84 賢者の盃 2
「お久しぶりです、ロイ。元気そうですね」
その女は何の前触れもなく、かつての仲間ロイの故郷に現れた。
その女の姿を目にしたロイは戸惑った。
それは死んだはずの仲間、アスティラだった。
もう会えないとばかり思っていた人物との再会。
だが、ロイはその人物の様子にどこか違和感を覚えた。
その女は以前と全く変わらぬ姿で現れた。
……あれから既に十数年の時が流れていたというのに。
「生きていたのか、アスティラ────だが、本当にお前か?」
「何を言っているのです、ロイ。
私に決まっているでしょう。
仲間の顔を、忘れてしまったのですか。寂しいですね」
すぐには信じられなかった。
彼女がハーフエルフという長命の種族だったことを思い出し、一旦納得しかけたロイだったが、まだ違和感が残った。
確かにそれは彼の知る彼女の顔だった。
でも、彼女の纏っていた雰囲気が以前とはまるで違っている。
だが、ロイの故郷の集落の場所を知る者は少ない。
ロイの故郷、『レピ族』の集落は、険しい山の奥深く、その存在を知らなければ誰も辿り着けない隠れ里のような場所にあった。
古くから人里から離れ隠れるように生きてきた『レピ族』は自分たちの集落の存在を知られることを極端に恐れ、特別な理由がない限り、決して他所者を近づけようとしなかったし、集落の外へと出ることも稀だった。
実際、その必要もなかった。
彼らは集落の中での生活で満ち足りていたからだ。
『レピ族』には生まれつき、鳥や動物など色々な生き物と意思疎通ができるという特殊な力が備わっていた。
彼らはその生まれ持った『力』を使って動物たちの力を借りることで、畑を耕し、森の中から獲物を見つけ、質素ではあっても大家族でも十分に生活をしていくだけの食料を容易に得ることができた。
反面、『レピ族』は集落を出れば様々なトラブルに見舞われた。
レピ族の『力』は、上手く使えば他人の気持ち程度なら読み取れた。
集落内であれば、お互いの心がよく解るから、争いごとは大抵始まる前に和解で終わったが、集落の外に出るとそれは一転、争いの種となった。
────自分の心を、相手に一方的に知られてしまうこと。
それは力を持たない者にとっては、恐怖でしかないらしかった。
自らの力を知られてしまうことは、『レピ族』への迫害に繋がった。
それだけでなく、彼らは邪な人間に目をつけられ、狙われる理由がいくつもあった。
かつて、彼らにはそういう手痛い目にあった歴史があった。
だから、彼らは誰も訪れないような僻地に隠れて棲むようになり、自分達の『力』のことは決して外部の者に言ってはならないと『掟』で定め、また最低限の生活に必要な交易を行う目的以外での外部との接触を固く禁じた。
だから一族の中でとりわけ好奇心が強かったロイが「外の世界を見てみたい」と言い出すまでは、集落の外へと出た者はここ数世代で、他に誰もいなかった。
レピ族の中ではロイもまた、『変わり者』だった。
外の世界への憧れを口にする度に、同年代の友人からは奇異な目で見られ、大人達からはそんな馬鹿なことはやめろと口々に言われた。人間の中で『変人』呼ばわりされていたオーケンと妙に気が合ったのは、そんなロイの故郷での生い立ちのこともあったかもしれない。
そんな風に、レピ族の中では比較的開放的な考えを持っていたロイだったが、それでも『レピ族』の掟には従い、この自分の故郷の存在を本当に信用がおけると思った人間にしか教えたことはない。
それは長い間旅を共にしたオーケンと、アスティラの二人だけだった。
ロイ自身、二人に『心の中が解る』力のことを隠し続けた上で何度も自問し、鳥を使った伝書で長老を説得し「後々、集落の利益に適う」からということで、彼らの滞在許可をとったことがある。
それは家族同然に思っていた彼らに、自分の故郷を一目見て欲しいという理由だけだったのだが。
だから、彼らだけはこの集落を訪れ、数日の滞在をしたことがある。
つまり、その女がそこにいるということ自体、それが彼女であるという証拠に他ならなかった。
少なくとも、その時ロイはそう思った。
「そうか、すまない。驚いてしまってな。よく、ここがわかったな。
なんにせよ、無事でよかった……どうだ、俺の家に寄っていくか?
