76 知らない場所
「ここは────?」
俺は見知らぬ場所にいた。
さっきまで暗い迷宮の中にいたはずなのに、辺りはとても明るく影すらないように感じる。
頭上には天井もなく、なんだかもやもやとしていて曇り空のような、七色に光る虹のような……とても不思議な感じだ。
見渡す限り平らな地面が続いていて、どこまでも果てがない。
巨大な骸骨と倒れている女性以外、障害物も何もなかった。
……さっぱり、自分がどこにいるのかわからない。
とりあえず視界の奥の方に見える骸骨の足下で倒れている知らない女性のところに俺が近づいていくと、向こうも俺に気がついたようだった。
「貴方は────?」
その女性は固そうな地面からゆっくりと身体を起こすと、目をこちらに向けた。
それは、昨日やたらとリーンに話しかけていた緑色の髪の少年とどこか似たような雰囲気の女性だった。
「貴方も迷宮のコアに呑まれたのですか?
────外の人は……オーケンとロイは無事でしょうか」
「……オーケン?」
迷宮のコア、というのは良くわからないが、確かオーケンというのは魔術師の老教官の名だったな。
「オーケンなら知っているが……知り合いなのか?
もう一人のロイ、というのはすまないが、わからない。
……ロロなら知ってるが」
「……ロイは、レピ族の冒険者です。
私たちのパーティの斥候役でした。
そうですか……彼もうまくこの迷宮から抜け出せていればいいのですが。
……オーケンは元気ですか?
外では、どれぐらいの時間が経ったのでしょう?
私の感覚では随分長く時が経ったように思えていたのですが」
「時間のことはちょっとよくわからないが……。
でも、オーケンの爺さんなら元気すぎるぐらい元気だぞ」
どうやらこの女性はあの魔術師の教官の知り合いらしい。
この人はかなり若く、俺とそう変わらない歳のように見えるのだが……やはり最近、知り合ったということだろうか。
それとも、俺と同じく子供の頃に世話になったという感じなのだろうか。
俺が教官のことを思い出しながらそんなことを考えていると、目の前の女性はとても驚いた顔をしていた。
「オーケンが……お爺さん……?」
「そうだが……どうかしたのか?
俺が世話になった魔術師の教官は、いつお迎えがきてもおかしくないぐらいの歳だったと思うが……。
もしかして、人違いか?」
「いえ……。
魔術師ということは、多分、それが私の知っているオーケンだと思います。
……そうですか。もう、そんなに。
では……貴方も冒険者なのですか?
貴方も迷宮を攻略しにここへ?」
「いや、確かに俺も一応は冒険者だが、迷い込んだと言ったほうが正しいな。
迷宮には入るつもりもなかったのに、訳も分からないまま落ちてきた感じだ。
……ここはいったい、なんなんだ?
青い石に触れたと思ったら、いきなりここに立っていた」
「やはり貴方もあの石に触れてしまったのですか……。
あの石はこの『嘆きの迷宮』の核です。
でも、それだけではないようです。
どういう意図なのかはわかりませんが、おそらく、きっとここの迷宮の主人が、訪れた者をここに捕えるための罠が仕掛けられている核なのだと思います」
「迷宮の主人?」
「はい……迷宮最奥部の、迷宮の核となる存在────
────これのことです」
そう言って彼女は俺たちの脇に座っている巨大な骸骨を見上げた。
「言い換えれば、この『嘆きの迷宮』の一番奥に、遥か昔、何者かによって封印された強力な魔物……と言ってもいいかもしれません」
「魔物……? 動かないし、死んでるように見えるが」
「ええ、これは抜け殻ですから。
ここにはかつて、恐ろしい魔物がいたのです。
私はかつて、ここでこれと戦ったのですが、手も足も出ませんでした……でもなぜかまだ生かされて、ずっとここに閉じ込められたままでいます。
あの魔物の中身は今はこの場から抜け出し、外で何かをしているようですが、何をしているかまではわかりません」
「外へ? ……これがか?」
俺は骸骨を再び見上げた。
改めて眺めると、本当に大きい骸骨だ。
大きさは、俺の知るゴブリンのおよそ2倍強、といったところか。
こんなもの、外では全然見かけなかった気がするが……。
いや、やはり上の階で見かけた絵に描かれた骸骨によく似ている。
一体、どういうことなのだろう。
「魔物の抜け殻、か」
俺はそれがどんなものか確かめる為に手に持った黒い剣で骸骨の脛の辺りをつついた。
すると、軽くヒビが入ったのがわかった。
まずい。
ちょっと強く叩きすぎたかもしれない。
……これがきっかけで目を覚ましたりしたらどうしよう。
俺がそんな心配をして内心焦っていると、目の前の女性は驚いた顔をした。
「────え?」
「どうかしたのか?」
「いえ、それには私がこれまでどんなに頑張っても、傷一つつけられなかったのですが……。
……そういえば、なんなのですか、その剣は……?
なんだか、見れば見るほどすごい剣ですね……?」
彼女は物珍しそうに俺の持つ『黒い剣』を眺めた。
まあ確かに……見た目はすごいと俺も思う。
「……これか。 正直なところ、俺もなんなのかはよく知らない。
貰い物だからな。でも色々と便利なものだぞ。
少しばかり見た目は悪いし、重たいが……訓練したりするにはちょうど良い」
「……そうですか。
それにしても、貴方は少し、不思議な方ですね。
こんな状況だというのに焦り一つ見せていない。
なんだか一緒にいるだけで、妙な安心感があります」
「いや、俺の方こそ、あの青い石に飲み込まれた時はどうなるかと思ったが────その先に人がちゃんといたので安心したぞ。
流石に、この不気味な骸骨と二人っきりというのは俺も嫌だからな」
「ふふ、そうですか。本当に面白い人ですね」
そして思い出したかのように手をぽん、と叩き、俺の顔を見た。
「ああ、そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね?」
「そうだな。俺はノール。
クレイス王国で冒険者をしている……一応な」
なんだか、今日は自己紹介することが多いな。
まあ、他の国に来たのだから、当然といえば当然かもしれない。
「そうですか。ノールというのですね」
俺が自己紹介を終えると、女性は優しそうな笑みを浮かべた。
そして、自分の衣服についた埃を少し払うようにして居住まいを正すと、俺に名前を教えてくれた。
「私はアスティラ。
オーケンとロイと共に結成した冒険者パーティ、『賢者の盃』の一人です。
…………これでも昔は、少しは有名なパーティの一員だったんですよ?
もうきっと、知ってる人の方が少ないのかもしれませんが」
そう言って目の前のローブの女性アスティラは少し寂しそうに笑いながら、俺の前でおどけてみせた。






