87 二万年の飢え
「……一体、ここで何が起きているというのだ」
私は『嘆きの迷宮』の奥で際限なく湧き続ける魔物を【神盾】で薙ぎ払いながら、自分たちの置かれた状況に戸惑っていた。
この『悪魔の心臓』が山と積まれた空間に辿り着き、場所を確認した時点で、レイン王子から命じられた目的は達した。
今すぐにでも脱出を試みる必要があるが、私はその場から動けずにいた。
先ほどの大きな揺れから、ロロが地面に踞ったまま動こうとしない。
膝をつき、紅い石の山を眺めながら涙を流しながら、声もなく泣いている。
それも無理はない。彼は賢い。自分の目にしたことがどういうことか、すぐに理解したはずだ。
彼は目の前の同族の成れの果てが、このような誰にも知られない暗闇の中に山と積まれていることの意味を理解している。
普通、十二歳の少年が耐えられることではない。
泣き崩れるのは当然で、私も予期はしていた。
だからいざとなれば彼を抱えて脱出するつもりでいた。
だが、今の状況は異常さを増し、それも不可能になった。
この部屋に辿り着いた直後、暗闇の奥から強力な魔物が際限なく湧き、私達の元へと押し寄せてきた。
その上、迷宮のどこかから地鳴りのような爆発のような音が何度も響き、迷宮全体が揺れて周囲の壁が崩れ始めた。
そして、それを合図とするように発生する魔物の量が極端に増え、暗闇から雪崩のように押し寄せる大軍勢となった。
……一体、何が起こっている。
私は戸惑いながらも彼を『光の盾』で護り、魔物の大軍を『光の剣』で斬り払った。
ひと薙ぎで数十体は仕留められるが、それではとても間に合わない。
あの異常発生する魔物の軍勢は、とても片手間で処理できるような量ではない。
息をつく間も無く、次から次へと魔物は押し寄せてくる。一瞬たりとも気が抜けない。
このままの状況で、私がロロを担いで逃げるのは難しい。
だから私は魔物の群れを押し退けつつ、祈るような気持ちで彼が落ち着きを取り戻すのを待つつもりだったのだが。
また、迷宮全体を揺らすような衝撃。
遠くで何かが爆発したような揺れが起き、また足元がぐらついた。
「イネス」
ロロが突然顔を上げ、私の名前を呼んだ。
「……何かが、来るよ。何か、大きなものが」
「何?」
その揺れはさらなる異常の兆しだった。
私は頭上から迷宮全体に響き渡るような大きな音を感じた。
同時にロロの言った通り、大きな何かが私達に向かって近づいてくる気配がした。
何かが地面を掘るようにしてこちらに向かっている。
そして、それはもうすぐそこまできている。
そんなことを直感した瞬間。
「────危ない────!!」
私は咄嗟に今いる場所からロロを抱えて大きく飛び退いた。
直後、轟音と共に迷宮が崩れ、巨大な何かが魔物の群れを押し潰しながら落ちてきた。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
それは巨大な骸骨の化け物だった。
それも、顔が崩れ、身体中に半端に肉がついた異様な姿の骸骨。
だが、私はその怪物の纏う衣装にどこかで見憶えがあった。
即座には思い出せなかったが、数瞬ののち、私はその既視感が何であるかに思い当たった。
「────『聖ミスラ』……?」
それはミスラ教国の至る所で見かける『聖像』に描かれた衣装そのものだった。だが、その宝石の埋め込まれた煌びやかな衣装は無惨に灼け爛れ、それを着た存在の顔面は、何かに激しく叩かれたように崩れ、原型も留めていないようだった。
……これは一体。
なぜ、こんなものがここに。
『────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
私が戸惑いを覚える中、それは崩れた顔面の奥にある穴のような場所から、耳を引き裂くような爆音を響かせた。
そしてその穴の中で出来かけの眼玉のようなものが一つ蠢いたかと思うと、
『────ミ゛ヅ ゲ 、ダ ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
突然その化物の手が、まっすぐ私とロロに向かって伸ばされた。
「【神盾】」
私は即座に【神盾】で『光の盾』を生み出し、その手を受け止めた。