お前のことを妻と子供に紹介したい」
「────ええ。そうさせてもらいます。
長旅で少し疲れましたので、今日は泊まらせて貰ってもいいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。歓迎しよう」
その日、ロイは自分の家にアスティラを招いた。
夕食をとっている最中、再びロイは目の前の女に違和感を感じ、ロイの妻も疑問を感じた。
────彼女の心の内が、分からない。
今まで、こんなことはなかったのに。
かつて冒険者として共に旅をしていた時、アスティラもオーケンも、全てを自分には語らなかった。
だが、ロイには彼らの『心の声』がいつも聞こえ、彼らがどんな人物かをよく理解することができた。
一族の掟に従い、自分の『力』のことを彼らには話せないことを心苦しく思いながら、ロイは彼らの心の声をいつも心地よいものとして聞いていた。
そうして、ずっと思っていた。
彼らは信頼に足る人物なのだ、と。
────なのに。
今の彼女からは、なんの心の声もしない。
彼はそれが何を意味するかに、もっと早く気がつくべきだった。
彼女は信頼に足る大事な仲間だったという消えない思い出が、彼の判断を鈍らせていた。
────何かが、おかしい。
翌朝、彼が異変に気がついた時はもう既に遅かった。
「……どういうことだ」
気がつけば、彼ら『レピ族』の宝、『赤い石』が集落の長老宅の祭殿から消えていた。
集落中が大きな騒ぎになり、ロイはすぐに自分が連れ込んだ余所者であるアスティラを探した。
そして彼はすぐに彼女を見つけた。
「どうかしたのですか。騒がしいですね」
そうして、ロイはその女が手に持っているものに気がついた。
「何をしている、アスティラ!! それは集落の宝だ。返してくれ!」
「これをですか。でも、駄目ですよ。私はこれを取りに来たのですから……誰にも、渡しませんよ」
かつて『嘆きの迷宮』でアスティラを見捨て、オーケンと逃げ出したことで自らを責め続けていたロイは、その動機を自分への恨みなのだと解釈し、アスティラの前へと進み出て膝をついた。
「……アスティラ、お前が俺を恨むのはわかる。だが、村の他の者は関係ないだろう……!? 復讐をしたいのなら、俺一人にしろ!」
「ふふ、ロイ。何を言っているのですか? 復讐? 私は誰も恨んでなどいませんよ。むしろ、貴方には本当に感謝しているぐらいです。これの存在を教えてくれたのは、貴方なのですから」
「なに……?」
ロイはアスティラに対しても、一族の秘密である『赤い石』のことは口にした覚えはない。
だが、長老の家に挨拶しに向かった時、あそこには一つ大きな『赤い石』が置かれていたかもしれない。
少なくとも、それだけのはずだった。
────彼女は、一目見てそれが何かを見抜いていたということなのだろうか。
「思っていた通り、これはとてもいいものですね。今の地上にこんなものがあるとは思いもしませんでした。本当に、幸運ですね。『聖ミスラ』は復活の為に多くの血をご所望です。これ以上無く、お役に立つに違いありません」
「なんだと? アスティラ、お前は何を言っているんだ────?」
目の前の見知った女が口にした言葉を全く理解できないロイは聞き返した。
だが、女はすぐに身を翻し、ロイに背を向けた。
「では、用事は終わったので帰ります。私は単に、これを取りに来ただけですから」
「……駄目だ!! それは我らの祖先がその身を変じさせた、一族の血脈と歴史そのもの────この村から一つも外に出すわけにはいかない。頼む、それだけは返してくれ。本当に持って行かれては、困るのだ……!!」
それはロイの心からの嘆願だった。
自らが負い目を感じる存在に、手を上げることもできず。
何より、自らがかつてこれ以上なく信頼していた仲間をこれ以上傷つけることなどしたくもなく。
ロイはただ、訴えただけのつもりだった。
頼むから、返してくれと。
