない?」

「……ミランダ、口数が多いぞ。お前は黙って魔法だけ撃っていろ……死にたくなければ口よりも手を動かせ」

「それ、今のアンタにだけは言われたくないわね!? それに、なんで武器をその子に渡しちゃってるのよ……!? その剣、猊下から下賜された宝剣でしょう!? 私にだって、一度も触らせてくれなかったのに……!」


 ミランダさんは文句を言いながらも次々に魔法を打ち、倒していく。


 そして────


「【滅閃極炎(ヘルフレア)】」


 一呼吸おいて、リーンの放つ灼熱の太陽のような火球が射線上の魔物の群れをまとめて砕き、一掃する。

 優れた魔法の使い手であるはずのミランダさんと比べても、彼女(リーン)の魔法は桁違いの威力だった。


「……あの子、やっぱり、おかしいわよ。あの威力、魔術師が十数人集まってやっと出せるってレベルじゃないの。それを、もう、50発以上は撃ってるのに……あれで、なんでまだ立っていられるの……?」


 リーンはずっと、千の魔物をなぎ倒す程の火球を休むことなく放ち続けていた。

 彼女の火球が通り抜けた後、少しの間息をつけるボクらとは違って、休む間も無く、放ち続けていた。

 彼女の放つ火球の火力は衰えることなく、魔物の群れを殲滅し続けている。


 それでも、彼女の顔にはだんだんと深い疲れの色が滲んできているのがわかる。

 一言すら発する余裕がないほどに、追い詰められているのも、わかる。

 そろそろ、彼女は限界を迎えてもおかしくはないと感じた。

 

 彼女がここで倒れたらもちろん、ボクたちの全滅は免れない。

 その時が次第に近づいているのを感じながら、束の間訪れる静寂の中でボクは精一杯、深呼吸をした。そして、


「……ありがとう、シギルさん」


 ボクは呼吸を整えながら、シギルさんに一言、お礼を言った。


「そういうことは生き残ってから言え……それにこちらが一方的に礼を言われる筋合いはない。それを渡したのも、総合的に戦力を計算して判断したまで────それと、その短刀は猊下から下賜されたものだ。必ず、返せ」

「うん、わかったよ」

「次の波が来る────備えろ」


 ボクとシギルさんは再び同時に走って魔物の群れの中に飛び込み、ボクは彼に倣うように短剣を振るう。

 繰り返すうちにだんだんと剣を振るうのにも慣れて来て、一度に倒せる魔物の数が、増えてくる。

 そうして、目の前に迫る魔物の軍勢が少しずつ減っていき────ボクらが状況の好転に少しだけ安堵を覚え始めた、そんな時。

 

「────なんだ、あれは」


 空に浮かぶ怪物の身体に異変が起き、得体の知れない黒い影が空全体を覆い始め────同時に、その異変に呼応するように迷宮から湧く魔物が爆発的に増えるのが見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ一つ確かな事は聖国は悪逆の国であるという事なんだよな、シギル=サン自覚しろ。
[一言] 知っているのか、ミランダ。とか言いたくなるくらいの自然な解説役
[一言] 明日も連続投稿してくださるのですか! ワクワクがとまらない… ソワソワしました。 ありがとうございます。
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