間一髪で間に合ったが、冷や汗が頬を流れた。
あの怪物、あの巨体で動作が速すぎる。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
目の前の存在は狂ったように何度も私の『光の盾』に拳を叩きつけてきた。
だが、私の『盾』はそれを通さない。
一心不乱に殴りつけるその様からは、怒りの感情のようなものが感じられた。
これはここで倒しておかねばならない、と私は即座に判断した。
私は『光の盾』で身を護ると同時に『光の剣』で怪物を薙ぎ払った。
「【神盾】」
だが、斬った瞬間に違和感を覚えた。
私が振るった光の膜は怪物の身体を走り抜けただけで、相手がダメージを受けた気配がない。
「……私の『剣』が通らない────?」
そんなはずはない、と思った。
私の【恩寵】、【神盾】で生み出した『光の剣』は王類金属も聖銀も、世界最高の硬さを持つ最硬鉱物でさえ容易に切り裂く特異な『力』。
私自身、この地上で斬り裂けぬものなどあの『黒い剣』を除けば何もないと自負していた。
でも、それがこの相手には全く通じていない。
確かに、怪物の肉は斬り裂いていた。
だが、それだけだ。
私の『光の剣』は表層の肉を切り裂くのみで、骨格には一向にダメージが通っていないように見える。
あの怪物も全く気にしている気配がない。
……どういうことだ。
あれは一体、どういう存在なのだ。
「……ダメだ。あれは私では倒せない」
戸惑いながらも即座にそう判断した私は光の盾を展開し、ロロと自分の身を護ることに専念した。
こちらに相手の攻撃は通じない。一方で、こちらの攻撃も向こうには効いていない。
私と化物はすぐに睨み合いの膠着状態になった。
だが────このままではまずい。
今も、迷宮の魔物は湧き続けている。
その上、怪物の狂ったような打撃で地面が砕け足場が脆くなり、体勢が崩れかけている。
このままでは、とてもロロを護りきれない。
『────ア゛ア゛ア゛、ア゛ア゛……ア゛ア゛────?』
私が焦りを感じていると突然、攻撃が止んだ。
不審に思い、先ほどとは違った唸り声をあげはじめた怪物の様子を見守っていると、それは突然、何かに気が付いたかのように振り返り、這うように動き始めた。
その向かう先には、山のように積まれた『悪魔の心臓』があった。
そうして────
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
その化物は顔の無い首元から不気味な音を出しながら、その紅い宝石の山に巨大な手を伸ばした。
その音はまるで、地の底から響く亡霊の嗤い声のようだった。
「────やめ、て────!」
怪物の地鳴りのような叫びが迷宮を震わせる中、ロロが声を振り絞って何かを口走ったように聞こえた。
「……やめて、お願い……それは……ボクの────!」
だが、その声は怪物の放つ轟音にいとも簡単に掻き消され────
その化け物は首の付け根に空いた穴に、巨大な手で掬い上げた『悪魔の心臓』をまるで飲み物か何かのように流し入れた。
『────ア゛ア゛、ア゛────ア゛』
怪物は胸と腹を大きく膨らませながら、それを美味そうに呑み込んだ。
瞬間、迷宮全体が大きく揺れ、辺りの壁と地面に大きな亀裂が入った。
そして、嵐と錯覚する程の莫大な魔力の奔流が辺りを覆い、目眩がした。
何物をも通さないはずの私の『盾』が歪み、足元がぐらついた。
「……なんだ、これは……?」
なんとかすぐに体勢を立て直した私は、目にした光景に呆然とした。
骨がむき出しになっていたあの化け物に新たな肉が蠢き、まとわりつき始めていた。
そして、一瞬であの怪物の内包していた魔力が極端に上がったのがわかった。
ただでさえ手に負えないと感じたほどの怪物の力が今、爆発的に膨れ上がっていく。
「……あの怪物、呑み込んだ魔石の魔力を取り込んだとでもいうのか……?」
怪物は私が何もできずに見守る中、山のように積み上げられた『悪魔の心臓』を手当たり次第に口の中へと投げ込んでいく。
その度に爆発のような魔力の波が押し寄せ、あれの力が増大していくのがわかる。
あれはここに貯蔵された魔石を、全て平らげるような勢いで貪り続けている。
あれは出会った段階で、既に勝ち目がないと悟らせるほどの脅威だった。