かつての仲間ならば、きっと話せばわかってもらえるはずだという気持ちが、ロイの中にはあった。
だから、ロイは口にした。
そのロイ達の集落に伝わる秘宝『赤い石』は、先祖自身の成れの果てなのだ、と。
彼らがその生涯の終わりに、強い感情で魔力を体に通すことで、他に類を見ないほどに輝き、絶大な魔力を秘める特別な石へと変化することを、告白した。
────目の前の人物が何であるか、見誤ったままで。
「……そうですか。貴方たちの血が、これに凝縮されていると? それに、一つも、とは? まだ、他にあるということでしょうか。それはそれは……とても、良いことを聞きましたね」
そうして、ロイの目の前の存在は背筋が凍るような不気味な笑みを浮かべた。
その表情は、とてもロイの知るアスティラのものとは思えなかった。
「……アスティラ、お前が何を考えているのかわからんが……狙うのなら、俺一人にしろ。それだけは、渡せんのだ」
「貴方一人だけ? そんな勿体無いことを、するわけがないでしょう」
「……なんだと……?」
呆然と立ち尽くすロイを目にして、アスティラは愉悦の表情を浮かべた。
「……貴方の話を聞いて、考えを改めました。私はこれから、ここにある全てを我が主人に捧げることにします。ええ、そうですよ、それがきっと最善です。ロイ、貴方は本当に良いことを教えてくれましたね」
「────お前は、誰だ。本当にあのアスティラなのか」
「ええ、そうですよ、ロイ。私は貴方とオーケンの冒険者仲間、アスティラです。
そして、今は『聖ミスラ』の忠実なる僕、アスティラです」
「……僕、だと?」
ロイは自分の知るその女の人物像からかけ離れた言葉を聞き、言葉を失った。
そして、ようやく気が付いた。
この女は、自分の知る人間とは姿かたち以外、全く違うのだと。
だが、気づいた時にはもう遅かった。
────あまりにも、遅すぎた。
「貴方の一族は、ミスラ様復活の為の糧となっていただきます。この『赤い石』。本当に、素晴らしいですね。ここまで見事に魔力が内で結実しているとは。よもや外にこんな生物が生まれ出ているとは。この二万年を待ったのも、無駄ではなかったということでしょうか」
「何をいっているんだ────やめろ。それは我らの血族の歴史そのものだ。頼むから……やめてくれ」
相変わらず嘆願を続けるロイを前に、アスティラは冷たく、愉しそうに笑った。
「その歴史は、決して無駄にはしないということですよ。
光栄に思いなさい────最高の活用法ですから。
それにしても。貴方達、少し奇妙な力を持っていますね? ……対峙した存在の『心が読める』とは」
「……アスティラ、何故、お前がそれを」
自分は彼女にも、オーケンにも言ったことがないはず。
戸惑い続けるロイの顔を見つめながら、女はこの上なく嬉しそうに笑った。
それはロイが今までに見たことのない種類の笑顔だった。
「────そうだ、ひとついいことを考えました。楽しみにしていてください」
そう言って不気味に笑い、女は消えた。
ロイは必死に探したが、彼女はもうどこにもいなかった。
それからだった。
レピ族の集落に地獄の日々が始まったのは。
◇◇◇
「……また、いなくなったの。アロンの子が。二人の兄弟が一緒に、消えてしまったの」
「よく、探したのか……?」
「……当たり前でしょう!! 探したわよ!! でも、見つからないの。この前と同じよ。いずれ……私たちの子供も」
まず、家々の祭壇の中に祀られてた『赤い石』が留守中に何者かに次々と盗まれた。
そうして、それが一旦おさまると次は立て続けに集落内の子供達が『消える』事件が起きた。
消えた子供達は数日経っても、どこを探しても見つからなかった。
────外部の者が入り込み、石が盗まれ、子供が攫われているのは明らかだった。
「貴方のせいよ。貴方が一族の掟をやぶって、あんな他所者を村に招き入れたから……!!」
「……すまない……本当に俺のせいだ。責任は取る……」
「……約束、してくれる?」
「ああ、約束する。必ず、護ってやる」
────だが、そのロイの約束は果たされることがなかった。
それから数ヶ月の間に、レピ族の半数以上が消えた。
まず子供が次々と消えるようになり、次に女が行方不明になった。
その次は若い男。青年。
老人は人気のない場所で死体で見つかることが頻繁になった。
それでも『レピ族』は抵抗しなかった。
元々、気の優しい彼らは戦う術を持たない。
いや、戦う方法が完全に無いわけではなかった。
彼らが生き物と心を通わすという生まれ持った性質を違う用途に利用すれば、簡単に戦うための力を得ることはできた筈だった。
だが彼らの掟はそれを固く禁じていた。
生まれ持った力を使って『戦う』こと。
それは彼らにとっての最大の禁忌だった。
────天が己に与えた力を、誰かを害することに使う勿れ、と。
一族の掟は強くそれを強く戒しめていた。
それをしたせいで、彼らは一度滅びかけたから。
だから彼らは先祖の教えと長老の指示に従い、どんな目にあっても無抵抗を貫いた。
女や子供が攫われ、男達が殺されても何も言わなかった。
ただ、耐えるだけだった。
だから、彼らの数はどんどん減っていった。
ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、彼らは数を減らし続け、集落は見る間に荒れていった。
それでも、彼らはこの災禍がいつか止むことを願って耐え続けた。
ロイも族長の方針に従い、罠を張ったり外敵を察知して仲間に警告を促す以外のことはせず、報復をすることは避けた。
耐えていれば、いつかこの災いは過ぎ去るはず、と。
だが────
それも所詮願いでしかないことに気がついたのは、ある日、七つになるロイの息子がどこかに消えた時だった。
農作業の途中、ロイは息子の姿が見えなくなったことに気がつき、血眼になり集落中を探した。
だが、どこを探しても見つからなかった。
三日経ってもロイは自分の息子の姿を探し出すことができなかった。
「……やっぱり、駄目だったのよ。力のない私たちが外の人間と関わるなんて」
ロイの妻は悲しみに沈み、次第に水さえ口にしなくなった。
「────────」
妻が見る間に痩せ衰え息を引き取った後、ロイは誰にも言葉を発することなく、集落を出た。
この事態は全て自分が招いたことだとロイは心得ていた。
────だから、これは自分が一人で清算しなければならない。
その為には今のままでは足りない。
十分な『力』が必要だ。
ロイはそう考えた。
そうして、彼は自らの種族がずっと守り続けていた『禁忌の掟』を破ることに決めた。
それ以外に、自分が出来ることはないと考えた。
それだけはやってはいけないとずっと伝えられていた『レピ族』最大の禁忌。
────強力な力を持つ『魔物』の使役。
それを行うため、彼は北にある黒龍の棲む山へと向かった。
そして翌日、ロイは目的通りに巨大な竜を従えて集落に現れた。
それを見た長老は激昂し、ロイを怒鳴りつけた。
先祖が戒めた掟を破るな、と。
その力は一族に必ず滅びをもたらす。
だからそれは使ってはいけないのだ、と。
ロイもその掟の意味は理解しているつもりだった。
だから、自ら『レピ族』の里と縁を切り、決して後を追わないでほしいと彼を見守る同族達を言い含め、集落の長老が止めるのも聞かず、竜に乗って集落を飛び出した。
────そうして、彼は一族の禁忌を犯す代わりに、文字通り一夜にして強大な『力』を手に入れた。
彼は、たった独りで、強力な魔獣達を多数従えることができてしまった。
そしてレピ族の集落を襲撃に来た人間達をたった一人で探し当て、打ち滅ぼした。
あまりにあっけなく、外敵は消滅した。
それは禁忌として戒められていた通り、あまりに強大すぎる力だった。
だが、強力な力を振るう同族を目にしたレピ族の若者達は皆、こぞって彼を真似ようとした。
そして、誰かが呟いた。