それが、一瞬で先ほどとは比べものにならない程に力をつけた。
そして今も力を増大させ続けている。
それが意味することは、すなわち────
『────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────』
私が逡巡している間にまた化物の魔力が膨れ上がる。
最早、気配だけで身が竦む思いがした。
……こんなもの、見たことも聞いたこともない。
私が相対するのは想像上の生物すら遥かに上回る何者かだった。
神話の時代の生物としか思えない隔絶した存在。
……あれはもう、誰にも止められない。
あんなもの、きっと誰にもどうしようもない。
そんな絶望のような感情が私を支配しつつあるときだった。
「────ッ」
全身に強い悪寒が走った。
あの化け物を前にしても無視できないような存在がすぐそこにある、と感じた。
その悪寒はどうやら、私の後ろにある何かのせいのようだった。
「────ロロ?」
そしてすぐに振り返り、私はその背筋が凍るような気配の源を突き止め、意外に思った。
その気配の元はロロだった。
先ほどまで泣き喚いていた彼からは今、何の感情も感じられず、ただただ、同族の成れの果てが次々に化け物の口の中に放り込まれていくのを瞬き一つせず、じっと見つめていた。
彼は今、とても静かだった。
彼はただ何もせず、ただそこに立っているだけだった。
……なのに。ただそれだけなのに。
なぜ、こんなにも私は全身が粟立つような焦りを感じているのだろう。
今、目の前にあのような絶望的な存在がいるというのに。
私は背後にいる彼から、より強い恐怖を感じていた。
「────ねえ、キミ」
ロロの口から、あの化け物の放つ地響きのような轟音を前にしてもはっきりと聞き取れるような凛とした声が響いた。
「食べたんだね、ボクの仲間」
彼は私の前に歩み出ると、普段からは想像もつかないような冷えた声でゆっくりと怪物に語りかけた。
「そして今……とても美味しいって、思ってる」
すると突然、化物が大きく拳を振り上げ、自らの顔を叩いた。
怪物の顔面に出来かけていた肉が弾けて爆散した。
「……ロロ?」
予想外の事態に戸惑う私の前で、ロロはそのまま自分を殴り続ける怪物に近づき、つぶやくように続けた。
「うん……今の、痛いよね。わかるよ。ボクは今、君の感覚がわかるから」
そうしてロロはまた一歩、前に出た。
「……わかるよ。キミはずっとずっと、お腹が空いていたんだね。ずっと、美味しいものが食べたかったんだね。その気持ち、ボクもよくわかるんだ。ボクも……ずっとずっと、お腹が空いていたから」
ロロはそう言いながら、ゆっくりとした歩調でまた怪物へと近づいた。
そして化け物が自らの腕で自らの肉を引き裂くのを眺めながら、暗闇に響く冷ややかな声で語り続けた。
「……でもね。それはボクの仲間なんだよ……顔も知らないし、会ったこともないけれど。彼らはボクの同族なんだ。わかるかい? そうだよね。わかるはずだ、キミは。知っていて、やったんだ……そうだよね? 言わなくてもわかるよ……キミは、愉しみながら、それをやったんだってことを」
ロロが静かに独りで話し続ける間、怪物は一心不乱に自分の体を嬲り続けた。
見る間に全身の肉が余すところなく削げ落ち、再び骨となっていく。
即座に肉が再生しようとするが、それは再生しきることなく────怪物自らの手によって、掻き毟るように剥ぎ取られていく。
『────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────ア゛エ゛ッ!!』
それは狂気という言葉そのもののような光景だった。
苦痛からか怪物は叫び声をあげた。
だが、その悲鳴をも遮るように喉から腕が差し込まれ、首の肉と腹が内から破裂するように弾けた。
その光景を前に、少年はただ静かに目の前の巨大な存在に語りかけ続ける。
「……今の、とっても痛いよね。わかるよ。ボクも今キミの痛みをそのまま感じてるから。でも大丈夫。キミはこの程度で死ぬことはないってことぐらい、キミもわかってるよね」
怪物はロロの質問に答えなかった。
答える間も無く、再生する喉を、腹を、自らの手で裂き続けていた。