あんな力が手に入るのなら────何故、もっと早くやらなかったのだ、と。
何故、やらせてくれなかったのか、と。
彼らは族長をなじりながら、こぞってロイの後を追った。
すると────瞬く間に、広い平原を埋め尽くす程の魔物を従える大軍勢ができた。
あらゆる国の軍隊を凌ぐ程の力が、ものの数日で出現した。
驚くほど簡単に山を削るほどの力を得ると、『レピ族』の若者の幾人かは強い憤りを憶えた。
────なぜ、自分たちはもっと早くにこの『力』を使わなかったのか、と。
皆が後悔した。
もっと早くにこの力を得ていれば、自分たちの同族がこんなにも殺されることはなかったのに、と。
そして彼らは口々に先祖を罵るようになり、長老の意見に耳を貸す者は誰もいなくなった。
彼らは、先祖と長老に恨みを覚えるまでになった。
そして、その恨みはそのまま、彼らに『力』の存在を示したロイへの敬意となり、彼らはロイを新たなリーダーと崇めるようになった。
自分の後を追うなと言い残して集落を出たロイも、彼を追う若者たちを止めることはできなかった。
自らも、多くの追従者たちと同じく、何者かに対する強い憎しみの感情を心に宿していたのだから。
彼らの気持ちは皆、同じだった。
────そうして、力を得た彼らは次々に人の里へと攻め入った。
殺された仲間の仇を討つ為。
そして、集落から盗まれた先祖の遺品、『赤い石』を取り返す為。
そして何より、新たに『赤い石』を産み出す為に攫われた子供達を助ける為。
大義はあるはずだった。
だが、未知のものに対する恐怖が、自らの近しいものを奪われた憎しみが、強大な力を得た快感が、彼ら全員を暴虐な存在へと変えた。
────自分たちは、あらゆるものを奪われた。
ならば取り返すまで、と。
彼らは手に入れた『力』を使い、目につくもの全てを破壊しながら、攫われた同族たちを探し回った。
そうして、次々に彼らの家族は見つかった。
あるものは奴隷として。
あるものは帰らぬ人として。
あるものは唯の『赤い石』の欠片として。
そうして『家族』に出会うたび、彼らの憎しみは募っていった。
そして自分たちの家族に出会った誰もが復讐の継続を望んだ。
────自分たちは、こんなにも奪われた。
だから、同じだけのものを奪い返さなければならないのだ、と。
集団で歩みを進めるたび、彼らが遠くで同族を発見するたび、彼らの憎しみは膨張していった。
自らの戦う相手の姿もよく分からぬままに、彼らはさらなる『力』を得ていった。
────憎悪が、更なる暴力を生み出した。
彼らが欲すれば欲するだけ彼らの『力』は膨張した。
そうして────たくさん殺し、殺された。
『レピ族』は行く先々でおびただしい量の血を流した。
いつの間にか彼ら全員の先頭に立つようになっていたロイも、歩みを止めることはできなかった。
大陸中を渡り歩いても、まだどこにもロイの息子の姿は見つけられなかったから。
彼は一抹の希望を胸に、手当たり次第に人間達の街を襲い、探した。
それらしい情報があればどこまでも行った。
敵対する人間は誰であれ構わず殺し続け、軍隊すら正面から圧し潰した。
もう、誰にもそれを止めることはできなくなった。
レピ族が人間と敵対するようになり、血みどろの数年が過ぎ、それでも彼らは止まらなかった。
再び、かつてのように『レピ族』が平和に心穏やかに暮らせる日がやってくると信じて、彼らは進み続けた。
その為には、彼らは夥しい量の血が流れることも厭わなかった。
────でも、その日はやってこなかった。
レピ族はもう本来の名前とは違う呼び方をされるようになっていた。
魔物を操る邪悪の存在。
人間に仇なす害ある種族────『魔族』と。
世俗との関わりを一切捨て、山奥で独り魔術の鍛錬に励んでいたオーケンがロイと再会を果たしたその時には、『魔族』は完全に他種族と対立し────その長であるロイが『魔王』と呼ばれはじめてから、既に十数年の歳月が流れていた。