そして、質問したロロの方も、怪物の答えを必要としていなかった。
「……言わなくても、わかるよ。君がしたいことも。ここにある『赤い石』は、とっても栄養があるんだってね……いいよ、好きなだけ、食べても。もう、死んだ人は生き返らないから。キミも、ずっとずっと、空腹だったんだよね? ボクもその気持ちはわかるから。ほら……いいよ。食べなよ。さあ」
ロロが合図をするように小さく顎をあげた。
すると怪物は山と積まれた赤い石をわし掴みにし、殴りつけるように自らの顎の中へと叩き入れた。
そうして、怪物は石の力を身体の中に取り込み力は爆発的に増大していったが────その得た力でまた自らを殴り、新たに肉を得た頭を、腹を、腕を、脚を、砕き続けた。
そして、砕くと同時に────赤い石を口から、喉から、腹から、叩きつけるように食わされた。
「……ねえ、その石、美味しいかい? いいんだよ……別に。その石は全部、キミが食べてしまえばいい。死んだ人は戻らない。それなら、いっそ、キミの『力』に変えてしまえばいい。そうなればきっと、これからその人たちがもう悪いことに利用されることもなくなると思うから。でも……でもね」
ロロの冷えた声が洞穴に響いたかと思うと、怪物の身体が大きく跳ね上がる。
見れば怪物の両腕が自らの腹部を貫き、心臓を鷲掴みにして引き抜き、地面に投げた。
「……その人たちが受けた痛み。悲しみ。無念さ。屈辱────キミには全て、味わってもらいたいな……今のも、痛いよね。でも、こんなものじゃあ、何の清算にもなっていない。こんな痛みじゃ、全然、足りないんだと思うよ」
そうして静かに語るロロの前で、怪物は地面に投げ出された自らの心臓を叩き潰すと、また自らの顔面を殴った。
出来かけていた頬肉と眼球が飛ぶ。
そうしてまた再生しかけたところで全身の肉を引き剥がし、自らの膝を蹴り入れて内臓を砕いていく。
自らが得た膨大な力で怪物は自らの体を殴り、傷つけ、再生させ続ける。
延々と続くその異様な光景に、私は言葉も出なかった。
ロロがそれをあの存在にやらせている。
どう見ても、めちゃくちゃだった。
『────ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛────ア゛エ゛ッ!!』
聖ミスラは何度となく、大地を揺るがすような叫びを上げた。
嘆きとも痛みとも、恐怖とも屈辱ともつかない叫び。
だがその叫びを放つ喉は自らの拳で殴り潰され続けた。
「────うん、わかるよ。とっても悔しいよね。なんで、こんな小さくてとるに足らない奴に……って。ボクもなんで、こんなことができているのか、自分でも不思議なんだ……悔しいかい? 悔しいよね……でも、ボクも同じなんだ。ボクだって、なんでこんなヤツに、ボクの一族が滅ぼされなきゃいけなかったんだって。今、心の底から……思ってるから」
そうして、目の前の壮絶な光景を作り上げた張本人は、自分を殴り肉を削ぎ続ける化け物にくるりと背を向け、何事もないかのように私にこう言った。
「────行こう、イネス。コイツはボクらじゃ倒せない」
「……行くとは、どういうことだ……?」
目の前の少年の行動に驚くあまり硬直していた私の口からやっと出た言葉に、ロロは迷いなく答えた。
「……聞こえたんだ、アレの声が。アイツはノールを恐れてる。今、アイツは自分を痛めつけてるように見えるけど……本体には全然効いてないんだ。ノールの持ってる、あの剣じゃなきゃダメなんだって」
「……『黒い剣』のことか?」
「うん。だから、上に行ってノールたちと合流しよう。そこでアイツを────仕留めよう」
振り向いたロロには、先程私が感じた冷たい気配はなかった。
でも、そこに私の知る、弱気な少年の姿もなかった。
そこにあったのは、静かな意志を宿した瞳を持つ少年の姿だった。
私は若干気圧されながら、返事をする。
「……ああ、わかった。私に続いてくれ。少々強引に登る」
「うん。急いだ方がいいかも。そろそろ、ボクの操作も解けてしまうと思うし……今のは不意打ちみたいなもので、次はもう、できないと思うから」
そうして私は『光の剣』で天井を切り開き、自分を殴り続ける化物を後にしてロロを連れてまっすぐに上へと進んだ。






